テリーの昔話
幽霊が出ることもなく、ポルターガイスト的な異常もないまま時間が過ぎ、日付が変わった。おれたちは相変わらずこたつにいて、襲われる気配がないので気が緩み始めていた。
眠たくなってきたが、幽霊を追い出せていないので寝るわけにはいかない。
「テリー、なんかおもろい話ない?」
無茶振りだ。
わかってる、こんな雑な振りしてもぴしゃりと言われるだけだって。でも、ネットサーフィンにも漫画にも飽きてちょっとウザ絡みしたくなった。だから返事も特に期待してなかったので、おれは寝転んだまま目を閉じた。
「おもろい話なあ……おもろくはないけど昔話ならできるで」
テリーがこともなげに言った。
「昔話?」
考えてもなかった返事におれは起き上がり姿勢を正す。
「大した話ちゃうで。よくある話や……
昔々あるところに……具体的には今から百年と少し前、上品で顔の整ったテディベアがいた。
そのテディベアは世界で最初にテディベアを作った会社のぬいぐるみだった。販売後すぐ売り手が決まり、ある裕福な家庭の女の子の誕生日プレゼントして迎えられた。
当時、テディベアといえば今よりも高級品だった。だからなのか、女の子はもちろん、女の子の両親含め、家族全員からすごく大切にされた。
今思えば、両親、特にお母さんからはおもちゃだけどそれなりに資産価値があるものとでも思われていたのかもしれない。お母さんがテディベアを見る目は濁っていて、値踏みするような品のないものだった。
テディベアは女の子の遊び相手としてそれなりの年月を過ごした。おままごとをしたり一緒に寝たり、それはなかなか楽しい日々だった。
楽しい時間はあっという間に駆け抜けていく。それは今も昔も変わらない。
月日が経つにつれて、子どもとおもちゃの関わり方は変わっていく。たとえば遊び方なんかはより高度に、大人っぽくなっていった。
また、新入りが来たと思えば、女の子のお気に入りだった同僚が気がつけば部屋の隅に追いやられ、忘れられ、埃をかぶっていた。
女の子の成長に伴う変化を見て、テディベアは自分も同じ道を辿るんだろうと思った。
でも、現実は思いもよらない方向へと進んだ。
「このぬいぐるみは本物?」
ある日、そんな話が家族の中で出た。
発言主はお母さんだった。
当時テディベアは本当に大人気のおもちゃで、なかなか手に入らないものだった。
女の子のお父さんは知り合いのツテを使ってテディベアを手に入れた。でも、そのテディベアが有名ブランドのテディベアだという確固たる証拠はなかった。
タイミングも良くなかった。女の子の元にテディベアが来たのは模造品が大量に出回っていた時期だった。
模造品のレベルはピンキリで、上は本物そっくり、下は見るからに紛い物。模造品があまりにもたくさん流通していたために、本家が耳にボタンをつけるようになったぐらいだ。
おれの耳にボタンはない。
ボタンをつけるようになる前だから当然だ。でも、そしたら尚更偽物に見えたんだろう。テディベアは捨てられた。
理由はすごく単純だった。本物かどうかわからないから。
テディベアを買ったお父さんは成金の一人息子で物知らぬ馬鹿息子だった。人はいいが世間知らず、お金にも無頓着だった。
お母さんもちょっと難ありだった。お母さんは浪費家だった。欲しいと思ったらブレーキが効かないタイプの駄目なやつ。二人の間に生まれた女の子は大人しくて真面目で優しい子だった。でも、残念な二人の大人のせいで家は一気に傾いた。
お父さんとお母さんはたった一代で財産を食い潰し、住んでいた家まで手放すことになった。そして、引越しのタイミングでおれは古い家に置き去りにされた。
女の子はおれが本物か偽物かなんて興味がなかったし、お母さんが偽物と疑っていてもすごく大切にしてくれた。でも、偽物なら価値がないと考えたお母さんは、引越しの時におれをこっそり荷物から引き抜き、家に取り残した。
今思えばお母さんはやけになっていたのかもしれない。家計の切迫、夜逃げ同然の引越し。思うように金が使えなくなり、ストレスが溜まっていたのだろう。
何度か物に八つ当たりしていることがあったから、そんな行動の一つだったようにも思う。まあ今となっては確かめることなんてできないのだけれど。
女の子と別れた後、おれは色んな人の家に行った。どこでも大切にしてもらえたけど、長く同じ所に留まることはなかった。理由は簡単だ。捨てられるのが怖かったからだ。
「これ本物?」
何回言われただろう。
言ってきたのは持ち主だけじゃない。その家族や友人といった周りの人にも言われた。最初は無視していたが、何度も何度も言われ続けた結果おれの心は徐々にすり減っていった。
おれが「本物です!」って言えば信じるのか? そんな話じゃないだろう。それにおれは気がついた時には売られていたんだ。おれを作った工房がどこかなんて知りようがない。
おれはおれだ。クマのぬいぐるみだ。テディベアだ。それ以上もそれ以下もない。なのに、模造品じゃないかと疑いの目を向けられる。
おれを迎え入れた人がみんなが真贋を気にしていたわけじゃない。でも、今は気にならなくてもいつか気になる日が来るかもしれない。そして、また捨てられるかもしれない。そんな考えがふとした時に頭を過って不安になった。
一度、真贋の鑑定を受けたことがある。もちろんおれが受けたくて受けたんじゃない。何番目か忘れたけどその時の持ち主が知り合いに鑑定ができる人がいるってので見られることになった。
鑑定結果は『わからない』だった。
長生きしていると当然ながらどんどん体が傷んでいく。腕なんか何度も縫い直しているし、目のボタンも交換してる。年代が古いと今よりも品質基準が荒いこともあって、オリジナルでも判断が難しいらしい。そこに修繕痕があるもんだから鑑定ができないと言われた。
持ち主は残念そうだったけど、おれはほっとした。だって鑑定士でわからないんだ、もうどうしたって知りようがない。そして、『偽物だ』って言われなかったことがおれを安心させた。
偽物かどうかを気にする人は時が流れるにつれて減っていた。そしてそれに反比例するかのように、ぬいぐるみとしておれを愛でてくれる人が増えていった。
時代の変化はありがたいことだ。でも、だからといっていつか捨てられるかもしれないという不安から解放されることはなかった。結局今の今まで同じ所にはあまりら長居しないようにしている。
おれが動けるようになったのは、最初の持ち主の女の子の家に置き去りにされた時だ。なんとか女の子にもう一度会いたくて試行錯誤した結果だ。
置き去りにされて数時間後には走れるようになっていたけど、残念ながら女の子には会えなかった。おれの手足じゃ車で移動する彼女に追いつけなかった。
おれは無免許だ。でも車が運転できるのはそれが理由だ。あの時、悔しくて仕方がなくて、必死に練習したんだ。まさかその経験が活かされる日が来るとは思わなかった。
日本に来てもうかなりの年月が経つ。生まれた国を離れたら、最初の持ち主の影を追わなくて済む気がして海を渡った。久しく英語を話してないからもう英語は話せそうにない。
人間に変身できるようになったのはここ数年だ。変身できたら便利だなあと思って試しにやってみたら人間に変身できていた。案外なんでもやってみるもんらしい。
もう彼女の顔も名前もなにも覚えてない。でも、今でも考えてしまうことがある。おれが本物だって証明できたら彼女と別れなくて済んだのかなと。




