プロローグ
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もう随分と手入れをされていないであろう荒れた山道。
もはや道と呼ぶのも躊躇ってしまうほど、行き先は朽ちた大木や砕けた瓦礫で塞がれている。
時折顔にかかってはしつこく取れない蜘蛛の巣が実に煩わしい。
「おい、本当に確かなんだろうな? これでなにもありませんでした、なんてことになりゃてめぇの話は二度と信じねぇぞ」
前方を歩く事の発端へ不満の声を投げかける。
ここまで随分と険しい道のりであったため、息を切らしながら前を歩く男は答えた。
「間違いねぇよ。あちこち駆け回ってようやく掴んだ話だ。山の頂上、枯れ木の下に女王眠るってな」
こいつの話では数百年も前に、他国からの侵略によって滅びた王国の墓地が人知れず山頂に存在しているという。
なぜそんな辺鄙なところに墓を作ったのか甚だ疑問ではあるが、情報が確かなものであれば確実に支払った金額以上は稼げるだろう。
墓があれば間違い無く副葬品があり、それがかつて栄えた亡国の品だとするならば、売ったときに得る利益は莫大な物となる。
女王の墓ともなれば金や財宝はもちろんのこと、その時代の衣類なんかも残っているかもしれない。
世の中には何事にも物好きが居るもので、そういった品はマニアの間で高額取引されているのだ。
うまく行けばちまちまと商人を脅して金品を奪ったり、子供を攫って貴族連中に媚びへつらって買ってもらう必要もなくなるだろう。これで惨めな生活とはおさらばだ。
夢の生活に思いを馳せれば辛い道のりも気にならなくなっていく。
脇に転がる使い古された剣や鎧達。そして主を庇い、死んでいったであろう無念にも果てた屍の姿が、目的地に近付いていることを指し示す。
俺達の期待に呼応するように数は増えていき、情報の信憑性を確かな物へと変えていく。
もはや山の一部と同化し始めていてはっきりとした形は分からないが、情報にあった亡国の兵士達だろう。
攻め込まれ傷を負った兵士達が最後の力を振り絞り、お偉方に惨めな想いはさせまいと、人の手の届かない場所へ埋葬しに来たのか。なんて忠誠心の高い奴らだと唾を吐く。
しかし、俺達にはそんな青臭い主従など、どうでもよかった。金になる物が残っているのか、それにしか興味がない。
「着いたみてぇだな。ここが頂上か」
葉は枯れ、生命を感じさせずに佇む大樹を中心に、地に突き刺さる無数の武器。錆びつき転がる鎧の数々、傍らには死体の山。
かつて戦場となった場所のように死屍累々、志半ばに散った戦士達の怨念に当てられたのだろうか。冷たく鋭い風が背筋を刺し、ただならぬ雰囲気に身体を震わす。
どうやら情報は確かなようだ。墓地だという話と少々異なるが間違いない。
目に付く物を売り飛ばすだけでも一生遊んで暮らせるだけの金は作れるだろうが、こんなにも大量の武具を持ち帰れる荷馬車など引いて来てはいない。
本命は枯れた木の下。女王の死体と共に何が出てくるのか楽しみで仕方がなかった。
宝石がふんだんにあしらわれた冠か、はたまた金塊が詰まった箱か。
何度捨てて帰ろうと思ったかわからないシャベルの重みが、これから得ることになる富の重さを示唆しているようだ。
滲み出る興奮と欲望を握りしめ、木の麓へ喉を鳴らしながら歩み寄っていく。
━━━━立ち去りたまえ。ここに貴公らの望む物は何も無い。
それは静かに鳴った。
幸福を目の前に突然発せられる声へ驚きを隠せなかった。
枯れた大樹に背中を預け、雑草が芽吹いては錆だらけになった鎧。
鈍く輝くヘルムから僅かに覗く赤い空虚。
刃こぼれだらけの剣を大事そうに抱え、人の形を保った甲冑。ぴくりとも動かないそれから声が発せられたのだ。
まるで抑揚もなく、何の感情も含まない死者の声。
数羽の小鳥が止まっては囀り、動物でさえそれが人間だという警戒心を抱かせぬ鉄塊。
「うお! 驚かすんじゃねぇよ! 何者だテメェ!」
驚きで尻餅をつきかけた相棒の問いかけなど、聞こえていないと言わんばかりに亡霊は続ける。
「金が必要だというなら辺りにある武具を持って行くがいい。それなりの額になるはずだ」
「はっ! こんなもんを大量に抱えて、どうやって山を下りろって? えっちらおっちら一つ運んではまた一つってか。それとも騎士様が死人みたいな身体で手伝ってくれるんですかねぇ」
一時は驚いてしまったが、不意をつかれたことによる吃驚であり、わかってしまえばなんてことはない。
雇われた墓守だろうが、生き残った兵士だろうが、刃向かう意思を見せれば殺してしまえばいい。
「邪魔なんだよ。ちーっとばっかし退いてな」
未だ何の動きも見せない薄汚れた甲冑の肩を蹴り飛ばそうと、足をゆっくりと持ち上げる。
しかし、蹴り倒した足へ返ってくる感触は無かった。
晴れ渡る空を背景に、飛び立っていく小鳥と舞い上がった何かをぼーっと眺める。
俺はいつの間にか空を見上げていて、本来そこにあるはずのない見覚えのある足が、血を雨のように降らしながら宙を踊っていた。
横を見れば既に肉塊となった相棒の姿。逆を見れば積み上げられた屍の山。
その瞬間に全てを悟った━━━━。
━━━━あぁ、これまでに見てきた死体は亡国の残党などではなく、俺達自身だったのだと。
「我々には静かに眠ることさえ許されぬというのか……」
薄れ行く意識と共に聞こえた妙に鮮明な声は、酷く哀しい、絶望を帯びていた。




