第8話 大豆パンは主食ではない
助けた商人たちとは、街道が二つに分かれる場所まで同行した。
彼らの馬車には負傷者が乗っていたが、荷台にはまだ余裕があり、そこまでの間だけ私たちの荷車も載せてくれた。
おかげで、半日ほどは楽をすることができた。
だが、商人たちは北東の宿場へ。
私たちは東方の湿地へ向かう。
分岐点で荷物を降ろすと、再びガルドが二輪の荷車を引くことになった。
「急に重くなったな……」
「さっきまで馬に引かせていたからよ」
「この中身、本当に全部必要なのか?」
「必要です」
炒り豆。
乾燥味噌玉。
大豆ミート。
堅焼き大豆パン。
交換用の味噌。
予備の乾燥大豆。
さらに鍋、塩、水筒、着替えまである。
一つずつは軽くても、まとめれば十分に重い。
「半分くらい食えば軽くなるだろ」
「一日目から保存食を大量消費しないで」
「だったら、お前も引け」
「私は頭に食料を積んでいるので」
「その房に荷車を引く力はないだろ」
正論だった。
仕方なく私も後ろから荷車を押した。
昼を過ぎた頃、街道は緩やかな上り坂へ差しかかった。
森は次第にまばらになり、日差しを遮る木も少なくなっている。
白米探索隊は、早くも全員汗だくだった。
「休憩にしましょう」
街道脇に一本だけ生えていた大木の陰へ荷車を寄せる。
ガルドは地面へ座るなり、水筒をあおった。
セインは周囲を確認してから、弓を木の幹へ立てかける。
私は荷車の木箱を開けた。
「本日の昼食はこちらです」
取り出したのは、茶色く平たい円盤だった。
水分がほとんど残っていないため、見た目はパンというより建築資材に近い。
「堅焼き大豆パンです」
ガルドが露骨に嫌な顔をした。
「旅立つ前に食ったやつだろ」
「保存性を上げるため、今回はさらに硬く焼いてあります」
「改良する方向を間違えてないか?」
私は一枚ずつ配った。
ガルドが大豆パンを両手で持ち、慎重に端へ歯を立てる。
がりっ。
乾いた音が響いた。
彼はしばらく動かなかった。
「……歯は無事?」
「先にパンの心配をしろ」
「大豆パンは無事みたいね」
「そっちはどうでもいい!」
セインは直接かじらず、短剣の柄で大豆パンを叩いた。
こん、こん、と硬い音がする。
「保存食としては信頼できそうだ」
「食料に対する評価じゃないわよね、それ」
「盾の補修にも使えそうだ」
「食べてください」
私も自分の分をかじってみる。
硬い。
前回より確実に硬い。
保存性を重視して水分を抜きすぎたらしい。
時間をかけて噛めば、炒った大豆の香ばしさは感じられる。
だが、水分を奪われる。
三口食べただけで、水筒へ手が伸びた。
「旅の携帯食なのに、水を大量に使うのは問題ね」
「今さら気づいたのか」
「実地試験は大切なのよ」
私は鉄鍋に水を入れ、火を起こした。
乾燥味噌玉を一つ落とすと、表面が崩れ、中に混ぜておいた乾燥野菜が広がっていく。
やがて、味噌の香りが辺りへ漂い始めた。
大豆パンを汁へ浸す。
しばらく待ってから引き上げると、表面が少し柔らかくなっていた。
「こうすれば食べられるわ」
ガルドも真似をして、大豆パンを味噌汁へ沈めた。
「最初から汁に入れる前提なら、硬く焼く意味があるのか?」
「保存中は硬いほうがいいの」
「食うときは柔らかくする」
「そう」
「面倒だな」
反論できなかった。
味噌汁を吸った大豆パンを口へ運ぶ。
先ほどよりは食べやすい。
味も悪くない。
むしろ味噌と大豆なので、相性が悪いはずがない。
だが、噛み続けていると、口の中がすべて同じ味になっていく。
味噌も大豆。
パンも大豆。
付け合わせの大豆ミートも大豆。
「……全部、同じ植物なのよね」
「食えるならいいだろ」
ガルドは大豆ミートを大豆パンへ載せ、豪快にかじった。
「肉を挟んだパンみたいで旨いぞ」
「その肉も大豆です」
「知ってる」
「何か悔しい」
セインは食べながら、荷車の残量を確認していた。
「保存食としては優秀だ。腐りにくく、軽く、調理しなくても食える」
「硬いけどな」
「水さえあれば戻せる。味噌玉と合わせれば塩分も取れる」
彼の評価は冷静だった。
確かに、携帯食としては十分使える。
狩りが失敗しても食べられる。
雨で火が使えなくても、そのままかじれる。
長距離を移動する冒険者にとっては、便利な食料だろう。
だが、毎朝、毎昼、毎晩、これを食べたいかと問われれば話は別だった。
「大豆パンは、非常食としては合格ね」
「主食じゃないのか?」
ガルドが尋ねる。
私は味噌汁へ沈んだ茶色い塊を見た。
「主食っていうのは、仕方なく食べるものじゃないのよ」
「腹が膨れれば同じだろ」
「違うわ」
毎日食卓の中央に置かれるもの。
汁物にも、おかずにも合うもの。
食べ飽きず、また次の日も食べたいと思えるもの。
この大豆パンは優秀だ。
だが、私が探しているものではない。
「これは保存食。白米は生活なの」
「分かるような、分からないような話だな」
「見つけて炊けば分かるわ」
そのとき、街道の西側から馬の足音が聞こえてきた。
セインがすぐに立ち上がり、弓へ手を伸ばす。
ガルドも大剣の柄を握った。
現れたのは、一頭の馬に乗った若い男だった。
胸に簡素な革鎧を着け、肩から伝令用らしい筒を下げている。
敵意はない。
むしろ、顔色が悪かった。
馬も疲れているらしく、歩みは遅い。
男は私たちの鍋から立ち上る湯気を見て、馬を止めた。
「すまない。水を少し分けてもらえないだろうか」
「どうぞ」
セインが水筒を差し出す。
男は礼を言い、水を何口か飲んだ。
馬にも少量与える。
その間も、視線は私たちの昼食へ向いていた。
腹が鳴る音が聞こえた。
「食べますか?」
私が大豆パンを一枚差し出すと、男は困ったように笑った。
「ありがたいが、代金になるものを持っていない」
「試作品なので、感想をください」
「試作品?」
「パンです」
背後でガルドが小さく笑った。
伝令の男は大豆パンを受け取り、端をかじろうとした。
直前で、私は止めた。
「そのままだと歯を痛めます。味噌汁へ浸してください」
「パンなのに?」
「少し事情があります」
男は言われたとおり、パンを味噌汁へ浸した。
柔らかくなった部分を口へ入れる。
何度か噛み、驚いたように大豆パンを見た。
「肉が入っているのか?」
「全部、大豆です」
「この茶色い汁も?」
「大豆です」
「上に載っている肉のようなものも?」
「大豆です」
男はしばらく黙った。
「大豆とは、ずいぶん働き者なんだな」
その表現は気に入った。
伝令は大豆パンを食べ終えると、残った欠片を確かめるように指で折った。
「硬いが、軍の携帯食より食べやすい。水で戻せるなら、行軍にも向いている」
「軍の人なんですか?」
「ああ。東部領軍の伝令だ」
彼は東の方角へ視線を向けた。
「この先の橋が、先日の大雨で一部崩れた。補給馬車が通れず、街道沿いの部隊が足止めされている」
「食料は?」
ガルドが尋ねる。
「予定より二日遅れている。まだ完全に尽きたわけではないが、配給を減らし始めた」
私は荷車を見た。
一か月分として作った大量の保存食が積まれている。
目的地までの距離を考えれば、すべてを渡すことはできない。
だが、《促成栽培》が使える場所なら、原料の大豆は増やせる。
問題は水と土と、加工する時間だ。
伝令の男が、大豆パンをもう一度見た。
「これを大量に作れる者がいるなら、部隊が喜ぶだろうな」
ガルドとセインが、同時に私へ視線を向けた。
「何ですか?」
「作れるんだろ」
「作れますけど」
「畑も生やせる」
「生やせますけど」
「味噌汁も作れる」
「作れますけど!」
三人の視線が、荷車へ集まる。
白米を探すために用意した大豆保存食。
それが、目的地へ着く前から別の役目を持ち始めていた。
私は手元に残った大豆パンを見下ろした。
日常の主食としては認めない。
白米の代わりにもならない。
だが、補給が途絶えた人々を助ける食料としてなら、話は違う。
「その部隊は、ここから遠いんですか?」
「徒歩なら半日ほどだ」
私は味噌汁を飲み干し、立ち上がった。
「寄り道しましょう」
ガルドが笑いながら、荷車の縄を肩へ掛ける。
「白米探しはいいのか?」
「困っている人を放っておいたら、味噌汁がまずくなるでしょう」
大豆パンは、私が求める主食ではない。
けれど、誰かの今日をつなぐ食料にはなれる。
私たちは伝令の案内を受け、補給を待つ東部領軍の野営地へ向かうことになった。




