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礼御は玉藻とその『布』を抱え、ベッドの脇まで歩いた。隣で紅子が物珍しそうにその『布』を見ている。
礼御はベッドに玉藻を寝かせると、彼女を優しく撫で布団をかける。そしてベッドに凭れるように床に座った。また紅子もちょこんと彼の隣に座り込む。
「これ、何なんだろう」
礼御にとっては当然の疑問である。恐る恐る『布』を撫でてみると、その触り心地に礼御は覚えがあった。
「これは――」
そう言いながら紅子も『布』に触れた。
「紅子。これがなんだかわかるのか?」
「いや、詳しくはわからぬ」
紅子もまた優しく撫でている。
「けれど……」
「…………」
「妖力。いや、主様にとっては魔力と表現した方がわかりやすいかの。要するに何かしらの力が込められている、と思う」
現に強力な魔術具を持っていた紅子の言うことだ。間違ってはいなのだろう。けれどその表現に曖昧さが残っているのはどうしてだろう、と礼御は不思議に思った。それを紅子に伝えると、彼女も眉を寄せて続ける。
「なんなのじゃろな。魔術具というにはためらいをもってしまうのじゃ」
「どうしてさ?」
「ひどく不完全。と表現すれば良いかの。とにかく強力な力を持っておるのはわかる。それこそわしが持っていた、あの宝玉のようにな。けれどどうにも…の」
そんな彼女の表現から、礼御は想像する。半端者の魔術師気取りである礼御からすれば、どの魔術具がどれだけの力を持っているかなど推し測れない。それでもなんとなく理解できることが、つまり魔術具だって初めから魔術具として存在しているわけではないのだろうと言うことだ。
「つまりこの『布』は魔術具の原石みたいなものか? 磨く前の宝石のような、加工前の鉄鋼のような、そんなモノ?」
「そうじゃな……」
礼御の理解に、紅子はそう呟いて否定はしなかった。しかし上手い表現ではなかったらしい。しばらく考え込んだ後、訂正するように口を開く。
「原石というより卵と言った方が近い気がするの。無論原石と言っても間違いではないと思うのじゃが、どちらかと言うと、な」
まぁ、結局はイメージの問題か。と礼御も紅子の表現に賛成できた。
玉藻の炎から生まれた卵。
そこで彼は思い至る。
字深 蓮武という魔術師とその持ち物についてだ。あの玉藻の牙を短刀にしたような道具。そしてそれから繰り出された火炎は玉藻の炎に酷似していたと感想を持ったではないか。何より彼は玉藻前を名乗る妖孤の相棒だった男だ。ならばこれは―――。
その礼御の閃きは正解である。字深 蓮武。玉藻前の前相棒。彼が持っていた魔術具の元は玉藻より、今の礼御とほとんど同じような状況で受け取ったモノであった。それを自分用に誕生させたのが、あの『牙狐刀』である。
「これが魔術具の卵だって言うのなら、孵化させてやればきちんとした魔術具になるってことか?」
「おそらくじゃがな。しかしそうなったら、こいつは中々の代物じゃぞ?」
「そうか。じゃあ、ちゃんと温めてやらないとな」
そう言って礼御はおどけるようにその『布』を抱きしめた。まさかこれできちんとした魔術具になるわけないか。
「ならわしも手伝おう」
「へ?」
と、紅子は膝に乗るかたちで礼御に抱きついてきたのである。例の魔術具の卵は礼御と紅子に挟まれる格好となった。
「おいおい、紅子?」
ぐっと赤い頭が礼御の胸に押し付けられている。礼御はそんな頭をポンポンとはたき、彼女の顔を覗きこもうとするのだが、紅子は必死にその視線から逃れそうと頭をもぞもぞさせるのだ。
「お前、寂しかったのか?」
「……んなわけないじゃろ」
「なら、どうしたって――」
そこで礼御の言葉を遮るのは、紅子の弱々しいながらもハッキリとした訴えであった。
「知っておるか、主様?」
「な、何をさ?」
「赤しゃぐまはな、ずっと家におるのじゃ。主の帰りを、待っての。でもな、家の中におっても主に何が起こっているのかは、なんとなくわかるのじゃ。主に危険が及んでいたり、主が死にかけていることだってわかるのじゃぞ? …心配するなと言う方が間違っておる」
まったく、と礼御は自分自身に呆れかえる他なかった。無知とは残酷である。鈍感とは罪である。紅子にとって礼御とは自分の主であり、命の恩人なのだ。だから彼女は礼御のアパートで家守をしている。そんな赤しゃぐまの紅子の、あの時の――あの『とある一件』に礼御が巻き込まれていた時の心境を考えると礼御はひどく胸が苦しくなるのだった。
「ごめんな。俺、そんなこと知らなくて」
「……別に良い。主様が無事で、わしは本当に安心した」
「……ありがとな」
その後礼御はわしゃわしゃと紅子の頭を撫でた。紅子は――口調からだろうか――見た目の割に達観しているような、成熟している思考を持っていると感じてならない。しかしそれでも彼女は童子の妖怪なのである。だからこそ本質的には幼子の心なのだろう、と礼御はそのとき理解したのであった。
あんまり強がりにすがるようでは駄目だな。
礼御はそんな想いともに紅子を抱きしめていると、下しか寝息が聞こえてきた。ふと紅子を見ると、目を閉じて安らかな表情で眠っていた。
疲れてたんだな、きっと。
礼御は最後にもう一度紅子の頭をそっと撫で、ベッドの上で眠る玉藻の横に寝かせるのだった。
それでベッドはいっぱいだ。礼御だって疲れているし、ベッドで横になりたいのは本心だ。けれど自分のために力を使い、自分のために気を張っていた彼女らを無下にしてまで自分の安らぎを優先させるような男では、礼御はなかった。
あのとき何があったかは、またちゃんと伝えよう。
小さな二つの身体を見つめ、礼御は微笑んで床に寝転がる。『布』がブランケットのようで丁度いいな、なんて思った礼御は柔らかな金色に包まり眠るのだった。




