サバイバル4
12
「俺はホーリーナイトを抜ける」
「は?」
三人の山賊は凍りついた。
目が大きく見開かれ、瞳孔が一瞬縮まる。
次いで、三人とも同じように首をわずかに傾げ、きょとんとした表情を浮かべた。
いつもの凶悪な眼光はどこへやら、ただただ呆然と、信じられないものを見る子供のような顔になっていた。
きっかけはボルトの持ち帰ってきた情報だった。
我が故郷、アストランディアにて志願兵を募るというもの。
アストランディアでは通常、義務の兵役を用いない。
志願する者が後を絶たないので、義務にせずとも人が集まってくるのだ。
それはひとえに女王のカリスマ性によるもの。
あのとき感じた「何か」が正しいものであったことを改めて実感する。
それに加えて、ホーリーナイトは十分に大きくなった。
今やあぶれ者達の避難所として、山の奥に昔では考えられないほどの大きなアジトを構えている。
建築に見識がある者を迎え入れてから、規模を一気に拡大していった。
アジトの中心部は、木々を切り拓いた広場を中心に活気づいていた。
人数も増え、五十人程度の大所帯となった。
山賊たちが、粗末な麻の服に革の胸当てを身に着け、酒瓶を片手に大声で笑い合っている。
広場の端では何人かが剣の稽古に励み、金属がぶつかる鋭い音が響く。
一方、身寄りのない女や子供たちが火を囲んで鍋をかき回し、昨日略奪したと思しき銀の食器や色褪せた旗、傷だらけの盾が無造作に積み上げられた戦利品を選別している。
すべてが乱雑で、荒々しく、しかし確かな力と組織力を感じさせる光景だった。
遠くの川のせせらぎが天然の堀のようにアジトを守り、木々の高い枝には見張りが潜んで鋭い視線を森の外へと向けている。
非常に住みやすく、居心地のいいものだった。
目的を忘れてしまいそうになるぐらいには。
「団を抜けて、アストランディアへ兵士として志願しにいく。ホーリーナイトはお前達に任せる」
「ちょちょちょっと待ってくだせえ! いきなり過ぎやしませんか?」
「そうですよ! それに貴方がいなけりゃここは成り立ちませんよ!」
「俺はそんなつもりで教えたわけじゃねぇぞ、ハルト!」
三人が一斉に興奮状態になり、俺を止めようと必死に身振り手振りで捲し立てる圧力が、目の前で渦巻いていた。
「悪いな。俺は元々兵士になるために森で鍛えていただけだ。お前達と出会ったのは偶然で、団を作ったのも気まぐれだ」
「そんなぁ……」
レックの瞳が熱を帯び、瞬きするたびに光が揺れた。
頰に伝う寸前で堪えようとするが、目元がわずかに震え、潤んだ輝きが濃くなっていく。
こいつらは薄情だ。だから、もっとあっさりとした別れになると思っていた。
ここまで大きくなればこっちのものだと、俺のことを目の上のたんこぶぐらいに感じているだろうと。
思えば馴れ合い過ぎたのかもしれない。
おかげで頭と手下ではなく、友のような関係になってしまった。
特にボルトは事あるごとに父親ヅラをしてくるので、鬱陶しいことこの上ない。
当初の目的は達成出来た。
こいつらとは不思議な関係になってしまったが、予想以上の効果を得られたはずだ。
俺はゆっくりと息を吐き、三人の顔を順番に見つめた。
レック、ボルト、そして最後にガルド。
それぞれの瞳に映る俺の姿が、妙にくっきりしている。
「レック。お前は、誰より仲間を大事にする。喧嘩が起きても、必ず間に入って宥めようとする。あの優しさは、ホーリーナイトをここまで大きくした一番の理由だ。俺なんか居なくてもよかったぐらいにな」
レックの肩がびくりと震えた。
堪えていた涙が、とうとう一筋、頰を伝って落ちる。
慌てて手の甲で拭う仕草が、いつもの強がりとは裏腹に幼く見えた。
「ボルト。お前は頭が切れる。物資の管理、交易ルートの見極め、敵の動きを読む目……全部、お前がいなきゃここは回らなかった。面倒くさがり屋のくせに、誰も頼まなくても一番先に動くところは誇っていい。あと、俺に父親はいらん」
ボルトは口をへの字に曲げ、太い腕を組んだまま目を逸らした。
鼻を大きく鳴らす音が聞こえる。
いつもの威圧的な態度が、今日はただの照れ隠しにしか見えなかった。
「ガルド。お前は……お前はー……そうだな。特に何もない」
「ひどくありゃしませんか?」
「すまん。冗談だ」
「ガルド。お前は、戦うことに一番純粋だ。俺の相手を出来るのはお前だけだった。力任せじゃなく、ちゃんと相手を見て技を磨く姿勢は、他の奴らにいい影響を与えてる。……お前がいる限り、ホーリーナイトが負けることはない」
ガルドは無言で拳を握りしめ、唇を強く噛んでいた。
目尻が赤く染まり、喉がごくりと動く。
普段は一番無口で、一番荒っぽい男が、今は言葉を失っている。
三人の沈黙が、広場の喧騒を遠くに押しやるように重く落ちた。
「だから、もう俺は必要ない。お前ら三人で十分にやっていける。いや、俺がいた頃より上手くやれるだろう」
腰の剣を外し、ガルドの足元に置いた。
こいつらと出会った頃に初めて得た戦利品だ。ずっと共にあり、成長に一役買ってくれた。
もう、俺が持っている必要はない。
「ハルト……本当に、行くのかよ」
ボルトの声が掠れていた。
「ああ。言っただろ。俺は最初から、兵士になるためにここにいただけだ。ただ、お前らと過ごした時間は……悪くなかったよ。意外とな」
レックが何か言いかけた口を、ガルドが太い手で塞いだ。
ガルドはゆっくりと頷き、俺の肩に一度だけ、力強く手を置いた。
それだけで十分だった。
俺は三人に向かって軽く手を上げ、踵を返した。
背後から、酒を煽る声や剣のぶつかる音が再び大きくなり始める。
しかし、集団に混じる三人の気配だけは、ずっと俺の背中を見つめ続けていた。
山の出口まで歩くと、小さな狼と目が合った。
その目はあの日と変わらない。
俺は小さく呟いた。
「……ありがとうな」
風が木々の葉を揺らし、まるで代わりに答えてくれたように、柔らかく俺の頰を撫でた。
アストランディアへの道は、まだ遠い。だが、足取りは軽かった。
後ろ髪を引かれる思いは、確かにあった。
それでも、振り返ることはなかった。




