幼少期1
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「ラインハルト。だいぶ様になってきたじゃねぇか! 『剣を教えてほしい』なんて言われたときにゃどうなるかと思ったけどよ、さすが俺様の息子ってか?」
共に並んで振っていた剣を軽やかな動作で納め、僕の頭をぶっきらぼうに撫でる。
笑顔で呟く表情に、なぜだか温かい気持ちが胸の奥底から湧いてくる。
それを真似るように、自らの腰に母が巻いてくれた鞘へと、苦戦しながらも納めることに成功する。
「父さんの教えた方が上手だからだよ。それになんてったって英雄の息子だからね」
生まれる少し前に、戦を終わらせたのが父ということらしい。
ことあるごとに話題にするせいですっかり覚えてしまった。
僕は左腰に携えた剣に、騎士のように手をかけて誇らしげに胸を張る。尊敬する父に褒められたことが少々むず痒く照れ臭い。
初めて剣を握ってから季節は変わり春になった。
まだ少し肌寒さを感じるが、汗ばんだ体には丁度いい柔らかな風が、視界の端に映るブロンドの前髪を優しく揺らす。
「騎士団長様! 本日の任務はどんなご要件でしょうか!?」
芝居がかった口調で恭しく僕の前に跪く父。それに応えるように尊大な口調で、存在しない髭を扱きながら偉そうに目的を告げた。
「うむ。今日は西の森に現れたという獣を討伐しにいくぞ。近隣の村に被害が出る前に仕留めなければならない」
「ははっ! 承知いたしました!」
立ち上がり、まるで人形になったような直線的な動きで駆け足のマネをする。
どこかやり慣れていない、ぎこちない様子が妙におかしくて、思わず吹き出してしまう。
歴戦の傷が深く刻み込まれ、鍛え上げられた上半身を惜しげもなく晒して、尚も滑稽な動きを続ける。
普段は男らしく豪快である姿と、ギャップの大きさが笑いを誘う。
「なんだよ、父さん! それっ、演技下手すぎっ」
「おおっ? そうかぁ? いやぁー、演技には自信があったんだけどよぉ………」
おかしいなぁ、と頭をポリポリ掻きながら、僕とは違う雑に纏められた長い銀の髪が乱暴に揺れる。
そんな他愛もない騎士ごっこで遊んでいると、背後から家の扉が開く音がして、優しげな母の声が西の森から現実へと僕達を引き戻した。
「ライオネル、ラインハルトー! ご飯ができたわよー。汗を流したら戻ってきてね」
「おっ、飯か! 早く行こうぜ、ハルト」
「もう、父さん。汗を流してからって言われてるでしょ」
井戸水で軽く汗を流してから、こっそりと父が置いた剣を軽く握ってみる。
重い。ただの鋼ではない。
ほんの少し、地面から持ち上げてみただけだというのに、剣の先がすぐに落ちそうになる。
ただ重いんじゃない。父が今まで戦ってきた全てが、伸し掛かっているみたいだった。
沢山の人を助けて、沢山の人を倒してきた重み。
「おぉ? これはラインハルト坊ちゃま。それに目をつけるとはお目が高い」
「ごめん、父さん。でも、どうしても気になって」
僕が感じた重さなど存在していないかのように、ひょいと軽く持ち上げ、肩に担ぎ上げてしまう。
「こいつは『不死斬り』つってな。どんな強敵もぶった斬っちまう世界に二つとない魔剣よ」
「そんなに凄い剣なの?」
「おうよ! ハルトがこいつを振れるようになったら、俺なんざ相手にならねぇかもな!」
父の分厚い指が髪をくしゃくしゃに乱しながら、力任せに僕の頭を撫で回す。
痛いくらいの強さだというのに、なぜか胸の奥がじんわりと熱くなる。
「焦らなくてもいい。ハルトが大人になって、それでもまだ騎士になりてぇって言うなら嫌でも背負うことになるもんだ」
父はまるで、それが当たり前に訪れる未来であるかのように笑った。
剣を肩に乗せる父の大きな背中を見つめながら、二人連れたって家に戻っていく。
◇◇◇◇
食欲を唆る温かい食事の香りが鼻腔をくすぐり、自分の席へと座る。
テーブルに並べられていたのは、焼きたてのパン、鹿肉と野菜が数種類入ったスープ、そして二切れの林檎だった。
ゆらゆらと湯気を立ち上らせ、独特の刺激臭、しかし非常にクセになる香りのするスープの正体はいったいなんだ? と、頭を傾げた。
「おい、マリア。まさかとは思うが、このスープ。ニンニクを入れちゃいねぇだろうな?」
「さぁ、何のことかしら? とても栄養のある、力が湧いてくるスープだと言っておくわ」
母は目を細めてくすりと笑う。どうやら父の問いは正解だったらしい。スープの香りの正体はニンニクという食材が放っていたのか。
あまりにも独特な香りが胃袋を誘惑し、早く口に入れろと急かしてくる。
どんな味がするのか。一匙口に運んでみる。僅かに苦味を感じるスープの味は、食欲を唆る匂いの期待を裏切らずクセになるものだった。
「まじかよー! 俺が苦手なの知ってんだろ? なぁ、ハルト? ひでぇ母ちゃんだよな?」
「そうかなぁ? ちょっと変わった味だけどおいしいよ?」
「ねぇー、ハルトはお利口さんだから好き嫌いしないわよね。それに『俺はどんな苦難も乗り越えてみせる。だから結婚してくれ』なんて、かっこいいことを言っていたのはどこの誰かしら?」
低い声色で口調を真似しながら悪戯っぽく嗜めると、既にパンを食べ終わり、物足りなさそうにしていた僕に、自分の物を半分千切って分けてくれる。
これで父のように強靭な肉体になれるのだろうか。
「明日は大事な仕事があるって言ってたでしょ? なら精をつけないと」
「そうだ、そうだった。俺様は不死身の英雄ライオネル! この程度の苦難なんてこたぁねぇ!」
啖呵を切り勢いよくスープを平らげる英雄。その覚悟と勇姿はテーブルの上をまたたく間に片付けてしまった。
「確かに、全身が温まってきやがった。いつもありがとよ、愛しのマリア」
「もう、あなたはいつも大袈裟なんだから」
そんな両親の小気味がよく、仲睦まじいやりとりを聞いていると急激な眠気に襲われた。
またしばらく会えない父にお願いをして、いつもより少し長めの訓練をつけてもらったことと、母の料理を食べて落ち着いたからだろうか。
寝るのなら歯を磨いてからにしなさい、という母の忠告に朧げながらも返事をして夢心地の腰をあげる。
明日は早起きをしよう。そして父を見送ろう。きっと明日もいい日になる。




