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テディベアは夜笑う  作者: 鞠目
第四章

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妹からの指摘

「元カレにでも会った?」

 思いがけない一言に私は胸がドキッとした。


 仕事を終えて家に帰る。

 肌寒い。十一月になり、まだ真冬ではないけど、日が暮れると冷える日が出てきた。駅からの道をコートのポケットに手を突っ込みながら早歩きで帰る。

 ここ半月ほどまとまった雨が降ってない。

 例年がどうかは覚えてない。でも、雨が少ないとは思う。空気は乾き切っていて、十分も歩いていると乾燥のせいか喉が乾いていた。

 自動販売機の前を通る時、コーヒーの誘惑に駆られる。逡巡しているうちに前方の信号が青になるのが見えたので、諦めて歩く速度を上げた。

 自動販売機の横の赤いゴミ箱。ゴミ箱の上には入りきらなかったであろう缶やペットボトルがあった。

 前を通る時にバッグがぶつかり音を立てて落ちる。転がっていく缶が見えたけど、信号待ちをしたくなかった私は素知らぬ顔で歩き続けた。

 家に着く。

 なんの変哲もないワンルームマンション。新しくはないけど、古びた感じもない。無個性な外観は自分を見ているようだ。

 家に入り、手早く手洗いとうがいを済ます。そして廊下にある冷蔵庫に直行。寒いけど早く喉を潤したくて冷蔵庫から紙パックのソイラテを取り出す。

 勢いよく飲みながらリビングの電気をつける。すると、それと同時に「おかえりなさい」と言われて思わず体がびくんと震える。

 変な声が出そうになった。でも、部屋の中にいた人を見てすぐに胸を撫で下ろす。

「ちょっと、いるなら電気ぐらいつけなさいよ」

「ごめんごめん、びっくりした? ついさっきまで寝ちゃってたからさ」

 こたつから顔を出す詩織に悪びれた様子はない。そんな双子の妹に対して私は小さなため息をついた。

 バッグを部屋の端に置き、使い古したスウェットに着替える。「そろそろそれも買い換えない?」という詩織の言葉を無視して、飲みかけのソイラテを片手にこたつに入る。

 普段からあれを着ろこれを着ろとうるさい詩織。部屋着ぐらい私の好きにさせて欲しい。

「紗織、なにかあった?」

「なにかって?」

「元カレにでも会った?」

 思いがけない言葉に、私はまたドキッとした。

「……どうしてそう思うの?」

「へー、否定はしないんだ」

「………………」

 こたつの向こう。こたつの天板と同じブラウン系の座椅子に座った詩織が鼻で笑う。ちょっと感じが悪い。

「ストローを噛み締めてるから」

「え?」

「気持ちっていうのかな? 頭の中? 整理がついてない時の変な癖が出てるよ」

「え、嘘」

 すぐに口からストローを離して確認する。本当だった。ストローの端に歯形がついている。

「唇をね、少し尖らせながらストローを噛んでる時はなにかがあった時。もしかして気づいてなかった?」

「……うん」

「まあ、私もついやっちゃうんだけどね」

 この年になって自分の恥ずかしい癖を知ることになるなんて。顔には出さなかったけどダメージはゼロじゃなかった。

 一方、私に傷を負わせた詩織はというと、「同じ癖があるのはやっぱり双子だからなのかなあ」なんて言いながらテーブルの上にあったマグを手に取り口をつけた。

 どうやらコーヒーを飲んでいるらしい。部屋の中にほんのりほろ苦い香りが漂っている。


「ねえ、なんで元カレだと思ったの?」

 こたつで暖をとってから、私はもう一度聞いた。

 たまたまかもしれない。でも、詩織の質問があまりにもピンポイントだったのが気になっていた。

「なんでって言われても困るんだけど、そうだなあ……未練がましい女の顔をしてたから?」

「……そっか」

 また否定できなかった。

 会ったのは元カレじゃない。けど、似たようなものかも。詩織の指摘はあながち間違っていない気がする。

「やっぱり詩織に隠し事は無理だな」

 ソイラテを一口飲み、それからため息を一つ。ため息をついたら心の声も勝手に漏れ出てしまった。そんな私を見て、ふふっと笑う詩織。

「当たり前でしょ。だって私たち双子なんだから」

 得意げな詩織。

 双子。私と詩織の見た目は自分で言うのなんだけど私と瓜二つ。近所の人にもよく間違えられる。

 見た目はそっくり。だけど中身はびっくりするぐらい違った。

「それで、元カレってどんな性格の人?」

 目をキラキラさせて聞いてくる詩織。いかにも恋愛話が大好きな女子って感じ。私にはないなこの要素は。

「元カレじゃないよ。完全に私の片思いだし」

「あ、そうなの?」

「久しぶりにね、好きだったテディベアに会ったの」

「テディベア?」

「そう、テディベア」

「あれ? 紗織、ぬいぐるみ好きだったっけ?」

「うん、ずっと」

「そうなの? 今、この家には一つもないのに?」

「この家にはね。でも実家にはたくさんあるし」

「嘘、そうだっけ? まあいいや、好きだったテディベアってなに?」

「詩織が来る前、この家に喋るテディベアがいたんだよね。その彼に久しぶりに会ったの」

 詩織が眉をひそめる。それもそうか、普通ありえないもの。でも、これは冗談じゃなく、本当の話。


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