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安楽椅子探偵と私  作者: ピヨ/七海ちよ
こぼれ話
13/13

ハッピーホワイト・デイ



何か買いたくてもお金がない。こういうとき人は、『世知辛い』という言葉を使うのだと思う。

貯金箱を壊して髪を染め直した私には、お金が無かった。それはもう、びっくりするくらいなかった。親に言えばお小遣いの前借りくらいさせてくれるかもしれないが、そうするとどうして?何の為に?と色々と詮索されて面倒くさい。特に母は、どれだけ取り繕っても本音では私がシュウちゃんのそばにいる事を良くは思っていないので、やっぱり面倒な事になるだろう。


アルバイトは最初から選択肢にない。シュウちゃんのところへ行く時間が減ってしまっては、何もかも意味がなかった。

だから、私がホワイトデーに買えたのは、ドロップの詰め合わせをホワイトデー仕様に可愛くラッピングした程度のものだった。


「シュウちゃん、はい。ホワイトデー」


病室の扉を開けると、文庫本から顔を上げたシュウちゃんは、いつもの笑顔でいらっしゃい、と出迎えてくれた。そんなシュウちゃんにドロップの包みを渡せば、緩やかにそれへ目を向ける。そのとき直毛のシュウちゃんの髪がさらりと流れて、また髪が伸びたなあ、と思った。


「本当に買ってきてくれたんだ。良かったのに」

「良いの。私がしたかったの」

「そっか。ありがとう、芽依子」


お礼を言って、シュウちゃんはそれを快く受け取ってくれた。長い指が包装を解いて、ドロップを摘まみ上げて口に入れる。


「美味しい?」

「美味しいよ。芽依子も、はい」


そう言って、二個目に手を伸ばしたシュウちゃんは、また一個摘まみ上げると私の口元に寄せた。


「それは、シュウちゃんにあげたの。私が食べちゃ意味ないじゃん」

「そんな事無いよ。せっかくだから」


シュウちゃんはドロップ片手に私を誘惑する。元々包装も可愛くて美味しそう、という理由で選んだのだ。正直ちょっと味見してみたい気持ちは大いにある。


「一緒に食べようよ」


だから、そう言われてしまえば、私にはもう抵抗も出来なかった。口を開けてドロップを受け止めれば、まるで褒めるようにシュウちゃんの手が私の頬を撫でる。くすぐったくて、気持ちが良かった。

まあ、良いや。ホワイトデーの本命は、松沢さんにお願いして持ってきてもらう、未解決事件の情報だし。名探偵のシュウちゃんは正直、お菓子よりもそちらの方を喜んでくれる事だろう。


ベッドの背を起こし、それにもたれて座るシュウちゃんの膝の上に甘えるように頬を乗せて、そのままシュウちゃんを見上げた。


「ねえ、シュウちゃん。来年は、私がバレンタインデーするからね」


私の髪を梳くように頭を撫でていたシュウちゃんは、わずかに目を見開く。何でも先回りして見透かしてしまう名探偵のシュウちゃんのその表情は、かなり珍しい。


「どうしたの?」

「芽依子が『来年』の話をするなんて、滅多にない事だから」


そう言えばそうだな、と気付いた。だって、先の事は何にも分からない。何がどうなっているかなんて分からない。だから私は、未来への想像を真っ黒に塗り潰して、今が良ければ良いと思いながら生きている。

今、シュウちゃんが、ここにいてくれる事だけを考えていないと、怖くて怖くて仕方ないから。


「たった、一年だよ」

「そうだね」


思わず口にしていた自身の言葉の意味に気付いて、私は急に恐ろしくなってシュウちゃんのお腹に縋りついた。そんな私を宥めるように、シュウちゃんの手が私の頭を撫でる。


「させてよ。シュウちゃんはチョコ、嫌いじゃないんでしょ?食べてよ」

「………そうだね」


シュウちゃんは、けして食べるよ、とは言ってくれなかった。それがどれだけ不安定な約束か、当然シュウちゃんは知っている。それを、私が理解している事も。

だからシュウちゃんは、いい加減な事を言わない。分かっている。だからこそ、私の胸は余計に締め付けられた。


「まだ、ダメだよ。まだダメだよ、シュウちゃん」


縋るような私の言葉を、シュウちゃんは否定も肯定もしない。ただただ、優しく私の頭を撫でるだけ。

来年はどうだろう。きっと大丈夫だと信じている。じゃあ、再来年は?その次は?その先は………?


「そうだね、芽依子」


甘い、甘いお菓子のように、幸せな未来がどうしても想像つかなかった。






読んで頂きありがとうございます。

短いですけれど、最後はやはりというか、うっすら暗めに締めました。

今が幸せであればあるほど、未来が怖くなりますね。

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