幼少期2
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目覚めると父は既に出発の準備を整えており、僕も慌てて身支度を整える。
何しろしばらくは帰ってこれないのだ。寝坊で見送りに遅刻するのはあまりにも悲しい。
さっと着替えて髪を整えていると、父の部下である騎士が馬を2頭連れて迎えに来た。その大きさと逞しさに圧倒されてしまう。
「団長! お迎えにあがりました!」
「ったくよぉ、迎えなんていらねぇって毎回言ってんだろ……。お貴族様じゃあるまいし。」
バツが悪そうに頭を乱雑に掻きながら手綱を受け取ってぼやく父を、部下である騎士が食い気味に咎める。
「何言ってるんですか! 本来、団長は爵位や領地を持っているべきなんですよ!? 毎回断っているからそうなっていないだけで! 少しは自覚を持つべきです!」
くどくどと説教をする彼の言葉を聞こえないフリでやり過ごしながら、軽い動作で馬に飛び乗る。
大きな体からは想像も出来ないほどの身のこなし。
そんな体をピクリともせずに受け止める、朝日に照らされた黒く美しい毛並み。
大きな体は柔らかな光を反射し、艶やかな光沢を帯びてしなやかに輝いている。
すると、目を輝かせて馬に乗る姿を見ていた僕に気づいたのかニヤリと笑い呟く。
「どうだ? かっこいいだろう」
日の光を背に受けて問いかけるシルエットはまさに英雄そのものだった。どんな物語に出てくる豪傑達より輝いて見えた笑顔は、いつもの父とは違って見えた。
「乗ってみるか?」
続けて投げかけられた言葉に即座に頷き、差し出された手を取る。
次の瞬間、軽々と抱き上げられ、体がふわりと浮きあがり、父の胸の前にすとんと収まる。
僕は慌てて足を広げ、父と同じように馬に跨った。
背中に父の体温がぴったりと重なり、逞しい腕が僕の両側を囲う。
「この手綱が俺達とこいつの絆だ。絶対に離すんじゃねぇぞ」
硬い手のひらに覆われた僕の手に、手綱を握らせてくれる。
言葉をしっかりと噛み締めて、強く拳を握り締めた。
父の胸の鼓動と、馬の温かなうねりとが、僕の背中と腿の間で溶け合い、まるで三つの命が一つの影になったかのようだった。
「わりぃ! アレスが息子のこと気に入っちまったみてぇだ。城門前まで一緒に行っても構わねぇか?」
「仕方ないですね。城門までですよ。帰りは私が責任を持ってお送りします。」
もう少し乗っていたいという気持ちが通じたのか、城門までの道のりを共にすることとなった。
時間にして僅か二十分程度のものだろう。しかし、僕にとっては何物にも代えがたい貴重な二十分なのだ。
余すところなく隅々まで堪能してやろう。
「行ってらっしゃい、あなた。ハルトも気をつけてね」
エプロンで手を拭いながら、母はいつものように微笑んでいた。
笑顔も、朝の光の中に立つ姿も、何も変わらない。
「十日ぐらいすりゃ帰ってくるからよ。それまで頼むぜ」
「はいはい。そのときはあなたの好きなものを用意して待ってるわ」
僕と父は、「行ってきます」と母に声をかけて出発する。
アレスと呼ばれた父の愛馬は、四肢を交互に地面に落とし、静かな四拍子のリズムを刻みながら街路を滑るように進んだ。
蹄鉄の軽やかな音とは裏腹に、鞍の上には衝撃も揺れも一切伝わってこない。
まるで大地の上を優しく滑っているかのような、奇妙に心地のいい浮遊感だった。
「ライオネルさん! これから訓練ですか?」とパン屋さんの主人は焼き立てのパンの匂いを漂わせながら扉を開け、「いつもご苦労さまです、騎士団長!」と赤ん坊を背中に背負ったお母さんが手を振る。
「ライオネル! 生きてたのかよ」鍛冶屋の親父は軽口を叩く。
僕達が往く道を街の住人達が手を振って見送る。様々な人種や職種の人々が父を慕って声を上げていた。自分のことじゃないのに嬉しくなる、どこか不思議な気持ちだ。投げかけられる言葉は自然と背筋を伸ばさせる。
父は言葉一つ一つに、丁寧に返事をしながら馬を進めていく。
「おっ、もうついちまったなぁ」
あっという間だった。
初めての視点から見る街並みは、いつもより少し大切なものに見え、行き交う人々は活気に満ち溢れていた。
自分も大人になったとき、またこの景色を見ることになるのだろうか?
その時は二人で、馬を並べて歩いているのだろうか?
自分の馬は黒と対になる白馬がいいな、などと将来に思いを馳せると手綱を再び強く握りしめていた。
「すまんな。父ちゃんそろそろ行かねぇと。帰ったらまた稽古つけてやっから、俺がいねぇからって怠けるんじゃねぇぞ?」
「帰ってきたら僕のほうが強くなってるかもね」
「生意気な口ききやがって! 今度は俺様の本気、みせてやるよ!」
「うん。約束、忘れないでね!」
名残り惜しさから握りしめていた手綱は、父によって優しく開かれた手の内から滑り落ちてしまった。
かわりに、頭のうえに置かれた硬い手のひらが、ぶっきらぼうに髪をくしゃくしゃと撫で、男同士の約束を交わす。
手に残っていた僅かな父の体温が、ゆっくりと消えていく。
「さぁ、帰りましょうか。坊っちゃん」
城門の影が父の背中を飲み込むまで、僕はただ見つめていた。
やがて兵士の腕の中にすっぽりと収められ、馬の背に揺られながら帰り始めた。
馬の歩みは少し不規則で、僕の小さな体を静かに、けれど確実に揺らす。
兵士は満足げに前を向いている。
僕は何度も振り返り、城門に飲まれた父の姿を探す。
家に帰ったら早速訓練をしよう。次の再会はいつになるだろうか?
次に会う時までに鍛え上げて絶対に驚かせてやるのだ。




