第3話 「文化祭、二人だけの準備」
「文化祭の出し物、決めるぞー」
担任の声が教室に響く。
「お、きたなイベント」
桐谷がニヤッとする。
「お前、どうせサボるんだろ?」
「まあな」
「最低だな」
「めんどいし」
机に突っ伏す。
その瞬間――
「はい!カフェやりたいです!」
元気すぎる声。
「……あいつだな」
振り返ると、案の定。
陽菜が勢いよく手を挙げていた。
「カフェいいねー!」
「映えそうじゃん!」
クラスが一気に盛り上がる。
「よし、じゃあカフェにするか」
あっさり決定。
「やったー!」
満面の笑み。
そして――
「で、悠斗も手伝うよね?」
こっちを見る。
「は?」
「は?じゃないよね?」
「いや、なんで俺が」
「放課後係でしょ?」
「それ関係ある?」
「ある!」
断言。
「文化祭準備も放課後でしょ?」
「……」
言い返せない。
「ほら決定ー!」
「勝手に決めんな!」
「じゃあみんなー!」
嫌な予感。
「悠斗くん、めちゃくちゃ働きます!」
「やめろおおお!!」
教室爆笑。
「お前なあ!!」
「えへへ」
楽しそうに笑う。
くそ。
断れねえじゃん。
放課後。
教室には数人だけ残っている。
「よし、まずは飾り付け!」
「なんで俺がこんな……」
「文句言わない!」
ハサミと色紙を渡される。
「これ切って」
「雑な指示だな」
「大丈夫大丈夫、悠斗器用そうだし」
「そうでもない」
「できるできる!」
ぐいぐい来る。
「……はあ」
仕方なく座る。
チョキチョキと紙を切る。
「ねえ悠斗」
「ん?」
「こういうの嫌い?」
「まあ好きではない」
「でもやってるじゃん」
「お前がやらせてるんだろ」
「えへへ、ありがとう」
「礼言うな」
「なんで!」
しばらく作業。
ふと顔を上げると――
陽菜がこっちを見てた。
「……何」
「いや、なんか」
「なんだよ」
「ちゃんとやってるなーって」
「やるって言ったからな」
「偉い!」
「子ども扱いすんな」
笑われる。
「ねえ、これどう?」
陽菜が近づいてくる。
距離、近い。
「近いって」
「見て見て!」
紙を見せてくる。
顔、めちゃくちゃ近い。
「……普通じゃね」
「えー!かわいいでしょ!」
「まあ……悪くはない」
「でしょ!」
嬉しそうに笑う。
ほんと、わかりやすい。
その時。
「あ、インクついた」
「は?」
陽菜の頬に、黒いインク。
「お前……」
「え、どこ?」
「ここ」
指で示す。
「取れない?」
「ちょっとじっとしてろ」
ティッシュを取る。
「……動くなよ」
「う、うん」
顔を近づける。
近い。
さっきより近い。
「……」
「……」
静かになる。
心臓の音がうるさい。
「取れた」
「あ、ありがと」
でも――
まだ近いまま。
目が合う。
「……なあ」
「……なに」
声が少しだけ小さい。
その瞬間。
「おーい!まだやってんのかー?」
他のクラスメイトの声。
「……っ」
一気に距離が離れる。
「もう帰るぞー!」
「はーい!」
陽菜が返事する。
帰り道。
なんかさっきから変な空気。
「ねえ悠斗」
「……なんだよ」
「さっきのさ」
「どれだよ」
「……その」
少し迷う。
「近かったね」
「……そうだな」
「ドキドキした?」
「してない」
「嘘だ」
「してない」
「絶対した」
「……したかもな」
「え?」
言ったあとで気づく。
「いや今のなし!」
「えー!認めたじゃん!」
「うるせえ!」
笑われる。
くそ。
少し沈黙。
夕焼けが広がる。
「ねえ悠斗」
「ん?」
「文化祭、楽しみ?」
「まあ……ちょっとは」
「ほんと?」
「お前がうるさいからな」
「なにそれ!」
でも嬉しそうに笑う。
「絶対楽しくしようね」
「……ああ」
自然と答える。
その横顔を見て思う。
「……なんでそんな必死なんだよ」
「え?」
「文化祭とか、放課後とか」
「……」
一瞬だけ、言葉が止まる。
「だって」
少しだけ、声が弱くなる。
「今しかできないでしょ」
「……」
「こういうの」
また笑う。
でもその笑顔は――
どこか少しだけ、寂しそうで。
この時、確かに思った。
もっと一緒にいたいって。
もっとこの時間が続けばいいって。
でもまだ知らない。
この“楽しい時間”が、
どれだけ貴重で、どれだけ儚いのか。




