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「弟子は取らないと言ったがね、礼御くん。特にバイトの募集もしていないんだ」
所狭しと本棚が立ち並び、新古問わず溢れかえっている山積みの本を抜ける。そこにはレジがあり、礼御達はさらにその奥にある小部屋に居た。この部屋も本棚で囲まれており、恐らく売り物ではない魔術師の趣味の書籍が並んでいる。
そこで円卓を囲むように一同が座ると、まず葵が礼御にそう言ったのである。礼御の服装を見ての発言だろう。礼御の服装は私服でなく、黒のパンツに白のカッターシャツであった。
「いえ、こんなところで働きたいとは思っていませんよ」
来るだけで一苦労。働きたい以前に、この古本屋が利益を得ているように見えないのだ。働いたとしても低時給、いや低日給で雇われるのではないだろうか。その思いより、礼御は正直に断った。
「『こんなところ』? お前は本当に生意気だ!」
噛みついてきたのはもちろん空子である。なんとも感情――といっても一部分だけだが――豊かになったものだ。立ち上がろうとする空子を葵が宥める。
「それで先日の今日で、一体何の用だい?」
早々に礼御の目的を済ませたいという思いが良くわかる言い方だ。それは礼御も同じ思いで、グダグダと会話をしているほど時間に余裕があるわけではない。
「えぇ、ちょっと見てほしいモノがありまして……」
そう言いつつ礼御はバックパックから例の『布』を取り出した。ぼんやりと礼御の正面に座っていた葵であったが、それを目にした途端面持ちが変わる。要するにこの魔術具の卵は、一流の魔術師の目を奪うほどの品なのである。
礼御が円卓の上にそれを乗せた。一瞥で変わった彼女らの雰囲気が礼御に固唾を飲ませる。葵の様子はまだ分かった。それ以上に礼御を敵対視していた空子ですら、その内で湧かせていた感情を一新させたような表情にさせるものだから、やはりこの『布』は相当の品なのだ。
「これをどこで手に入れたんだい?」
視線をくぎ付けにしたまま魔術師が礼御に問うた。ただ見ているだけで、まず触れようという動作はない。内心の激しさとは逆に、彼女は慎重であった。
「ええと……ですね」
初めて見るそんな葵に礼御は少々たじろぎながら、あの『とある一件』の後に起こった出来事をそのまま彼女に伝える。その間も葵は決して『布』に手を伸ばさず、真剣に礼御の話を聞く一方、視線を礼御に向けることをしなかった。
礼御が一通り話し終えると、魔術師は顎に手を当て何やら考え込んでしまった。じっと滑らかな金色のそれを見つめている。そうしてしばらく時間が過ぎると、葵は「詳細はわからないが」と始めた。
「この『布』が魔術具の卵ではないか、という推測だと言ったね。おそらくそれは正しい。加えて君自身が恐らく感じているように、これは一等上質なモノにできる卵だと、私は思う」
まずは自分の――と言ってもほとんど紅子のものだが――意見が間違いでなかったことに、礼御はほっとした。
「あの男の魔術具を覚えているか?」
葵の言うあの男とは『とある一件』に関わった一人のことに違いない。退魔師であり、魔術師である彼。『とある一件』の解決に一役買い、玉藻の元相棒であった男。名を字深 蓮武という。
「えぇ、覚えています」
礼御にとって忘れるはずもないことだった。魔術師が魔術を使用するために使っていた様々な道具。それはどこにでもある物であったり、無二のモノであったりするのだ。字深 蓮武という魔術師が使っていたのは、鉄の棒の先端を削り尖らせたような、寸鉄のような道具であった。
それを思い出しながら、しかし礼御はそれではない、と気がついた。
蓮武さんはもう一つ、使っていたではないか。
その閃きを目にした葵はそうだ、と言わんばかりの表情である。
あの白い刃の短刀。荒々しく、モノを斬るには鈍すぎるように思えた、あの魔術具。赤い火炎を作り出し、彼はそれを操っていた。
それを見た礼御は感じたではないか。
あれは、まるで玉藻が――妖孤が生み出す炎と酷似していた。
だからこそ玉藻が言った言葉がハッキリとした真実だと直感したのだ。「蓮武は私の元相棒」。礼御より前に、玉藻が付いていた魔術師の一人。どうしようもなく、礼御の頭には蓮武の隣にいる玉藻を想像できてしまった。
「あの、蓮武さんが持っていた白い短刀…。あれを、葵さんはどう思いますか?」
すると葵はいじらしい笑みを浮かべて答える。
「その質問を君がした時点で、私は思うのだけどね。君の中で答えは出ているのだろう?」
その通りであった。礼御は自分の考察の答え合わせを彼女に求めたにすぎない。
「じゃあ、あの白い短刀は玉藻から与えられたモノだって、そう言うことですか?」
「おそらくね。彼も君とほとんど同様の経緯で、あの短刀の元を得たのではないかな。それを育て上げた結果、あのすさまじい魔術具を手に入れた。そう考えるのが自然さ」
葵はもったいぶる様子もなく自らの答えを礼御に告げた。それを聞いた礼御は心臓が高鳴るのを感じていた。
「すさまじいって……。それほどすごい魔術具だったのですか?」
葵は蓮武の作り出す火炎と対峙したことのある人物であった。それと対等にやり合ったモノの言葉。目の前に置いてある『布』に期待するなと言う方が間違っているだろう。
「そりゃあね。……言っとくが、あれほどの魔術具を手にできる魔術師は少ない。いまいち凄さが伝わっていないかもしれないから補足しておくとね。君が見たあの程度の火炎は、あの魔術具の本質ではない、と私は思っている。魔術具本来からは微塵の優しさも宿さない、いわば狂ったような攻撃性を私は感じた。だけれど実際はあの程度の炎術だ。残酷さが足りない。いや、残酷さが抑えられている。そう私は感じたね」
礼御が唖然としていると、葵は自嘲的に続けた。
「私も多少名のある魔術師だ。けれどあれほどの魔術具は持ち合わせていない」
葵ですら手元にないレベルの魔術具と同等の力を持つだろう魔術具の卵を礼御は手に入れたわけである。そう思うと、礼御は不明瞭ながらも自身の幸運に感動した。
「嘘。葵の持つ魔術具だって素晴らしいよ」
それを悔しく思ったのだろう。空子が師の言葉を否定した。実際に空子は蓮武の持っていた魔術具を目にしてはいないが、目の前の『布』と比べても劣らない魔術具を葵が所持しているのを知ってのことに違いない。
「どうかな。劣らずとも優らない、と表現した方が適当さ」
葵は弟子の言葉を素っ気なく振り払った。空子はそれでも「そんなことない」と自身の師を褒めるわけなのだが、葵は彼女の頭をポンポンと撫でて落ち着かせている。
「と、言うのが私の意見だが……。まだ何かあるのかい?」
礼御がそれだけを聞きにきたのではないことを、葵は承知している言い方だ。もちろんこの『布』が何であるのかは疑問の一つだったが、今までの話は礼御と紅子の間でやり取りした話と大差ない。礼御はその次が聞きたいのだ。
「それで、この魔術具の卵である『布』をきちんとした魔術具にするにはどうしたらいいんですか?」
そんな高等なモノを得て、それを自分のモノにしたいという想いは正しい流れである。今回の場合、「魔術具の卵」から「魔術具」へ誕生させることがそれにあたった。卵から孵った雛が初めに見たものを親だと思うように、やはり卵を孵したモノが所有者になるべきなのではないか、という思いが礼御の中に沸き立っていたのである。
その本題の提示により、葵は「まぁ、当然の疑問だな」と呟く。
「正直に言うとわからない。こういった魔術具の卵なんてモノは数多く存在するが、それをいっぱしの魔術具にする方法なんて、それ以上の数だ。同じ卵でも孵し方が異なれば別の魔術具になる場合も多々ある。だからこそ助言ができない、とは言わない。しかし私が助言をすれば、それは少なからず私の想像した魔術具になるだろうね。それが君にとって良いことか、悪いことかなんて私にはわからない」
この手に入れた『布』の真価がどうあって欲しいか、という話だろう。想いを込めて、願いを込めて、期待を込めて、魔術具の誕生を望む。そこに他人のそれを混ぜることが、果たして礼御の目標にとって良いことなのか、悪いことなのか。そんなの礼御にだってわからないことだった。
礼御は少し考え込んだ後、葵に尋ねる。
「……参考までに、葵さんならこの『布』をどのように誕生させますか?」
結局、方法の一つも知らないまま自分で卵を孵すことなんてできない、と思った礼御は魔術師からその例を学ぶことにしたのである。
葵は再確認なんて面倒なことをする気はないようで、素直に礼御の質問に答えてくれた。
「これは『布』だ。だから私なら加工するね。裁断し、縫合し……、そうだな。羽織にでもするかな」
その実に魔術的でない回答に礼御は表情には出さずに驚いた。
そんなので魔術具にできるのかよ。
「なんか呪文だとか、魔術的な手順を加えたりはしないんです?」
「する場合もあるさ。でもこれを私が魔術具にするのなら、そうするね。下手に小賢しい手順を踏んだ方がダメな場合だってあるからさ。もちろんその逆だってあるが、私はこの『布』がそういったモノにはみえないからね」
そう葵は答え、「もう一度言うと、私がする場合は、だぞ」と、彼女にしては丁寧に礼御の誤解をなくそうと努めてくれた。きっと葵にとって礼御がこの『布』をどういった魔術具にしようとかまわないのだが、それでも貴重な品を駄品に落とされるのは気分が良くないのだろう。
それを理解した上で礼御は考え込む。彼はどうにもいきなりすぎる話だと思った。魔術はおろか魔術具に対しても自分はまだまだ疎い。それでも自らは魔術師まがいなのだと思い込むほどには、多少の魔術的な能力を身につけている。
そういったことを前提に、では自分はこの『布』がどういった魔術具となれば幸せかを考える礼御であった。
礼御が知らず知らずながらも受け継いだ異能。徳間家の能力。異形を惹きつける力。洗脳するわけではないし、強制的に従わせるのでもない。ただ異形から魅力ある人物として映る力だ。そんなモノを異能と言ってしまえば、誰にだって備わっているモノである。それでも他者からそれを見たとき、どうしても異能と言う言葉を用いて自身の持つ一般性と線引きをしたがる能力でもあるのだろう。
それならばそれを活かした力を身につけたいと礼御は思った。
これまでに礼御は多くの友人に恵まれた。礼御が世界の真の姿を再度見られるようになって、まだ多くの日にちが経っていない。しかし出会うモノ達は皆面白く、皆礼御と他愛のない話で盛り上がり、そして友人となったのだ。
それをハッキリとした形として、自分の能力にすることはできないだろうか。礼御はそう思った。決して友人たちを服従させたいわけではない。ただ彼らが困っているとき、いち早く友人として駆け付けることができる、そんな能力を得れば自分は幸せだと礼御は思うのである。
ではどうすれば、この想いを形にでき―――。
「なぁ、おい」
と、突然礼御を呼ぶ少女の声が耳に入った。




