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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
1 新たな魔術師
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-9

 次の日も玉藻は体調を戻さす、終日ベッドで寝て過ごすこととなった。


 呼びかけてみても反応がなく、ゆえに礼御と紅子の心配は深まるのだが、それでも玉藻の身体は呼吸のたびに小さく上下しているため本当に眠っているだけのようだ。寝れば治るとも言っていたし、と礼御は気がかりではあるものの玉藻をそのまま寝かせておくようにしたのである。


 その日のお昼頃、礼御と紅子はキッチンに立ち、昼飯を作っていた。紅子は身長上手が届かないので、傍で見ているだけである。


 礼御は冷蔵庫から卵を取り出しながら紅子に話しかける。


「なぁ、紅子。俺、今晩はバイトなんだよ」

「ほう、そうなのか。――主様も多忙じゃの」


 そう返した紅子は礼御が卵を割ろうとボウルを手に取ったところで「あ、わしが割るー」と手を伸ばしてきていた。もうこれは親の料理を手伝う子どもの姿でしかないな、なんて礼御は思い卵二個とボウルを手渡す。


「で、なんなのじゃ?」


 紅子は座り込むと両ひざにボウルを乗せると、卵がコンコンっと叩きつけられる音と共に礼御の話を促した。それに礼御は乗ろうとするも、彼女に握られた方に気を取られてついつい別の事を挟んでしまう。


「お前、ちゃんと割れるんだろうな?」

「む、失礼じゃな。卵くらいきちんと割れるわ」


 その言葉通り、彼女は一つ目の卵をきちんと割って見せた。礼御がほっとしつつ他の食材に手を伸ばしたところで、紅子の「ほれ、みてみぃ」なんて自慢げな声とグシャリという音が重なった。


 慌てて礼御が嫌な音の方に視線をやると、案の定二つ目の卵は無残な姿となっている。


「……調子に乗るから」


 卵白が幼女の手から滑り落ち、床に垂れている。紅子は「だ、誰にでも失敗はあるじゃろ」と言って、一つ目の卵が入ったボウルに今自分が手につかんでいるもの全部を入れてしまった。とろけ出す卵黄も卵白も、殻も全部である。


「おいおい、殻も入れるなよ」

「すまん、つい」


 礼御はそれでも怒る気には到底なれず、冷蔵庫を閉めた後、紅子からボウルを受け取るとそこに混じってしまった卵の殻を箸で取り除き始めた。そんな中紅子が嫌そうに言う。


「うわぁ。ねとねとじゃ」


 礼御が紅子の方を見ると確かにその手には卵白と卵黄がドロリと付着しているようだ。


「洗面台で洗ってきなよ」

「む、待て。主様!」

「なんだよ」


 紅子は卵のついた手を何やらにぎにぎと動かしていた。あれでは手全体に卵がついてしまうではないか。


「食いもので遊ぶなよ。早く洗ってこい」


 少しきつめの口調で礼御は言うのだが、どうにも紅子は興奮した様子で聞いていない。


「いや、違うのじゃ、主様。有効活用じゃ!」

「? 有効活用?」


 さすがに手についた卵まで食べようとは思わないぞ、と礼御は嬉々とする紅子を咎めようと思ったのだが、どうにも違うらしい。


 紅子の手の上では卵白と卵黄が混じりきっていた。それでドロドロになった手を紅子は自分の口元にあてがうと、上目遣いで礼御を見る。そして下を出したかと思うと――。


「ごひゅじんしゃま。こんにゃ黄色でドロドリョでひゅよ? ……たまっちぇらのれすかぁ―――あっ!」


 途中で彼女の意図に気付いた礼御は肘で紅子の頭を小突いて中断させた。と言ってもほとんど言いきった後だったので無念である。


「くだらないことしてないで早く洗ってこい」


 そう言って礼御が料理に戻ると、紅子は「えぇ。主様の嗜好に沿って頑張ったのに…」と、まるで礼御が喜ぶことを期待していたかのような残念さを匂わせ洗面台に向かって行った。


 どうにもあの幼女は先ほどのような思考の持ち主で困る。出るところに出れば彼女は歩く十八禁(見た目十八歳未満)である。もう少しちゃんとした教育をしなければいけないのではないか、と礼御が考えてきたところで紅子が手を洗って帰ってきた。


「で、話の続きは何なのじゃ、我が主様?」


 紅子は少しも悪びれることなく真面目な会話を再開してきた。そんな彼女を礼御はしばらくじっと見つめ、溜息混じりで了承する。


「今晩バイトだって言ったよな?」

「うむ、聞いた」

「少し早めに出て、(あおい)さんのところに寄ろうかと思っているんだけど、どうかな?」


 葵。雨無(あまなし) 葵。礼御が初めて出会ったと言える魔術師であり、彼女は風術のエキスパート。巷では『空前の風使い』なんて異名でその名が通っているらしい。そんな異名がつくのも理解できるほど、彼女は非常に優秀な魔術師だと素人目の礼御からでも判断できる。『とある一件』では礼御に力を貸してくれた一人であり――この言い方は間違いに等しいが――、一番身近な魔術師に違いない。


 その問いに紅子は目を細くして答える。


「……葵ってあの風術師のことよの? で、そこに寄ってから勤務に出かけたいと。それをわしに聞いて、わしは何を答えれば良いのじゃ?」


 まったくその通りだ、と礼御は補足する。


「あの『布』を見てもらおうかと思ってるんだ」


 すると紅子は視線を下げ、何かを考えている様子となった。彼女が即座に答えを出さなかったということは、つまり礼御自身ももう少しためらいを持った方が良いかもしれない、という考えに繋がる。


「やめておいた方がいいか?」

「いや……わからん。そもそもわしはその魔術師を詳しく知らんしの。しかし魔術師に意見を半端に求めるより、玉藻殿の目覚めを待った方が良いと、わしは思う」


 それは確かにその通りだった。だからこそ礼御自身の考えも初めそこに辿り着いたわけで、それでも彼は自分の知る魔術師に一度見せてみようと思い至ったのには理由があった。と、言うより単純な感情の、精神の高揚に基づくのである。


「たぶんさ、玉藻はしばらく起きないんじゃないかな。確かにあの『布』は玉藻の炎から出てきたし、俺に害を与えてくるとは思えない。だけどだからって数日放っておくのは、どうにも」

「それには同意じゃ。でものぉ…、まぁ良いか。そこらへんの匙加減は主様にお任せじゃ」


 やはり両手を挙げて賛成はしかねるらしい。だが紅子の言った通り、例え彼女が反対しようとも結局どうするかは礼御の一任である。そう考えると紅子が快く賛成しなかったことは、礼御にとって良かったと言えるだろう。いくら助け、助けられた相手だからといっても、礼御とあの魔術師は出会って何週間も経っていない関係に違いない。まだあらゆる警戒をゼロにするには早すぎる付き合いだ。


「奪われるような間抜けはしないさ」

「あたりまえじゃ。間違っても預けたりもするなよ、主様。他の魔術師を無条件で虜にできるほど、あの『布』は稀少で強力じゃ」


 見る目によってはそれほどまでにあの金色の『布』は映るのだ。どうにも礼御には実感が湧かないのである。これもどうしようもない未熟な証拠なのだろう。


 礼御は卵の殻の破片を取り除き終えると、それをかき混ぜる。その後紅子を隣で立たせたまま、他の食材を切り始めた。途中、何度も紅子が手伝いを申し出るので、礼御は最低限の――玉ねぎの皮を剥くだとかだ――任務を与えてやった。


 今日の昼食は具沢山のチャーハンである。


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