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テディベアは夜笑う  作者: 鞠目
第三章

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20/23

ホテルを出た後で

「……おい、隼人! もうやめや、消えとる。隼人!」

 テリーの声でハッとした。気がつくとおれは床に伸びたワンピースの上に跨っていて、そんなおれの両腕をテリーが押さえ込んでいる。

「これ以上殴ったかてお前の拳がいかれるだけや」

「……え?」

 テリーから解放された両手を見ると赤く血が滲んでいた。状況が読めない。ここ数分、もしくは数秒の記憶がない。

「お前、ブチギレすぎて我忘れとったやろ?」

「ごめん……」

「いや、結果的に助かったからええねんけど、怖すぎるは自分」

「そんなに?」

「そんなに。隼人、マネキン殴り倒したと思ったら、そのまま馬乗りなって殴り続けとったからな」

 そんなアホな、と思ったけれど自分の下に落ちた皺だらけのワンピースを見ると信じるしかなかった。

「殴るたびに『詫びろ、詫びろ、詫びろ』って壊れた機械みたいに繰り返してさ。マネキンより怖かったわ」

「まじか……そや、マネキンは?」

「だから消えたて。隼人に殴られてる間になんか薄くなっていって震えながら消えてもた。残ってんのはそのワンピースだけや」

「そっか……」

 鏡を見るとお札が全て剥がれていた。鏡はすごく綺麗で、疲れ切った表情の自分と目が合った。

 おれたちはどうやら助かったみたいだ。心なしか部屋の中が明るくなった気もする。でも、おれの心はかなり沈んでいた。

「大事な……大事なやつやってん……」

 おばあちゃんにもらった大切な形見がバラバラになってしまった。そのことがショックすぎておれは立ち上がれなかった。

「あほか、なにしょげとんねん。拾うで」

「拾う?」

「当たり前やろ、念珠なんて切れても中の紐交換すりゃ直せるねんから」

「でも、珠が何個あるかなんて……」

 おれは床に散らばった珠を見て諦めそうになった。

「百八や」

「なんでわかるん?」

「人間の煩悩の数に合わせてるって言われとるからな」

「詳しいな。でも紐はもうないし……」

「なにしょうもないこと言ってんねん。いくら不器用でも紐ぐらい通せるやろ。なんならおれが通したるやん」

「めっちゃ優しいやん」

「そんなことはええから、ほらさっさと探すぞ」

「お、おう……」

 テリーに言われ、おれたちは珠を探し始めた。幸いマネキンに踏まれた珠も割れることなく無事だった。そして百八個全て見つかった頃には日が登り始めていた。


「坂口様、よくご無事で……」

 チェックアウトのために受付に行くと、受付のお姉さんが安堵の表情を浮かべながら迎えてくれた。

「なんとかなりました。あのお代は……」

「昨日申し上げた通りお代は結構です。なにも起こりませんでしたか?」

 おれとテリーは顔を見合わせると苦笑いすることしかできなかった。それを見たお姉さんがすぐに察してくれた。

「よかったらまたいらしてください。今回お泊りいただいたお部屋以外はいわくはございません。旬の食材をつかったお食事も好評をいただいておりますので、またこのあたりに来られることがございましたらご検討いただけますと幸いです」

「ありがとうございます。また来させてもらいます」

 これは社交辞令でなく本気で思っている。危なすぎる部屋だったけどタダで泊めてもらったし、いつかこのホテルでゆったりと過ごしてみたいと思う。

「そうだ、たぶんあの部屋、もう大丈夫ですよ」

 テリーがお姉さんに話しかける。

「大丈夫と言いますと?」

「もうなにも出ないし、変なことは起きないはずです」

「え、本当ですか」

「テリーそれまじで大丈夫なん?」

「大丈夫。だって怪異の原因隼人が殴り倒したし、鏡のお札全部剥がれたやろ? あれ、役目終えたから剥がれたはずやで」

「そういや洗面所のも勝手に剥がれてたな」

「殴り倒した? お札が剥がれた? 坂口様、それ本当に大丈夫なんですかそれ?」

 心配そうにおれをみるお姉さん。そりゃ不安になるだろう。でも、上手く説明する自信がないおれはテリーに助けを求めた。

「心配なら力のある人に見てもらったらいいと思いますよ。でも、本当に大丈夫です」

「……そうですか。それはありがとうございます。支配人にも伝えます」

「いえいえ、殴り倒したのはこいつなんで」

「ありがとうございます、坂口様。またのお越しをお待ちしております」

「いえいえ、そんな。こちらこそ泊めていただきありがとうございました」

 まさか受付でお礼を言われるなんて思っていなかったので、おれは普通に照れてしまった。


「そういや隼人、あの赤いワンピースどうしたん?」

 素泊まりだったのでホテルを出てから朝食が食べられそうな店を探していると、テリーが思い出したかのように言った。

「洗面所のゴミ箱に突っ込んできたで」

 最初は腹が立って破ってやろうかと思ったけど、服を破るのはなんだか心が痛んだ。マネキンには腹が立つけど、ワンピースには罪はない。悩んだ結果、畳んでから持っていた透明のビニール袋に入れてゴミ箱に入れた。

「まじ? 洗面所のゴミ箱、空やったような気がすんなんけどな」

「いやいや、ちゃんと捨てたで」

「そっか、じゃあ見間違えただけか」

「そうやと思うで」

 ゴミ箱に突っ込んだから忘れものとは思われないだろう。でも、一言メモにでも『捨ててください』と書いたほうが良かっただろうか。まあ、なるようになるだろう。おれは頭からワンピースの記憶を消去することにした。

 駅前の牛丼チェーンで簡単に朝食を済ませたおれたちは、帰る前にホテルの近くの神社に行くことにした。受付のお姉さんがくれたお守り、あのお守りを売っている神社だ。

 おれたちはお守りを一つずつもらい、そしてそれを両方とも炭くずにしてしまった。厄除けと開運。元々はお姉さんの持ち物だし、ちゃんと返してあげた方がいい気がした。

 駅前にあった周辺マップによると、おれたちが泊まったホテルの後ろにある坂道を登ったところの高台に神社があることがわかった。

 神社までの道をおれたちはだらだらと歩く。

「お姉さん、厄除けってなにかに悩んでるんかな?」

 自分で厄除けのお守りを買ったことがないからわからないけど、お守りを買いたくなるってことは気にあることがあるんじゃないかと思ってしまう。

「どやろな。悩んでなくても変なのがよって来んようにってことで買った可能性もあるで」

「なるほど。そや、神社で念珠の紐も売ってへんかな」

「神社にあるかい。それはスーパーの手芸コーナーか百均にでも行けよ」

「それはそうなんやけどさ、なんかこう霊験あらたかな紐とか売ってないかなーって」

「使用用途が限定的すぎるわ」

「まじかー。でも、よく考えたらあのお守り効果弱かったよな。守られた感ゼロやったで」

「いやいや、あれは相手が悪すぎるで。お守りでどうのこうのできるやつちゃうねん」

 テリーがちょっと大きな声で否定した。

「そうなん?」

「自分、あれ殴り倒してたけど、普通無理やで。なんで殴れてんの?」

「そら気合いやろ」

「根性論すぎん? でも、気合いでどうのこうのなる相手ちゃうはずなんやけどな」

「じゃああれか、高校の時に練習したからかな」

「なんの?」

「効果的なパンチの打ち方」

「なんやねんその絶妙にダサい言い方。練習て誰が教えんねんそれ」

「動画サイト」

「胡散臭さこの上ないな!」

「たしか視聴回数七回とかやった」

「よくそんな動画見つけたな!」

 おれもテリーも疲れ切っていたけど、寝不足による謎のハイテンションでくだらない会話がぽんぽんと弾んだ。

「なあテリー、おれ最高に不器用やねんけど」

「不器用に最高とかないやろ。あるならどちらかというと最悪か最低ちゃうか」

「じゃあ、最低に不器用やから珠に紐通すとか無理やねんけど」

 期待を込めてテリーをチラ見する。すると独り言だろうか、「大切にされててええなあ」みたいな言葉が聞こえた。はっきり聞き取れなかったから、自信はない。

「しょうがないな……おれがやったるやん」

「まじで!? よっしゃ! ん? そういやテリーて器用なん?」

「おれか? 手芸レベルで言うとアマチュア以上プロ未満ってとこやな」

「すげーな」

「そらテディベアやからな」

「テディベアなんでもできすぎやろ」

 そんなやり取りをしていると、後ろから「落としましたよ」と声をかけられた。振り返ると眼鏡をかけた女性がボタンを拾ってこちらを見ている。

 どこかで見たことがあるような顔だった。でも、どこでかはわからないし気のせいかもしれない。そんなことよりボタン。おれのじゃないけど、これは……

「ああ、すみません。ありがとうございます」

 テリーがお礼を言いながら女性からボタンを受け取る。

「いえいえ」

 女性の声がするのを耳にしながら、おれは先に前を向いて歩き出そうとした。しかし、

「あれ、もしかして……テリー?」

「え? ……いや、人違いやと思いますよ」

 二人のやりとりが気になり足が止まる。でも、振り返る前にテリーがおれの肩を叩いて「ほら、さっさ行くで」と先を促した。

 後ろを確認したかったけれど、テリーからはそれをさせまいとする空気が出ていた。

「もしかして……さっきの元カノ?」

 坂を登り切ったタイミングで聞いてみた。女の人に声をかけられたところからは離れ、もちろん後ろを見てもこちらを見ている人は誰もいないことを確認してから。テリーはというと、一瞬きょとんとした顔をしてからスパンとおれの頭を叩いた。

「アホ言うな、元カノなわけあるかいや。人違いや」

 いつも通りのツッコミ。でも、心なしか声に焦りを感じる。

「でも、日本人のあだ名でテリーはレアやぞ。それを的確に当ててくるとかすごいで」

「そんなことあるかい、日本人の百人に一人はあだ名がテリーや」

「そんな訳あるか」

「メガネかけてる芸能人の伊達メガネ率と同じくらいや」

「それは……どうなんや?」

 やっぱり切れ味が悪い。本人はいたって普通ですみたいな顔をしているけど、なんか変だ。

「まあ、ええや。テリーとりあえずはよ神社に紐買いに行こ」

「だから神社に紐はないって言ったやろ」

 正直気になる。でも、触れられたくないんだろう。人にはそんな過去の一つや二つあるもんだ。まあ、テリーは人じゃないけど。

 早く念珠が直ればいいな。もともとの紐に似た黒くてちょうどいいのが見つかったらいいんだけど。そんなことを考えながらおれはテリーと大きな鳥居が見える神社へと向かった。


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― 新着の感想 ―
やはり鞠目さんの作品は主人公が一番怖い( ˘ω˘ )
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