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転生したら枝豆娘だった件 ~促成栽培と大豆加工スキルで、白米のある異世界生活を目指します~  作者: 五平


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第15話 味噌の香りは誘惑の罠

湿地の空が白み始めた頃、最後の泥蟹が泥の中へ姿を消した。


作業小屋の周囲には、無数の足跡が残っている。


泥を横へかき分けた跡。


鋏で壁板を削った跡。


そして、私たちが投げた味噌汁入りの大豆パンを奪い合った跡。


一晩中見張っていたせいで、頭が重い。


枝豆の房まで、いつもより元気なく垂れている気がした。


「寝たい……」


私は床へ倒れ込みそうになった。


セインが地図を畳みながら言う。


「先に朝食を取れ。そのあと三刻休む」


「すぐに罠を作らなくていいの?」


「眠ったまま泥蟹と戦いたいなら止めない」


「休みます」


即答した。


旧農場を取り戻すことは大切だ。


だが、徹夜明けの頭で巨大な鋏と向き合うほど、白米に命を捧げるつもりはない。


ガルドが小さな炉へ火を入れた。


昨夜と同じく、乾燥味噌玉を湯へ溶かす。


残っていた大豆パンを細かく割り、大豆ミートと一緒に煮込んだ。


「作戦に使う味噌まで食べないでよ」


「戦う前に腹を減らしてどうする」


「全部使うわけじゃないけど」


味噌汁の香りが小屋の中へ広がる。


壁の外では何も動かない。


泥蟹は完全に泥へ潜ったらしい。


私たちは温かい汁を飲み、交替で短い睡眠を取った。


昼を過ぎた頃、ようやく三人とも動ける程度には回復した。


セインが、昨夜書き込んだ地図を床へ広げる。


「確認できた成体は六匹」


地図には泥蟹の移動経路が線で記されている。


北側の水田跡から二匹。


南の崩れた畦から一匹。


旧排水路から二匹。


そして、旧水門の近くに一匹。


「一番大きかったのは、水門にいた個体だ」


「そいつも味噌へ寄ってきたの?」


私が尋ねる。


セインは首を横へ振った。


「いや。ほかの個体が餌を奪い合っていても、水門の周囲からほとんど動かなかった」


「食欲がない泥蟹?」


「巣を守っているのかもしれん」


ガルドが地図を指で叩く。


「まずはそいつ以外を減らす。水門の大物は最後だ」


異論はない。


味噌の匂いで六匹すべてを一度に集めれば、こちらが包囲される。


狙うのは一匹。


味噌の匂いをどこまで追うか。


乾いた場所まで本当に上がってくるか。


枝豆の蔓で成体を止められるか。


まず、それを確かめる。


「味噌をばらまくのは駄目ね」


私は昨夜使った容器を持ち上げた。


「匂いが広がりすぎたら、全部の泥蟹が集まる」


「なら、どうする?」


「餌を動かします」


私は大豆ミートを数切れ取り出した。


若い味噌を水で溶き、大豆ミートへたっぷり染み込ませる。


それを葦の葉で包み、何か所かに穴を開けた。


最後に細い縄を結ぶ。


「匂い袋か」


セインが包みを手に取る。


「縄で引けば、泥蟹の動きに合わせて位置を変えられる」


「途中で食われたら?」


「次の袋へ誘導します」


一個目は泥蟹を巣穴から出すため。


二個目は水田から畦へ上げるため。


三個目は乾いた作業場まで引き込むため。


味噌の匂いで、一本の道を作る。


「作戦名は――」


「いらん」


ガルドに先回りされた。


「まだ何も言ってないでしょう」


「どうせ『泥蟹ホイホイ』だろ」


「……違います」


本当は、かなり近かった。


誘導場所には、作業小屋の裏手にある古い農具置き場を選んだ。


周囲より少し高く、地面が乾いている。


泥蟹の巨体が乗っても沈みにくい。


それに、水田側から入れる道が一本しかない。


ガルドは崩れた丸太や農具を運び、左右へ積み上げた。


完全に進路を塞ぐためではない。


泥蟹が広場へ入ったあと、横へ逃げるのを少しでも遅らせるためだ。


セインは見張り場所を決める。


泥蟹の目と脚の関節を狙えるよう、半壊した棚を高台代わりに組み直した。


私は広場へ何本もの浅い溝を掘った。


その中へ、昼間に集めた腐葉土と、古い作業小屋の隅に残っていた腐った藁を混ぜる。


「何をしている?」


ガルドが尋ねる。


「枝豆用の栄養を仕込んでいます」


泥蟹が広場へ入ってから種を植えたのでは遅い。


私は溝へ種豆を埋め、発芽する直前まで成長を進めておく。


「《促成栽培》」


緑色の光が土へ染み込む。


地表がわずかに盛り上がったところで、魔力を止めた。


芽はまだ地上へ出ていない。


泥蟹が上へ乗った瞬間、一斉に成長させる。


「なるほどな」


ガルドが感心したように頷いた。


「罠そのものを地面へ隠すのか」


「昨日みたいに、その場で植えていたら間に合わないからね」


準備を終えた頃には、日が西へ傾き始めていた。


湿地の水面が赤く染まる。


夜まで待つ必要はない。


泥蟹が動き始める夕暮れを狙う。


セインが最初の匂い袋を持ち、水田跡の端へ近づいた。


私とガルドは農具置き場で待つ。


「一匹だけ来ると思う?」


私が尋ねる。


「来なければ、餌の量を減らす」


ガルドは大剣を構えた。


「二匹来たら?」


「一匹を追い返す」


「三匹なら?」


「逃げる」


明快だった。


セインが匂い袋を泥の端へ置き、縄を手にしたまま後退する。


味噌と大豆ミートの匂いが、風へ乗った。


最初は何も起きない。


湿地には、虫と鳥の声だけが響いている。


やがて、泥の中で泡が弾けた。


ぶくり。


水面が揺れる。


匂い袋から少し離れた場所で、赤黒い甲殻がゆっくりと持ち上がった。


成体だ。


昼間に倒した小型個体より、明らかに大きい。


胴体だけでガルドの上半身ほど。


片方の鋏は、私の身体を簡単に挟み潰せそうだった。


泥蟹は触角を動かし、匂い袋へ近づく。


セインが縄を引いた。


葦の包みが泥の上を滑る。


泥蟹の脚が動いた。


匂いを追っている。


「来た」


私は声を潜めた。


セインは一気に引かない。


泥蟹が匂い袋へ届きそうになるたび、少しだけ遠ざける。


泥蟹は苛立ったように鋏を鳴らした。


それでも追う。


水田の泥から、崩れかけた畦へ脚を乗せる。


一歩。


二歩。


巨体が乾いた土地へ上がった。


「本当に味噌につられてる……」


大豆の可能性が、また妙な方向へ広がっている。


そのとき、別の場所で泥が揺れた。


二匹目だ。


小さな泡が、匂い袋の方角へ進んでくる。


セインも気づいた。


彼は一個目の匂い袋をその場へ残し、二個目を取り出す。


一匹目の前へ投げ、乾いた通路へ誘導する。


二匹目は、最初の袋へ向かった。


餌を分けることで、進路も分かれた。


「一匹だけ来る!」


セインの声が飛ぶ。


成体の泥蟹が、農具置き場へ入った。


三個目の匂い袋が、広場の中央に置かれている。


泥蟹は周囲を警戒することなく、袋へ鋏を伸ばした。


今だ。


私は両手を地面へついた。


「《促成栽培》!」


隠していた種豆へ、一斉に魔力を流し込む。


地面が割れた。


無数の芽が飛び出し、泥蟹の脚の間を縫うように伸びる。


一本。


二本。


三本。


蔓が脚の関節へ巻きついた。


泥蟹が鋏を振る。


太い茎が何本も切断された。


だが、その下から次の蔓が伸びる。


右脚を止める。


左脚へ絡む。


腹の下を通し、反対側の茎と結びつく。


泥蟹が前へ進もうとするたび、身体が傾いた。


「セイン!」


高台から矢が飛んだ。


最初の矢は、持ち上がった鋏の付け根へ刺さる。


泥蟹が暴れ、蔓を引きちぎった。


二本目の矢が、後脚の関節へ入る。


それでも止まらない。


成体の力は、小型個体とは比べ物にならなかった。


「右へ逃げるぞ!」


ガルドが進路へ回り込み、大剣を横へ構えた。


泥蟹の鋏が振り下ろされる。


剣の腹で受け止める。


金属が軋んだ。


ガルドの足が地面を滑る。


「重っ……!」


私は残った魔力を、泥蟹の右側へ集中させた。


「そっちは通さない!」


枝豆の茎が絡み合い、即席の壁になる。


泥蟹が身体ごと突っ込む。


何本か折れる。


それでも一瞬だけ動きが止まった。


ガルドが低く踏み込んだ。


狙いは甲羅ではない。


持ち上がった身体の下。


大剣の先端が、腹側の柔らかい部分へ突き刺さった。


泥蟹の鋏が大きく開く。


セインの三本目の矢が、口元の隙間へ飛び込んだ。


巨体が激しく痙攣する。


蔓を引きずりながら数歩進み、最後には地面へ沈むように倒れた。


しばらく、誰も動かなかった。


泥蟹の脚が、もう動かないことを確認する。


「……勝った?」


私は地面から手を離した。


一気に力が抜け、尻もちをつく。


「一匹だけな」


ガルドが大剣を引き抜いた。


「だが、作戦は通じた」


セインが高台から降りてくる。


「味噌で誘導できる。乾いた場所なら蔓も使える。ただし、成体を完全に拘束するには、今の倍は必要だ」


確かに、あと少しで逃げられるところだった。


土の栄養。


埋める種の数。


蔓を成長させる位置。


改善する余地は多い。


それでも、正面から水田へ踏み込まずに成体を一匹倒した。


大きな成果だった。


二匹目の泥蟹は、最初の匂い袋を鋏で引き裂いたあと、泥へ戻っていた。


私たちを追ってくる様子はない。


「味噌の匂いは、かなり強い餌になる」


私は倒れた泥蟹を見上げた。


「これなら、少しずつ水田から追い出せるかもしれない」


「問題は水門の大物だ」


セインが、旧水門の方角を見た。


夕暮れの湿地。


崩れた水門の近くで、水面が大きく盛り上がっている。


先ほど倒した成体より、はるかに大きな赤黒い甲殻が、泥の中から少しだけ姿を現した。


鋏の先端だけで、私の背丈ほどある。


匂い袋には向かわない。


水門の前から動かず、こちらを見ている。


その腹の下で、小さな泥蟹が何匹も動いていた。


「巣を守ってる……?」


私の言葉に、セインが頷く。


「おそらく、あれが群れの中心だ」


味噌で誘える個体は、罠へかけられる。


だが、旧水門を守る最大個体は動かない。


水田を再生するには、水門を取り戻さなければならない。


そして、そのためには、味噌の罠が通用しない相手と向き合う必要がある。


私は倒した泥蟹を見た。


「ところで、これ……食べられるかな」


ガルドが大きく息を吐いた。


「今、その話をするのか?」


「せっかく倒したんだから、食料にしないともったいないでしょう」


泥蟹攻略の第一段階は成功した。


そして今夜の献立も、どうやら決まった。


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