第6話 旅支度は全部大豆
東の湿地へ行く。
そう決めた翌朝、私は発酵小屋の前に木箱を並べていた。
旅商人の話では、目的地まで徒歩で十日以上。
途中には街もあるらしいが、道のすべてが安全とは限らない。魔物に襲われる可能性もあれば、雨で足止めされることもある。
そして何より、私が大豆村を離れれば、その間は頭から枝豆を収穫できない。
「十日分の食料を持っていくとして……往復なら二十日。調査にかかる日数も考えたら、一か月分は必要よね」
石竈のそばに座っていた大柄な冒険者が、露骨に嫌そうな顔をした。
「一か月分を背負って歩くつもりか?」
「そのために、軽くて保存の利く食料を作るのよ」
「干し肉でいいだろ」
「高いでしょう」
「豆を持っていけばいい」
「硬い乾燥大豆を旅先で毎日煮るの?」
「……面倒だな」
ようやく分かったらしい。
旅には、すぐ食べられるものが必要だ。
火が使えない状況でも口にできる。
腐りにくい。
軽い。
栄養がある。
できれば、毎日食べても飽きない。
そんな都合のいい携帯食を、私は大豆で作らなければならない。
「まずは炒り豆」
乾燥させた大豆を鍋へ入れ、焦がさないように転がしながら煎る。
香ばしい匂いが立ち始める。
一粒取って冷まし、噛んでみた。
かりっ、と軽い音がした。
「固いけど、食べられる。塩を振れば携帯食にはなるわね」
大柄な冒険者も一粒つまんだ。
「酒のつまみだな」
「あなたたち、何でも酒のつまみにするわね」
炒り豆は採用。
次は、さらに細かく砕いて粉にする。
平らな石の上へ豆を置き、別の石で何度も潰す。
できた粉を口へ入れると、水分を一瞬で奪われた。
「むせる!」
粉が喉へ張りつき、私は慌てて水を飲んだ。
そのままでは危険だ。
少量の塩と水を混ぜ、平たく成形して石竈で焼いてみる。
完成したものは、見た目だけなら薄いパンだった。
一口かじる。
「……大豆」
「見れば分かる」
「見た目はパンなのに、味が完全に大豆なのよ」
小麦が入っていないのだから当然である。
それでも、腹持ちはよさそうだ。
硬く焼けば日持ちもする。
二品目は、大豆の堅焼きパン。
味の改善は今後の課題とする。
「次は味噌ね」
味噌そのものを壺に入れて持ち運ぶと重い。
そこで、若い味噌へ炒った大豆粉と細かく刻んだ乾燥野菜を混ぜ、小さな団子へ丸めた。
それを火のそばで乾燥させる。
「《乾燥促進》」
《大豆進化》から派生した加工機能を使うと、味噌玉の水分が少しずつ抜けていった。
完全に乾かせば発酵の働きまで止まりそうなので、表面が固くなる程度でやめる。
試しに一つ、湯へ入れる。
味噌玉が崩れ、乾燥野菜が広がった。
「即席味噌汁!」
「湯に入れるだけか」
「旅先で温かい汁が飲めるのは大きいわよ」
三品目、乾燥味噌玉。
ここまでは順調だった。
だが、問題がある。
炒り豆。
大豆パン。
味噌汁。
すべて大豆だ。
「肉が欲しい……」
私が呟くと、大柄な冒険者が腰の袋を叩いた。
「だから干し肉を持っていけばいいだろ」
「高いし、硬いし、量も少ない」
「森で魔物を狩ればいい」
「毎日狩れるとは限らないでしょう」
それに、私は狩りができない。
枝豆を育てることはできても、動物を解体した経験などなかった。
肉らしい食感の保存食を、大豆から作れないだろうか。
私は搾油用に乾燥させていた大豆を見た。
油を搾ったあとの豆かすは、肥料や飼料にする予定だった。
だが、油が抜けた大豆にも、まだ栄養は残っている。
「これを、繊維状にできれば……」
豆かすを細かく砕き、水を少し加える。
そのままでは、ぼそぼそした塊にしかならない。
私は両手で練りながら、《大豆進化》を意識した。
視界へ加工候補が現れる。
《圧縮》
《乾燥》
《繊維化》
「あるじゃない!」
迷わず《繊維化》を選ぶ。
手の中の豆かすが、緑色の光に包まれた。
粒状だった組織が伸び、細い筋が幾重にも重なっていく。
見た目は、茹でてほぐした肉に近い。
私はそれを一口かじった。
「……味がない」
冒険者にも渡す。
彼は何度か噛み、首をかしげた。
「木の皮よりは柔らかい」
「比較対象がおかしい」
食感は悪くない。
ただし、大豆の薄い味しかしない。
そこで、若い味噌、砕いた岩塩、干し肉を煮たあとの汁を混ぜ、繊維化した大豆へ染み込ませた。
しばらく置き、大豆油を引いた鍋で焼く。
じゅう、と音が鳴った。
表面が茶色くなり、味噌の焦げる香りが漂う。
匂いにつられ、発酵小屋を作っていた者たちまで集まってきた。
「今度は何だ?」
「肉を焼いてるのか?」
「肉ではありません」
私は焼き上がったものを木皿へ載せた。
「大豆ミートです」
「また大豆かよ!」
全員の声が重なった。
大柄な冒険者が、恐る恐る一切れ取る。
噛んだ瞬間、目を見開いた。
「……肉だ」
「大豆です」
「いや、肉みたいだぞ」
「でも大豆です」
他の者たちも次々と手を伸ばす。
味噌で下味をつけた大豆ミートは、干し肉ほど硬くない。噛めば繊維がほどけ、油と味噌の旨味が広がる。
本物の肉と比べれば違いはある。
それでも、豆だけを食べ続けるよりはずっといい。
水分を抜いて乾燥させれば、旅先で水に戻して使える。
炒める。
煮る。
細かく砕けば、そぼろにもなる。
「これなら、一か月分を持っていける」
私は大豆ミートを追加で作り始めた。
炒り豆。
堅焼き大豆パン。
乾燥味噌玉。
大豆ミート。
並べてみる。
完璧な旅の保存食だった。
ただし、すべて大豆である。
「白米を探す旅なのに、出発前から大豆に包囲されてる……」
「別にいいじゃないか。食えるんだから」
「よくないわよ。このままだと白米を見つける前に、私の舌が大豆になる」
「頭はもう大豆みたいなものだろ」
「枝豆です!」
そこだけは譲れない。
その日の夕方、私は旅へ持っていく食料を木箱へ詰めた。
大豆村に残す味噌と大豆。
交換用の枝豆。
畑を管理するための簡単な手順も、冒険者たちへ説明する。
私がいない間、頭から種豆は取れない。
そのため、乾燥大豆の一部を種として保存しておく必要がある。
水をやる量。
畑へ植える間隔。
同じ場所で作り続けず、区画を交替させること。
魔力による促成栽培は使えなくても、普通に育てることはできる。
「枝豆が実るまで、こんなに時間がかかるのか?」
細身の冒険者が驚いた。
「本来、植物は数秒では育たないのよ」
「お前を見てると感覚が狂うな」
発酵小屋の中では、味噌が静かに熟成している。
畑には、次の枝豆が芽を出している。
私が戻る場所は、もうできた。
あとは旅立つだけだ。
荷物を確認していると、大柄な冒険者が言った。
「ところで、東まで一人で行くつもりか?」
私は手を止めた。
魔物。
盗賊。
知らない道。
考えてみれば、食料ばかり準備して、護衛について何も考えていなかった。
「……一緒に来てくれます?」
「大豆ミートを毎日食わせてくれるならな」
こうして、白米探索隊の最初の一人が決まった。
旅の目的は白米。
旅の食料は、全部大豆。
私の大豆離れは、出発する前から失敗していた。




