幽霊は気絶させられる
「テディベアて高いんや」
「今の話の感想それかよ!?」
テリーが声を上げて驚いていた。いや、おれだってそこは重要じゃないことぐらいわかるけど、言わずにはいられなかった。ぬいぐるみが高級品、まじか。
「しゃーないやん。ミニカー生まれ、電車のおもちゃ育ちのおれにふわふわもこもこ系は縁がなかってん」
「ばりばり男のやな」
「でも、ちょうどよかったな。おれのとこ来て」
「なにがや?」
「これまでの人と違って、おれはテリーを人としてみてる最初の家族ちゃうか?」
「家族?」
「そらそやろ、一緒に住んでんねんから。だから家族捨てるなんてありえへんで」
「でも、おれ模造品かもしれんで?」
「だからなんやねん。テリーはテリーやろ」
おれからすればそれ以上でもそれ以下でもなかった。模造品って言われても、だからなに? としか思わないし、気にすることでもない。
話せて人に変身できて車が運転できる、最高じゃないか。
「なにを気にしてんのか知らんけど、勝手に出て行くなよ? 許さんからな」
とりあえず釘を刺しておくことにした。どの程度効果があるかはわからないけどなにもしないよりいい気がした。
おれの反応が正解だったのかはわからないが、「お、おう……」と言うテリーの顔はちょっと嬉しそうに見えた。
テリーの昔話が終わり、なんだか宴もたけなわな感じが出た。そろそろ眠たいしどうしたものか。とりあえず酒でも少し飲もうかな。酎ハイがまだ冷蔵庫に……
電気が消えた。
二人同時に「うおっ!」みたいな声が出る。
突然真っ暗になり思考が停止する。
なにが起きた? ブレーカーがいきなり落ちるか? 停電? 急に立ち上がったら怪我をするかもしれない。とりあえず落ち着かなくちゃ。
体感時間で五、六秒だろうか。テリーに声をかける前に電気がついた。明かりを取り戻した部屋に異常は見られない。なんだったんだろう。テリーに「停電やろか?」と声をかけながら何気なく天井を見た。
目があった。
女の人だ。
おれのすぐ後ろに立って上から見下ろしていた。
女の人の長い髪はだらりと垂れ下がり、今にもおれの顔に触れそうになっていた。
青白い顔色。赤い唇。整った顔立ち。人形みたいな顔が笑いかけてくる。
動けなかった。
恐怖が全身の感覚を奪う。瞬きも呼吸もできない。
身動きできないでいると、冷たい指が首に絡みついてきた。そして鋭い爪を食い込ませながら女の顔がぐっと近づいてくる。
フローラル系の柔軟剤。ああ、そうだ。この匂いだ。テリーの言う通りだ。こないだかいだ甘い香りと同じだ。
女の顔が目の前にまで迫る。
息苦しくて涙目になる。それなのに手に力が入らず、顔に触れる女の髪さら払いのけることができない。
首に加わる力はどんどん強くなっていく。酸欠のせいか頭の中がちかちかし始める。遠ざかる意識の中、恐怖と同じくらい強く生じた気持ちが起因して口から言葉が溢れる。
「綺麗だ……」
馬鹿だと思う。
でも、顔がタイプだった。
透き通るような白い肌、切れ長な目、通った鼻筋。バランスが最高過ぎた。
怖い。でも、言わずにはいられなかった。言わずに死んだら後悔する。そう思ってしまった。
なんとか言えて少し安心していると、女の顔が急に離れた。そして同時に首を締める手の力が急に緩む。
「隼人! 大丈夫か!」
女の人を押しのけてテリー肩を抱かれた。咳き込みながらもどうにか呼吸を落ち着かせる。
「大丈夫。なんか助かったっぽい」
女の人を見ると両手で顔を隠している。でも、手で隠しきれていない部分が真っ赤になっているのがわかる。あ、照れてるなこの人。
「綺麗だ」
だめ押ししてみた。
女の人はさらに真っ赤になり、頭から湯気が出そうなぐらい照れた。
「綺麗だ」
怪訝そうにおれを見るテリーを無視しておれは続ける。こんな時、もっと慣れというか人生経験が豊富なら色んな言葉が出てくるんだろうけど、あいにくおれには経験が不足しまくっている。
おれには「綺麗だ」一本で攻めるしか手段がなかった。
おれが一度「綺麗だ」という度に女の人は体をくねらせて照れた。照れている間はこっちに危害を加えてこないし安全だ。ただ、この後どうしたらいいんだろう?
困っていると、照れる女の人の後ろにスッと戦闘民族が現れた。黒いレザースーツに身を包んだえっちゃんは、女の人の首に手刀を落とし、気絶させた。
おれはこの日初めて幽霊も気絶させることができることを知った。
「幽霊って気絶させれんねや」
どうやらテリーも知らなかったらしい。お高いなにも言えなかったけど、おれたちは顔を見合わせ神妙な顔になった。




