幼少期6
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全身を刺す鋭い痛みが強制的に意識を覚醒させて、重い瞼をこじ開ける。
状況の把握に努めようとして何かから転げ落ちてしまった。
どうやら薬屋の裏路地、しかもゴミ捨て場へと捨てられてしまったみたいだ。
ボロボロになった体を、まるでゆりかごのように抱きとめるゴミの山にすら愛着を感じる。
あれからどれほどの時間が経ったのかはわからない。
自分でも恐ろしいことに、ハーフヴァンパイアの再生能力が先程受けた傷のほとんどを治癒してしまい出血はしていなかった。
傷は癒えたものの、全身が悲鳴を上げている。
憎らしいことに痛みだけは取り除けないらしい。
「っ!!!」
地面に手を突き、立ち上がろうとしてようやく気付いた。
握り締めた左の拳が開かずに、よく見ると何かを握っている。
拳からは水色の紐が少しだけ飛び出しており、それを見てようやく思い出した。
そうだ。薬だ。
「あいつ、僕を痛めつけることに夢中で薬のことを忘れやがった!」
その事実に思わず笑い声を上げる。
僕は際限のない暴力に耐えながらも決して薬だけは手放さなかったのだ。
試合には負けた。もう圧倒的なまでにボコボコにされてプライドを圧し折られた。だが、勝負には勝った。
計画とは違って、全然綺麗じゃない勝ち方だ。
それでもよかった。だってこれで母が元気になる。
また一からやり直せる。今度は甘えるだけじゃなく、母を支えて二人でどんな困難も乗り越えて見せる。
握り締めていた拳の力を緩め、ゆっくりと手を開いていく。
強い力で握り締めていたためか、爪が手のひらへと深く突き刺さり、血液が溢れ出てくる。
この痛みも、この傷も誇らしかった。
元気になった母の姿を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれる。
母は薬を盗んだ僕のことを叱るだろう。
もちろん言われるまでもなく、こんな真似はしないし、ボコボコにされるのはもう二度とごめんだ。
また褒めてくれるだろうか?
また抱き締めてくれるだろうか?
どうしてだろう。痛かったはずの全身も手のひらの傷も全く気にならない。
やり遂げた。その気持ちだけで心は晴れやかに、足取りは軽くなる。
さぁ急ごう。こうしている間にも母は苦しんでいる。
早く助けてあげるんだ。僕が勝ち取った薬で。
勢いよく我が家の扉を開けて声をかける。
「母さん! お待たせ! 薬を持ってきたよ!」
返事はない。うなされてもいない。
少し落ち着いたのかな?
それなら薬を飲めばもっと元気になるはずだ。
寝ていることに気付いた僕は、母を起こさないように額の上のタオルを取り替えようとして一気に血の気が引く。
「……は?」
薬を取りにいく前に取り替えたはずのタオルは完全に乾ききっていた。
慌ててタオルを取り除き、母の額へと手を当てる。
熱は全く残っていない。それどころかまるで死人のように体温がなく冷え切っている。
顔は青ざめており、ピクリとも動かない。
嘘だろ? 冗談じゃない!
これからだ、これからだったんだ。
なのになんだこれは? 現実なのか?
ふざけるな。こんなことがあっていいはずがない。
「母さん! 薬を持ってきたんだ! これでまた元気になれるよ!」
「ねぇ、起きてよ! 大変だったんだ!」
「話を聞いてよ、母さん……また、抱き締めてよ……」
いくら声をかけても返事が返ってくることは決してなかった。
母の冷たい手をそっと握る。固く骨張ってしまって昔のように握り返してはくれない。
母の髪を、指で梳いてやる。いつも母がそうしてくれたことを思い出して。
綺麗でふわふわとしていた金色の髪は見る影もなく、艶をなくして荒れている。
何もかもが手遅れだった。
二度と微笑んでくれることはない。
外の喧噪は遠く、部屋の中だけが、静かだった。
母の息づかいも、声も、もう聞こえない。
窓から差し込む午後の光が、母の顔を淡く照らしていた。




