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転生したら枝豆娘だった件 ~促成栽培と大豆加工スキルで、白米のある異世界生活を目指します~  作者: 五平


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第14話 作業小屋の夜と泥蟹の気配

旧東方開拓試作農場に残された作業小屋は、建物というより、まだ完全には崩れていない木材の集まりだった。


屋根は一部が抜け落ち、壁板の隙間から湿地の風が吹き込んでいる。


床板もところどころ黒く腐っており、うっかり体重をかければ、そのまま泥の中へ落ちそうだった。


「ここで寝るの?」


私は長い棒で床を叩きながら尋ねた。


こん、こん、と硬い音がする場所。


ぼすっ、と嫌な音を立てる場所。


安全に踏めそうなのは、小屋全体の半分ほどしかない。


「外で寝るよりはましだ」


ガルドは腐った床板を大剣の鞘で押し、簡単に崩れる部分を取り除いていた。


「少なくとも、壁がある」


「その壁も、泥蟹が鋏で挟んだら終わりじゃない?」


「だから、今のうちに補強する」


セインは小屋の周囲を一周し、出入り口と窓の位置を確かめていた。


正面の扉は半分外れかけている。


裏手には、人一人が通れるほどの割れ目があった。


いざというときの逃げ道にはなる。


逆に言えば、泥蟹も入れる。


私たちは日が沈む前に、最低限の補修を始めた。


乾いた木材を集め、壁の大きな穴へ打ちつける。


床が残っている一角へ荷物をまとめる。


扉の前には、崩れた棚と木箱を積んだ。


泥蟹を完全に防げるとは思えない。


それでも、何もないよりは時間を稼げる。


私は小屋の横に残っていた乾いた盛り土へ種豆を埋めた。


水田の泥では発芽しなかったが、ここなら根を張れる。


「《促成栽培》」


淡い光が土へ染み込む。


芽が伸び、細い茎が小屋の外壁へ絡みついた。


大豆村の防壁ほど太くは育たない。


土地の養分も少ない。


それでも、壁板を押さえる縄の代わりにはなる。


「建物まで枝豆に侵食されていくな」


ガルドが言った。


「補強です」


「外から見たら、巨大な畑に食われている小屋だぞ」


「泥蟹に壊されるよりいいでしょう」


日が沈む頃には、どうにか夜を越せそうな形になった。


私たちは小屋の中に入り、湿地用の長靴を脱いだ。


靴下まで濡れている。


絞ると、泥混じりの水がぽたぽたと床へ落ちた。


「足が重い……」


私は乾いた布で脚を拭き、床へ座り込んだ。


泥の中を歩くだけで、普通の道の何倍も体力を使う。


昼間の泥蟹との戦闘まで思い返すと、今すぐ横になりたかった。


だが、泥蟹は夜に活発になる。


補給局の記録にも書かれていた。


眠るとしても、交替で見張りが必要だ。


「先に食べよう」


ガルドが言った。


「腹が減ったままでは、見張りも戦闘もできん」


小屋の奥には、かつて使われていたらしい石造りの小さな炉が残っていた。


煙突は途中で崩れている。


大きな火を焚けば煙が室内へ戻ってくるため、乾いた小枝だけを使って弱い火を起こした。


鍋へ少量の水を入れる。


乾燥味噌玉。


水で戻した大豆ミート。


細かく砕いた大豆パン。


いつもの大豆尽くしだった。


「稲を見つけた日の夕食まで、全部大豆なのね……」


「まだ米は食えないんだろ」


「籾のままではね」


私は昼間に採取した穂を、布袋から慎重に取り出した。


黄金色の籾が並んでいる。


一粒だけ外し、殻を割る。


中から現れたのは、細長い茶色がかった穀粒だった。


「これが玄米に近い状態か」


セインが覗き込む。


「たぶん。ただ、このまま食べて安全かは分からないわ」


毒性。


硬さ。


吸水性。


炊いたときの味。


確かめるべきことはいくつもある。


今夜は一粒しかないうえ、籾すりの方法も確立していない。


焦って食べる必要はなかった。


私は粒を小さな布へ包み直した。


「まずは、まとまった量を安全に収穫するところからね」


「そのためには、泥蟹をどうにかする」


ガルドは大豆ミートを噛みながら、昼間に倒した個体の話へ戻した。


「小型一匹で、あれだけ手間がかかった。成体が複数出れば、正面からは無理だ」


「関節を狙うにしても、動きを止めなければ矢を当てられない」


セインが言う。


「だが、水の中ではエダの蔓が使えない」


私は味噌汁をすすりながら考えた。


乾いた畦へ誘い出せれば、蔓を育てられる。


問題は、どうやって泥蟹を望んだ場所へ動かすかだ。


石を投げて音を立てる。


餌を置く。


水を流して巣穴から追い出す。


いくつか考えたが、どれも危険が大きい。


「明るくなったら、巣穴と乾いた場所を確認しましょう」


私は言った。


「戦う前に、誘い込める場所を作らないと」


「今日は逃げ込む場所を作っただけか」


ガルドが味噌汁を飲み干す。


「十分な進歩よ」


温かいものを腹へ入れると、張りつめていた身体が少し緩んだ。


食事を終えた私たちは、鍋に残った汁を小さな容器へ移した。


水は貴重だ。


鍋を洗うために大量に使うわけにはいかない。


布で内側を拭き、汚れた布は小屋の外へ置いた。


そこで、セインが手を止めた。


「待て」


「どうしました?」


「外へ出すな」


彼は、味噌汁を拭った布を指した。


「匂いが強い」


確かに、狭い小屋の中には味噌の香りが充満している。


人間にとっては食欲をそそる匂いだ。


泥蟹がどう感じるかは分からない。


「火も消したほうがいい」


私たちは炉へ灰をかぶせ、炎を消した。


完全な暗闇になる。


月明かりが、屋根の穴と壁の隙間から細く差し込んでいた。


最初の見張りはセイン。


次がガルド。


最後が私。


そう決め、私は壁際へ置いた毛布にくるまった。


眠れるとは思わなかった。


湿地からは、虫の声。


水が動く音。


遠くで何かが泥を踏む音。


目を閉じるたび、昼間の泥蟹の鋏が思い浮かぶ。


どれほど時間が経ったのか。


こつ。


どこかで、硬いものが木へ当たった。


こつ。


こつ。


私は目を開けた。


セインはすでに弓を持ち、窓の隙間へ身体を寄せている。


ガルドも無言で起き上がり、大剣へ手を伸ばした。


私は毛布をどけた。


「泥蟹?」


セインが指を口元へ当てる。


声を出すな、という合図だった。


外から、泥を引きずる音が聞こえる。


ざり。


ずる。


そのあとに、硬い甲殻が擦れ合う音。


私は壁の隙間から外を覗いた。


月明かりの下、水田跡を赤黒い影が横切っている。


一匹。


その後ろに、もう一匹。


さらに奥の泥でも、水面が波打っていた。


昼間の小型個体より明らかに大きい。


鋏だけで、私の胴ほどもある。


「成体だ」


セインが、ほとんど息だけで告げた。


泥蟹は小屋へ一直線に向かっているわけではなかった。


泥の中を横へ移動し、ときどき立ち止まる。


鋏を上げる。


触角を動かす。


何かを探している。


やがて一匹が、小屋の外へ置いた布の前で止まった。


「……味噌?」


私は小さく呟いた。


味噌汁を拭いた布だ。


泥蟹は鋏で布を挟み、持ち上げた。


匂いを確かめるように口元へ運ぶ。


次の瞬間、別の泥蟹がその布へ近づいた。


二匹が鋏をぶつけ合う。


かちん!


湿地へ硬い音が響く。


さらに別の個体が寄ってくる。


「餌だと思っているのか」


ガルドが言った。


「発酵した匂いに反応してる?」


私は味噌汁の残りを入れた容器を見た。


大豆。


塩。


発酵。


泥蟹がどれに反応しているかは分からない。


だが、味噌のついた布へ集まっているのは確かだった。


そのとき、一匹が小屋の壁へ近づいた。


味噌汁を作った炉の方向だ。


鋏が壁板を挟む。


みしっ。


板が内側へたわんだ。


「まずい」


ガルドが大剣を構える。


ここで戦えば、小屋ごと壊される。


しかも外には複数の成体がいる。


私は味噌汁の容器を手に取った。


「匂いで誘導できるか、試します」


「何をする気だ」


「小屋から遠ざけます」


裏手の割れ目まで、静かに移動する。


そこから外へ出れば、泥蟹に見つかる。


私は容器の中へ、大豆パンの欠片を入れた。


汁を吸わせる。


それを一つ取り出し、小屋から離れた乾いた盛り土へ向けて投げた。


べちゃり。


味噌汁を吸った大豆パンが、泥の端へ落ちる。


壁を挟んでいた泥蟹の動きが止まった。


触角が揺れる。


身体の向きが、ゆっくりと変わった。


「反応した」


もう一つ投げる。


今度は、さらに遠くへ。


泥蟹が小屋から離れる。


味噌布の周囲にいた個体も、匂いに気づいたのか移動を始めた。


ガルドが私の腕を引き、小屋の中へ戻す。


「近づきすぎるな」


「でも、効いてます」


「だからこそ慎重に使え」


私たちは残っていた大豆パンへ味噌汁を吸わせ、窓の隙間から一つずつ投げた。


投げる位置を少しずつ変え、小屋から離れた方向へ匂いの道を作る。


泥蟹たちは互いに鋏を鳴らしながら、味噌の匂いを追った。


全てではない。


二匹は水田跡に残っている。


だが、小屋の周囲に集まっていた個体の大半を、反対側の盛り土へ誘導できた。


「泥蟹は味噌で動く」


私は呟いた。


「正確には、味噌か大豆ミートか、塩分かもしれない」


セインは外の動きを観察し続けている。


「だが、餌で誘導できるのは間違いない」


ガルドが大剣を下ろした。


「乾いた場所へおびき出せれば、お前の蔓も使える」


「関節を狙える位置にも固定できる」


三人の間で、同じ作戦が形になり始めた。


餌で誘い出す。


乾いた盛り土か、昔の作業場へ集める。


枝豆の蔓で脚を止める。


セインが関節を狙い、ガルドが腹側を攻撃する。


正面から水田へ入って戦う必要はない。


私たちに有利な場所へ、相手を動かせばいい。


だが、今夜すぐに実行するのは危険だった。


数も分からない。


地形も把握していない。


餌の量や、どこまで匂いを追うかも検証が必要だ。


「朝まで交替で見張る」


セインが言った。


「移動経路を確認する。どの巣穴から出て、どこへ戻るか記録するぞ」


私たちは地図の余白へ、泥蟹を見た位置を印していった。


小屋の北側に三匹。


旧水路の近くに二匹。


南の畦から一匹。


さらに遠くで動く影もある。


夜が更けるにつれ、泥蟹たちは古い排水路の方向へ集まっていった。


「巣の中心は、水門か排水路の近くかもしれない」


セインが印を追加する。


泥蟹がそこへ巣穴を集中させているなら、水田を再生するためにも放置できない。


夜明け前。


泥蟹の姿は少しずつ泥の中へ消えていった。


外が薄明るくなる頃、小屋の周囲には、鋏で削られた壁板と、泥に残された無数の足跡だけが残っていた。


眠気で頭が重い。


だが、成果はあった。


稲の場所。


泥蟹の移動経路。


巣がありそうな水路。


そして、相手を動かす餌。


私は空になった味噌汁の容器を見つめた。


「まさか、味噌汁の残りが攻略の鍵になるなんてね」


ガルドが笑う。


「お前の大豆は、とうとう魔物まで操り始めたな」


「操ってません。食欲につけ込んでいるだけです」


「同じようなものだろ」


違う。


たぶん。


こうして、泥蟹を正面から倒すのではなく、乾いた場所へ誘い出す作戦が決まった。


白米へ至るための最初の戦術は、味噌汁の残り香から生まれた。


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