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転生したら枝豆娘だった件 ~促成栽培と大豆加工スキルで、白米のある異世界生活を目指します~  作者: 五平


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12/23

第12話 補給局の記録と泥蟹の爪痕

東方都市の朝は早い。


まだ空が白み始めたばかりだというのに、石畳の大通りには荷馬車が行き交い、市場では商人たちが声を張り上げていた。


宿の食堂で黒パンと野菜のスープを食べたあと、私たちは赤帽子の商人ハインに案内され、東方補給局へ向かった。


「領軍の書状があっても、勝手に書庫へ入れるわけじゃない」


歩きながら、ハインが念を押す。


「俺の商会からも紹介を入れておく。だが、古い開拓記録が残っているかは分からんぞ」


「なかったら、現地で直接調べます」


「その現地へ入るためにも許可が要るんだ」


「湿地へ行くだけなのに?」


「今は放棄地でも、土地は領主のものだ。それに魔物が増えてからは、一般人の立ち入りが制限されている」


白米を探すだけのつもりだったのに、行政手続きが発生した。


異世界でも、土地へ勝手に入ってはいけないらしい。


東方補給局は、大通りから少し離れた場所に建つ、灰色の石造りの建物だった。


正面には荷車が何台も止まり、兵士や商人が書類を抱えて出入りしている。


受付で領軍の書状を見せると、職員は封蝋を確認したあと、私の顔を見た。


それから頭を見る。


「書状にある『植物を用いて食料を供給した少女』とは、あなたですか?」


「枝豆娘のエダです」


「その頭のものが、枝豆?」


「はい」


職員は何かを尋ねたそうな顔をしたが、業務を優先した。


「記録官を呼びます。こちらでお待ちください」


しばらくすると、灰色の髪を後ろで束ねた初老の男が現れた。


片手には領軍の書状。


もう片方には、私たちが求める資料の番号を書いた木札を持っている。


「記録官のオルセンだ」


男は簡潔に名乗り、私たちを奥の部屋へ案内した。


室内には、分厚い台帳や巻かれた地図が棚いっぱいに詰め込まれていた。


紙と革、古い墨が混ざった独特の匂いがする。


「東部領軍へ食料を提供した功績により、閲覧自体は許可する」


オルセンは机へ書状を置いた。


「だが、旧東方開拓農場へ立ち入る許可は、記録を確認してからだ。目的を聞こう」


私は昨夜手に入れた籾を、布包みから取り出した。


「この穀物を探しています」


オルセンが粒をつまみ、光へ透かす。


「湿地の採集人から?」


「はい。殻を剥くと、中に細長い白っぽい粒が入っていました」


「それを食料にしたいのか」


「正確には、殻を外し、さらに表面を削って炊きます」


「削る?」


オルセンが眉を上げる。


この世界では、籾すりも精米も一般的な工程ではないらしい。


少なくとも、この穀物に対しては知られていない。


「過去の開拓団は、どうやって食べようとしたんですか?」


「記録を見てみよう」


オルセンは棚の奥から、革紐で束ねられた三冊の台帳を取り出した。


表紙には、かすれた文字で、


旧東方開拓試作農場


と記されている。


最初の台帳は、土地と水路の記録だった。


十七年前、当時の領主が南方から「水穀」と呼ばれる穀物を取り寄せ、湿地で試験栽培を始めた。


浅い区画へ水を引き、苗を植える。


水路と畦を作り、収穫まで育てる。


そこまでは、一定の成果があったらしい。


「育ってるじゃない!」


私は思わず声を上げた。


「完全な失敗じゃありません」


「最初の二年はな」


オルセンが次のページを開く。


そこには、水路の崩壊、苗の流出、作業員の負傷という記録が続いていた。


被害の原因として何度も書かれているのが、


大型泥蟹


という文字だった。


「この魔物は人を襲うだけではない」


オルセンが、水路図の一部を指さす。


「泥の中へ巣穴を掘る。畦に穴を開け、水を抜き、水路の壁まで崩す。修復しても、夜の間に別の場所を破壊された」


「水田そのものを壊したのね」


「作業員が追い払おうとすれば、今度は鋏で襲われる。農地を維持する人間が減り、最後には水の管理ができなくなった」


単なる畑の害獣ではない。


灌漑設備を破壊する魔物だ。


稲を育てるなら、泥蟹を倒すだけでは足りない。


巣穴を見つけ、水路と畦を守る仕組みも必要になる。


セインが台帳を覗き込む。


「数は?」


「当時の討伐記録では、成体だけで二十七。小型個体は数え切れなかったとある」


「一匹二匹の話じゃないな」


ガルドが腕を組んだ。


「巣ごとどうにかしないと、水田を作っても同じことになる」


私は次の台帳へ視線を移した。


そこには、収穫物の利用試験が記録されていた。


穂から粒を外す。


水で洗う。


鍋で煮る。


しかし、何時間煮ても硬く、食用には向かないと判断された。


「まさか……」


私は昨夜の籾を机へ置いた。


「殻をつけたまま煮たの?」


「記録上は、そのようだ」


「それじゃ食べられないわよ!」


私は頭を抱えた。


稲作そのものは、ある程度成功していた。


だが、収穫した籾をそのまま鍋へ入れた。


当然、硬い殻が残る。


その結果、


育つが食べられない穀物


として扱われてしまったのだ。


「殻を取り除く技術が必要なのか」


オルセンが尋ねる。


「まず籾すり。そのあと、食べやすくするなら精米です」


「君は、その方法を知っている?」


「原理だけなら」


前世で籾すり機を作った経験などない。


白米は袋に入った状態で買うものだった。


籾から玄米を取り出し、その表面を削る。


知識としては分かる。


だが、実際の道具を一から作るとなれば別問題だ。


それでも、何も知らなかった過去の開拓団よりは一歩先にいる。


三冊目の台帳には、農場の放棄時に残された設備と、その位置が記されていた。


水門。


作業小屋。


穀物庫。


農具置き場。


そして、小型の脱穀器。


「脱穀器が残ってる?」


「十七年前の木製品だ。使えるとは思わないほうがいい」


「形が残っているだけでも十分です」


穂から籾を外す工程まで、開拓団は行っていた。


問題は、その先だった。


私は旧農場の地図を広げた。


南側には都市から続く古い街道。


西側には排水路。


北側に水門。


中央には、細長く区切られた複数の水田跡が描かれている。


「ここへ行けば、野生化した稲と、昔の設備が両方残っている可能性がある」


白米へ続く道が、ようやく一本につながった。


オルセンは地図を巻き直した。


「立ち入り許可は出そう。ただし条件がある」


「条件?」


「農場の現状、水路、魔物の分布を記録し、帰還後に報告すること。旧設備や穀物を持ち出す場合も、数量を申告する」


「分かりました」


「それから、湿地へ入る装備を整えろ。普通の革靴では、半日も歩けん」


許可証へ印が押される。


旧農場の地図と、過去の水路図も貸し出された。


補給局を出ると、ハインが建物の外で待っていた。


「どうだった?」


「稲の可能性は高いです。でも、泥蟹が水田を壊して、籾を殻ごと煮て食用失敗と判断されていました」


ハインはしばらく黙った。


「……昔の開拓団に、お前が一人いれば成功していたんじゃないか?」


「籾すり道具を作れないので、今でも成功するとは限りません」


「珍しく弱気だな」


「大豆なら何とかなるんですけどね」


白米は、やはり簡単には手に入らない。


まずは現物を確保する。


次に栽培状態を確認する。


水路を直し、泥蟹へ対処する。


収穫したら脱穀。


籾すり。


精米。


それから、ようやく炊飯だ。


食卓へ茶碗一杯の白米を置くだけで、必要な工程が多すぎる。


私たちは市場で湿地用の装備を整えることにした。


膝まで覆う革の長靴。


足場を確認するための長い棒。


太い縄。


虫除けの薬草。


小型の木板。


ガルドは鍛冶屋で、大剣の刃を研いでもらう。


セインは泥蟹の殻を想定し、矢尻を細く硬いものへ交換した。


「普通の矢は通らないんじゃなかった?」


「殻を抜く必要はない。目か、脚の関節を狙う」


「私の蔓で脚を止められれば、狙えますね」


「泥の中で植物がどこまで育つか、試しておけ」


戦い方も考える必要がある。


だが、今の私の頭にあるのは、泥蟹より籾すりだった。


市場を歩きながら、石臼や木製の杵を眺める。


どう組み合わせれば、籾の殻だけを外せるだろう。


そんなことを考えていると、門の方角から騒ぎ声が聞こえた。


人々が道を開け、湿地から戻ってきたらしい荷車を通している。


荷台には、壊れた籠や泥まみれの道具が積まれていた。


その側面には、深い傷が何本も走っている。


まるで巨大な刃物で挟み込まれたような跡だ。


御者の腕には包帯が巻かれていた。


「泥蟹か?」


ガルドが尋ねる。


荷車を引いていた男が、険しい顔で頷いた。


「旧農場の手前だ。泥の中から突然出てきやがった」


男は荷台から、折れた罠を投げ下ろした。


太い木枠が、中央から完全に切断されている。


その隣に、赤黒い甲殻の欠片が付着していた。


私の手のひらほどもある。


だが、それは爪の先端の、ごく一部にすぎないらしい。


「成体の鋏は、人の胴ほどある」


男が言った。


「しかも、今年は数が増えてる。旧農場へ行くなら、命を捨てるつもりで行け」


私は甲殻の欠片を見つめた。


硬そうだ。


普通に正面から戦えば、私など一撃で真っ二つにされるだろう。


だが、その巨大な鋏の向こうには、野生化した稲がある。


私は胸元へしまった籾の包みへ触れた。


「白米一杯までの道のり、遠すぎない?」


ガルドが笑う。


「今さら諦めるのか?」


「まさか」


私は頭の枝豆を一房もぎ取った。


泥蟹の硬い殻。


泥へ沈む足場。


壊される水路。


使えるものは、植物と大豆加工。


まだ戦い方は見えていない。


それでも、白米を諦める理由にはならなかった。


「まずは旧農場へ行く」


そして稲を確認する。


泥蟹が邪魔をするなら、排除する。


できれば、食べる。


「味噌汁に蟹を入れても、おいしそうだし」


ガルドとセインが同時にこちらを見た。


「結局、食うのか」


白米探索隊は翌朝、東方都市を出発することになった。


目指すのは、放棄された水田。


待ち受けるのは、巨大な泥蟹。


そしてその奥には、私が探し続けた稲が群生している。


たぶん。


まだ白米ではない。


籾ですら、まともに食べられない。


それでも私は、この世界で初めて、炊きたてのご飯へ続く地図を手に入れた。


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