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テディベアは夜笑う  作者: 鞠目
第四章
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嫌な再会

「よお……遅かったやんか。ちょっと……待ちくたびれたで」

 家に着いてすぐ詩織を問い詰めようとした。でも、リビングに入りまず目に入ったのは、テーブルの上に転がされたぼろぼろのテディベアだった。

「テリー? どうしてあなたがここに?! それより一体なにがあったの?」

 息も絶え絶えなテリー。テリーが家にいることもだけど、明らかに悪意を持って汚され、暴行を受けたような風貌に私は衝撃を受けた。

 テリーは力無く私に笑いかけなにかを言おうとした。でも、それよりも先に暴行犯が口を開く。

「おかえりなさい。紗織が言ってたテリーってこいつでしょ?」

 聞き馴染みのある声。でも、その声の主の姿に私は戸惑いを隠せなかった。

 右腕のない着せ替え人形が、テリーのそばにスッと現れ私に向かって声をかけてきた。

「なにを驚いているの? 実家に行って気づいたと思ってたんだけど」

 あまりの衝撃に私は一瞬でもフリーズしていた。

「あなたは……」

「詩織よ。あなたの双子の妹の」

 そんなはずはない。

 なのに、実家で母と話すまでそのことを疑いもしなかった自分がいる。私が反応できないでいると、着せ替え人形は小馬鹿にするように鼻で笑い話し始めた。

「紗織がお店に来た時、一目で遊びがいのありそうな女の子だと思った。だからね、都合よく操らせてもらって、双子のふりをしてたの」

「あの時の人形が詩織?」

「そう、私は人形。人間のことが大嫌いな着せ替え人形なの」

「人間が……嫌い?」

「そう、大嫌い。あなたたち人間はこっちの気持ちなんておかまいなし。飽きたら捨てるのは当たり前。自分が買ったくせに一度も遊ばないことだって……本当に理不尽。だから私はあなたたちが許せない」

「私はそんなことしない!」

「関係ないよ。人間はみんな一緒。だからね、みんな私のおもちゃになればいいの。私がいっぱい遊んであげる。もちろん飽きたら捨てるけどね」

「遊ぶ? どういうこと?」

「紗織は私の着せ替え人形なの。私が着せたい服をどんどん着てもらってずーっと遊んでたってわけ」

「……意味がわからない」

「わからなくていいよ。おもちゃなんだから。考える必要もないの」

「そんな……」

「わからない? 着せ替え人形ってことはおもちゃなの。だから私の思うように遊ばれていればいいの」

「でも、私にだって意思がある。私は詩織のおもちゃじゃないわ」

「失敗したの」

「失敗? どういうこと?」

「いつもは精神を壊して完全な人形にして遊んでたの。でも、それだとすぐに使い物にならなくなっちゃうんだよね。だから、今回は実験的に人格を潰さずに遊んでみたの」

「人格を潰さずに……それは私が私のまま人形になったってこと?」

「そういうこと」

 わかるようなわからないような話だ。実際、私は詩織に言われるがまま服を着ていたし、今思えば記憶が断片的になっている時もちらほらある。実家のぬいぐるみを売った記憶がないのもそういうことなのかもしれない。

「でも、ダメね。余計なことを考えるし、変なテディベアとか他のぬいぐるみの存在がちらつくし……最悪」

「だからぬいぐるみを捨てさせたってこと?」

「正解! 私以外の人形やぬいぐるみとの関係なんて反吐が出る。私は自分のおもちゃを独占したいの。だから、邪魔者には退場してもらうことにしたの」

 詩織はテリーの方を向くと「あなた、運が悪かったね。でも大丈夫、寂しくはないから」と言った。

「寂しくはない? それどういう意味や?」

 テディベアが首をもたげる。

「あなたが今一緒に住んでる人間がいるでしょ?」

「……まさか」

「今、私の右腕パーツを送り込んでるの。人間一人の息の根を止めるのなんて造作もないわ」

 詩織の笑い声が響く。人形だからなのか、それとも楽しくてしょうがないのか、肩の部分が声に合わせて震えている。

 私は無力だ。着せ替え人形に遊び道具にされ、大切な家族を奪われた。しかも、理不尽な理由で人が殺されそうになっているのに、怖くてなにもできない。自分の非力さに胸が痛む。


「腕一本で隼人を仕留められるわけないやろ」


 冷たい声。

 詩織の笑い声をテリーの一言が斬りふせる。

 見るとテリーは笑いを噛み殺しているように見えた。

「なに言ってんの?」

「お前の耳は飾りか? 隼人がお前に、しかも片腕で仕留められるわけがないって言ってんねん」

「それ本気で言ってる? 私にぼろぼろにされておきながらよくそんなことが言えるね。早く死にたいの?」

 詩織が拳を握りしめる。詩織の威圧的な態度に空気がピリピリとする。

「やめき、若造になにができんねん」

「は? 私は数十年生きてきて力をつけたの。ぬいぐるみなんかに負けるはずがないでしょ」

「かわいそうに、耳だけじゃなくて目も飾りやってんな」

 そう言うと、テリーはすっと立ち上がり、体をぱんぱんと払った。すると、付着していた薄汚れが取れて綺麗な毛並みが現れる。古い印象は変わらないが、さっきまであったボロの雰囲気は見る影もなかった。

「なっ……!?」

「暇つぶしや。付き合ってみたらどんな展開になるかな思ってやられたふりしてみてん」

「そんな……」

「お前に興味ないねんけど、おれの遊びの邪魔するなら消えてもらおか」

「そんなふわふわな体で私に勝つ気?」

「お前の目の前にいるのは百年以上生きたテディベアやぞ。あとな、おれが手を下すまでもないわ」

「なに言って……」

 テリーに突っかかる詩織。でも、言い切る前に人形の詩織の体は壁に投げつけられていた。

 轟音と共に頭から壁に突き刺さった詩織。私は目の前の光景に目を疑った。

「おっす、えっちゃん。ごめんな手を煩わせて」

 テリーが詩織をぶっ飛ばした女に声をかける。

 女だ。

 いつの間にか女がいた。

 テーブルの向こう側。タイトなシルエットの黒いコートを羽織る、黒髪ロングの女。髪に隠れて顔は見えない。

「おーい、聞こえるか? あんた過信しすぎやで。その程度の力ならちょっと筋トレすりゃ誰でも手にできるわ」

 壁に刺さった詩織に反応はない。

「あんたの気持ちはわからんでもないし、同族嫌悪しながらもぬいぐるみを捨てずに売ったことに免じて命までは取らん」

 えっちゃんと呼ばれた女に向かってテリーがなにか伝える。すると、女は徐に詩織を壁から引き抜く。引き抜かれた時に目覚めたのか詩織が女の手の中でもがき出す。

「どうして!? あなたもぬいぐるみなら私の気持ちがわかるでしょう? 自分だって人間で遊んでるくせに。どうして人間の肩を持つようなことをするの?」

「せやな、気持ちはわかるわ」

「じゃあ!!」

「でもな、隼人に手を出そうとしたやろ? それはアウトやわ」

 テリーが女の方に向かって目配せをする。それを受け、女は素早くベランダにつながる窓を開けた。そして、見惚れるほど美しいフォームで詩織を外に投げ捨てた。

 風を切り裂くような音ともに詩織が空の彼方に消える。

「さよならや」

 氷のような声だった。顔は見えないけど、今のテリーの顔は見たくないと思った。


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葬送のテリーレン( ˘ω˘ )
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