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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
1 新たな魔術師
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-12

 しばらく礼御が黙っていると、空子が淡々とした口調で言ったのだ。


「考え込むなら家でやれよ。ここでする必要もない。すぐに答えを出せるようには見えないしな。葵は疲れているんだ。帰ってくれ」


 空子と葵の関係は本当に師と弟子の関係だけなのだろうか。礼御はふとそう思った。血が繋がっているわけではないらしい。もしもその繋がりがあるとすれば、それは親子だ。魔術は親から子へ受け継がれるモノだという。実際に礼御も先代が築き上げた魔術を引き継いでいるのだ。


「あの、葵さん。空子ちゃんとはどこで、どのように知り合ったんです?」


 ふと気になった礼御が尋ねると、葵は肩をすくめて返答を断った。特に追及することでもないけど、と礼御が頭を掻きながら思っていると、葵が不意に立ち上がった。


「今日はこんなところかな?」


 弟子からではなく、この場を仕切るモノからのお開き宣言であった。礼御はそこで現在の時刻を確認する。まだバイトに遅れるような時間ではない。そのためもう少しだけでも彼女と話したいとは思いながらも、これ以上はダメだと理解し、彼も立ち上がる。空子もまた、満足げな表情を礼御に見せつけ立ち上がった。


 その後、礼御は二人の風使いに追いやられるように店の入り口に向かい外に出た。慌てさせられたので、『布』は手に持っている。


「遅くにありがとうございました」

「いいさ、いつものことだ」


 微笑で答える葵には、それでもやはり疲労の色が出ていた。これも少なからず自分のための疲労だと感じてしまうと、礼御は改めて『とある一件』の礼を述べてしまう。


「あの、葵さん。……ありがとうございました」


 一瞬、葵はその礼の言葉が何に対してなのか、と疑問に思ったらしい表情を見せた。が、すぐに「あぁ」と呟き続ける。


「私が勝手にやったことだ。君が私に礼を述べる必要はないさ。気負うことも当然ない」


 ひらひらと手を振りながらの否定だった。それでも、と礼御は思ったが、そう思うなら今日は早くに別れるべきだと判断し、お辞儀をして店を後にした。


 背後から「それじゃあ、おやすみ」と店の扉を閉める音が聞こえ、礼御は夜の森に一人となる。


「少し早いけど、バイトに行くかな」


 礼御はそう呟きながら、手に持った金色の『布』を改めて見た。まだ十分に明るい月光が『布』に降り注いでいる。


 それを眺める礼御はどうして月明りというのはこんなにも魔的なのだろう、と思った。


 理系的に見れば、月は単に太陽の光を反射しているだけ。つまりは太陽の眷属とも言える月が、それでも太陽と対極に描かれるのはどうしてだろう。


 生物は太陽の光とともに活動するものだ。生き物にとって生を全うする昼の時間。それを支える輝かしい光。


 一方、ほとんどの生物にとって休息である夜の時間。ここに果たして光が必要だろうか。いや、おそらく不必要だ。少なからずそれを否定したくなるのは、きっと現在夜の光源が太陽と同様に変わらず現れるからだ。もしも月がなければ、ほとんどの生物が夜の活動をやめるだろう。真の暗闇が訪れ、それは完全な休息を生き物にもたらすはずだ。そしてそれがこの世界で生きるものとって幸せなことに違いない。


 しかしだとしたら、あの月は一体なんのために登ってくるのだろうか。生き物の生活を狂わせ、休むはずの時間に野外へとおびき出す光。本来恐れるべき夜の闇を、それによって愛でてしまいたくなるような、そんな蠱惑的な光。


 礼御はそこで、ふと思い至った。


 月は俺達の世界を照らしているんじゃないだろうか。


 妖怪。鬼。精霊。悪魔に天使。神と龍。そして魔術師――人とはもう異なると言っても過言ではない存在。


 彼らだって日中に行動する。礼御だってそうだ。しかし彼らを目にできないものが過ごす世界では、やはり礼御達は生き辛いのである。


 決して混同することはできない、いわゆる日常と非日常の世界。


 だから異形のモノ達は夜へ隠れたのだろう。日常が侵されぬよう、日常を見ることのできる非日常が昼の時間を開け渡したのである。


 それでも生きモノにとって光は重要な標だ。だからこそ生の象徴である太陽の光を浴びられないモノへ、月がその橋渡しとなって彼らに注いでいるのではないだろうか。生きものは太陽の元で行動し、生きモノは月の元で行動する。この世の全ての生物がそんな世界の分割を無意識に理解しているのかもしれない。


 礼御は手に持っていた『布』を優しく握り、その感触を再度確かめる。柔らかく、仄かなぬくもりを宿した魔術具の卵。持ち主の意向でその本質が変わると言う。


 ならば、と礼御は思った。自分がどんな魔術師になりたいかを想像する。その姿はきっと今と大した差があるようには思えない。それでもその差を礼御は求めた。


 人と異形のモノを繋ぐ存在に自分はなりたい。人にも異形のモノ達にもそれぞれ良さはあるのだ。それを無理なく、双方に伝えたい。月が太陽と異形を繋ぐように、自分は人と異形のモノを繋ぐ存在になりたい。


 それが自分にとって、きっと幸せなんだ―――。


「えっ!?」


 礼御は想像の中、不意に声を上げてしまった。手に持った『布』がどうにもおかしいのである。


 仄かではない。明らかに熱を帯びている。


「これって一体――?」


 先ほどまで、その美しさを月の光に乗せて礼御の眼球へと届けていた『布』は自ら輝き始め、自身の力で美しさを具現させているのである。


 発光とともにその熱は増す。それを持つ礼御の手にもその熱が伝わってきた。熱いと感じるものの、しかし反射的に手放したくなるようなそんな熱さではないのだ。


 自身の心臓が高ぶっているのを礼御は感じていた。ドッ、ドッと鳴る音が身体の内側から伝わってくる。


 『布』は輝きを増す。またそれに感化されるように熱を帯びている。そして、ついにはその熱が確かな形をして礼御の瞳に映った。


 あの炎。玉藻前が生み出す、神秘的な蒼の炎だ。


「―――っ」


 礼御は言葉を発することができず、ただ自分の両の手の上で燃える『布』の行く末を見守る。一方で彼の頭の中ではこの魔術具の卵に何が起きているかを理解していた。


 生まれようとしているんだ。


 辺りを照らしているのが天上の月光かどうかもよくわからなくなる。


 その熱にのぼせるように、礼御の視界の縁がぼやけ、その目には卵以外が映らなくなる。


 そして―――、まばゆい光。沸き立つ熱。それらを発する蒼の火炎―――。


 礼御は咄嗟に目をつぶった。しかし顔を背けたりはしない。


 ……………。


 ……。


「……これは――」


 そして礼御が再び『布』を見たときには、すでにその形が変わっていたのである。


 その色彩は変わっていない。狐の体毛通りの金色。


 その感触も変わっていない。恐ろしく自然的な滑らかさ。


 しかし形が変わっている。一枚の『布』であった魔術具の卵は『手袋』として礼御の両手にはまっていたのである。手袋といっても冬場に装着するようなものではない。その生地は薄く、礼御の指の形がちゃんと残っている。


「生まれたのか……?」


 意識せず、礼御の口からはそんな言葉が漏れた。両手がふさがっているので、礼御は自分の頬でその『手袋』の様子を確かめる。しっとりと温かく、それはやはりあの『布』と同様だ。


 そのまま礼御は自分の両手で生まれたらしい魔術具に、ただ呆気にとられていた。


 と、そのときである。背後から彼に声がかかる。


「どうやら、ちゃんとした魔術具になったようだね」


 礼御がハッと振り返ると、そこには葵と空子が立っていた。葵は興味深げに、空子は悔しそうな表情だ。


 礼御はいつの間に、と思う反面、あれだけ分かりやすい力の放出があったのだ。空子はともかく葵が気がつかない方が変か、と思うのであった。


「葵さん。これって――」

「あぁ、卵から孵ったんだろう。君がどうやったかなんて見ていなかったがね、大方主人の想いに反応したというところだろう。……一体、君は何を望んだんだい?」

「……そんな、大したことではないですよ」


 なぜだか礼御は先ほど胸に抱いていた想いを、目の前の魔術師に話す気にはなれなかった。


 葵もそれ以上は追及しようとする気はないらしい。彼女は礼御の近くに寄り、今しがた生まれた魔術具を観察するように眺めていた。その傍で空子もじっと礼御の両手を見ている。


「葵さん」


 礼御の呼びかけに葵は視線を魔術具から離した。


「なんだい?」

「えっと……。これってどう使えばいいんですかね」


 礼御が魔術具に対して想像していたのは誕生までであった。それさえも具体的には考えておらず、だからこそいきなり手に入った魔術具に一種の混乱を持ったのである。つまり魔術具が手に入ってからの後のことを彼は全く考えていなかったのだ。


 初めて魔術具を手にしたモノに対して、葵は「あぁ」と一定の理解を示した。けれど優しいアドバイスはなく、「私だってこんな魔術具は知らないよ。だから使い方も知らない」と素っ気ない。


「これは君が孵したんだ。育てるのも君さ」

「ですけど、育て方がまるでわからないです」


 礼御が正直に自分の意見を言うと葵は困ったような顔をした。隣の空子はバカにするように口元を引き上げている。


「いろいろ試してみるといいさ。君の想像に、きっとその魔術具は答えてくれると思うよ」


 そう言われ礼御は「そうですか」と呟き、どうしたものかと考え込もうとする。と、少々慌てて腕時計を現在時刻を確認した。どうにも頃合いのようだ。


 それを察したのか、葵が言う。


「またいつでも来な。多少の協力ならしてもいい」


 葵の発言に礼御はほっとし、逆に空子が不満を吐き出す。


「葵! わたしはそんなの嫌!」


 すると葵はなだめるように空子の頭を撫でた。視線を彼女の方に向け、優しく諭すように言う。


「お前も少しは実践が必要だろう? 彼は――良い相手だと思うがね」

「…………ぅ」


 師の方針には逆らえないのだろう。葵にとって弟子は空子一人なのだろうが、空子にしてみれば礼御も自分と同じ立ち位置になるように思えてならないのだ。それでも空子には、きっと礼御が葵のところに入り浸ったところで、葵は礼御に風術を教えたりはしないことも分かっている。その理解の上での拒絶だった。


 礼御は少し悪いな、と思いつつも葵の申し出に対し素直に乗ることにした。


「ありがとうございます。また近々伺います」


 すると葵は「あぁ」と言って踵を返した。空子の背を押し、古本屋に帰るようだ。


 礼御も再度「ありがとうございます」と言ってその場を後にする。


 思ってたより時間が遅いな、と急いで山を下る前に、彼は孵ったばかりの魔術具を大事にバックパックにしまう。


 すっと抜けたその『手袋』を惜しむような感覚が礼御の両手に走り、今夜は礼御にとって魔術師としての自分を思い描かずにはいられない、そんな月夜の晩となった。


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