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古代に転生、後宮争いなんてお断り! ——女帝として天下に君臨する  作者: 予也木


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19/21

俺の馬が速いから

「あ……あぁっ……」

 女は男の上に跨がり、激しく腰を上下させ続けていた。

「あっ」

 男の腰が一瞬、力を抜いて弛緩した。

 女の平手打ちが男の頬へ容赦なく飛んだ。

「我慢しな」

 男の眉が限界を迎えて小刻みに震え出した。

 女はもう一発、強烈な平手打ちを浴びせた。

「役立たずが」

 まだ完全に満足しきってはいなかったが、女は男の体から素気なく這い降りた。

「このアマが……!」

 男はずきずきと痛む頬を押さえ、寝台から跳ね起きて拳を振り上げ、片手で女の長い髪を乱暴に鷲掴みにした。

「女はな、男を気持ちよくさせるために――」

 その言葉は唐突に途切れた。

 髪をきつく引っ張っていた指先から、急速に力が抜けていく。女は軽く首を振って髪をほどき、丁寧に長い黒髪を梳かし、襟元を整えた。隣で驚愕の表情を貼り付けたまま息絶えた男の死体など、目もくれなかった。


「ふぅ」

 彼女は立ち上がると、卓の上の小さな酒杯を手に取り、袂(たもと)へと滑り込ませた。

 彼女にとって、男を殺すことなど造作もない。ただ「抱かせてやる」と言えば済む話だ。

 二人で軽く酒を酌み交わし、激しく興奮したところで、あっけなく事切れる。


 屋敷の勝手口から抜け出し、ほんの数歩歩いて角を曲がると、すでに一台の馬車が待機していた。彼女は帳をくぐって中へ滑り込んだ。

 山羊髭を蓄えた老人がすでに待ち構えていた。

「ほらよ」

 老人は布袋を一つ差し出した。女は受け取り、手のひらでその重さを確かめた。

「……たったこれだけ?」

 老人は呆れたように口を尖らせ、首を振った。

「夫を殺してくれと頼んでくるような女だぞ。どれほど金を持ってるってんだ? 金があるなら、そもそも亭主を殺す必要がどこにある? 手下に身辺を探らせたがね、あの女の一生分の貯えがそれだ」

「はぁ」

 女は袋の口を広げて中を覗き込んだ。中くらいの大きさの銀錠が三つ。そのうち一つはすっかり黒ずんでおり、目減りを差し引けばせいぜい三十両といったところだ。

「小綺麗な銀貨はあんたが掠め取ったんじゃないの?」

「贅沢を言うな! 今や小さな商隊が一仕事請け負ったって、稼ぎはせいぜい数十両だぞ」

 老人が前方の仕切り板を小突くと、御者が馬を走らせ始めた。

「けっ。じゃあ何で大商会と比べないのよ」

 彼女は銀貨を懐にしまうと、空いた手で袖から小さな酒杯を取り出した。

「これ、捨てといて」

「まったく」

 老人も忌々しそうに舌を打ち、端切れの布を使って杯を受け取った。


「で、大きなヤマはあるの?」

「ある」

「あるなら早く言いなさいよ」

「おめえには無理だ」

「言ってもみなきゃ、やれるかどうか分からないでしょ」

「標的が皇宮の中にいる」

「……そりゃあ本当に無理ね」

 女は腕を組んで座り込み、不機嫌そうにふてくされた。

「どこのどいつよ、そんな割の合わない依頼を出したのは」

「皇宮の中まで確実に送り込める伝手があるからこそ、依頼を出すに決まってんだろ」

「へぇ、しくじったら中で野垂れ死にじゃない」

「抜け穴が一つある。侵入してから七日後に、その穴がもう一度開く手はずだ。それを逃せば、中でずっと宮女として生きていくしかねえがな」

「ぷっ……どんな間抜けがそんな貧乏くじを引くってのよ」

「みんな頭を抱えて検討してるところだ」

「何を悩む必要があるの? 作法も何も知らないのに、生き残れるわけないじゃない」

「三百両だぞ」

「それでも足りないわよ」

「――黄金で、だ」


 女は一瞬、世界の時が止まったかのような感覚に陥った。

「……それでも無理でしょ。失敗したら一生宮女なのよ?」

「宮女の何が不服なんだ? 毎月ちゃんとした手当が数両は出るんだぞ。なりたがる女がどれほど列をなしてると思ってやがる」

 老人は車輪が土煙を上げてガタゴトと音を立てるのを聞きながら、嘆息混じりに言った。

「おめえは人を殺す感覚が麻痺しちまってるんだ。普通の女にとっちゃ、一年で十両も稼げりゃ天にも昇る思いなんだよ」

「誰を脅そうとしてんのよ。江南の女なら、年収四十両稼ぐ者も少なくないって聞いてるわ」

「やれやれ」老人は再び頭を振った。「そりゃ腕の立つ真っ当な機織り職人の話だ」

「ふん」

 言い負かされたと悟り、女はそっぽを向いた。


 馬車が一軒の宿場で止まった。老人は折りたたまれた一枚の紙片を差し出した。

「また十人目を仕留めたな。これが新しい名だ」

 彼女は偽の戸籍の紙を受け取り、車から飛び降りようとした。

「言い忘れてたが」老人が唐突に口を開いた。

「何?」彼女は再び座席に腰を戻した。

「宮中の太監どもは出入りが多くて耳が早い。知りたいことなら何だって探り出せる環境だぞ」

「へぇ……要するに、あんたがその黄金三百両に目が眩んだってわけね」

「しくじったとしても、二年ほど我慢して宮女を務め上げれば、外に出てこられる手はずにはなってる」

「……」

「どうした?」

「あんたの取り分はいくらなの? 正直に吐きなさい」

 女は手首を一閃させ、袖口から覗かせた短剣の柄を老人のこめかみに突きつけた。

「……元値は五百両だ」

「狂ってんじゃないの!? 後方支援のくせに何もしないで二百両も抜く気!?」

「話せばわかる、交渉次第だ」

「四百九十両」彼女は言い捨てながら馬車を降りた。

「……おい!」

「親方、馬を一頭!」

 彼女はすぐさま宿場の男と馬の値段交渉を始めた。

「ま、待て、戻れ! 四百八十両!」

 馬車の中から掠れた叫び声が響いた。

「四百九十両ポッキリよ」

 彼女は振り返りもしない。

「わかった、わかったよ! 四百九十両で手を打つ!」

 女は薄く笑みを浮かべた。くたばり損ないのクソジジイめ。どうせ自分以外に適齢の使い物になる女が手元にいなかったに違いないのだ。


 ……

 ……


「ハァッ!」

 駿馬が大地を蹴る。

(こんな寒村、人なんだか幽霊なんだかも分かりゃしない。反吐が出るほど退屈ね)

 土煙が激しく舞い上がる。

 彼女はそう毒づきながら、顔を覆う薄布をきつく締め直し、太ももで馬腹を挟み込んだ。馬はさらに速度を上げる。

 半日ほど駆けても、村々の土壁や屋根には一向に活気が見られなかった。灰色にくすんだ土くればかりで、まともな煉瓦造りの家すらない。

 かつては豊かな土地だったと聞いていたのに、どうしてこうも成り果てたのか。道の両脇には畑が広がっていた。だが、作物はまばらで、水路も干上がりかけている。土壁の家々と同じく、畑にも活気はなかった。


(こんな土地で、何が採れるっていうのよ)


 彼女は興味を失い、眉をひそめながら馬の腹を軽く蹴った。川を渡ろうとしたところで、橋のたもとに一人の男が立っているのが目に入った。

 手にした長い棒を、行く手を塞ぐように横へと突き出してくる。


 彼女は間一髪で手綱を引き絞った。

「橋の通行料だ」

「いくら?」

「二十文」

「たったこれっぽっちのボロ橋で?」

 彼女は対岸を見やった。せいぜい二十メートルほどの川幅だ。

「そうだ、二十文だ」

「あんた、役所の人間?」

「そうとも言えるし、違うとも言えるな。とにかくこの橋は、俺たちが銭を出して架けたもんだ」

(はぁ?)

 彼女が馬の体勢を立て直していると、すぐ脇で一人の老爺がおもむろに衣服を脱ぎ捨てた。驚いて目を向けると、老爺は脱いだ服を手慣れた様子で頭の上に括り付け、川の中へと飛び込んで器用に泳ぎ渡っていくではないか。

「銭をケチるわけにはいかねえぞ。それから、あの先にある街道も俺たちが普請した道だ。上京するなら十両だ。そうすりゃあの極上の道を通らせてやる」

 棒を持った男は親指を立て、遠くに見える城壁のほうを指差した。

 立派とは言い難い城門の前にも、同じように棒を構えた男が二人立っていた。

「同格の官道だって五両が相場よ。お上が道を直すのは当たり前の義務でしょうが。なんで余計にふんだくるわけ?」

「速くて、平らで、揺れねえからだ」

 男は尊大に顎をしゃくった。

「他の回り道を行けば都まで三日かかるが、あの道を行けば半日早く着くぜ」

「へぇ」

 彼女は馬の首筋を軽く叩いた。馬が鼻から大きなため息を漏らす。

「それだけいい馬に乗ってて、十両が惜しいってのか?」

 男が棒を揺らし、天を仰いで嘲笑した――

 女は迷わず身を乗り出し、木の棒の先端を鷲掴みにした。男は警戒して両手で棒を引き戻そうとした。だが、女はその力を利用し、棒の端を男の腹へと思い切り突き込んだ。

 男が腹を押さえてよろめいた瞬間、その脳天に鈍い一撃が叩き込まれる。

 周囲で固唾を呑んで見ていた群衆から、どよめきと歓声が次々に沸き起こった。女はますます愉快になり、奪い取った棒を一閃させて男を川の中へと蹴落とした。


「いいぞ! よくやった!」

「ざまあ見ろ!」


 降り注ぐ歓声の中、彼女は再び馬を走らせた。木橋を一気に駆け抜けると、街道沿いの民家が猛烈な勢いで後ろへと飛び去っていく。百メートルも進めば、行く手に例の城門が迫る。

 二人の門番も異変に気づいたのか、不安げに彼女を凝視し、棒を両手で固く握りしめて迎撃の構えを取っていた。

「ふん」

 彼女は馬を減速させることなく突進させ、手にした長棒を横殴りに投げつけた。二人が反射的に棒を掲げて防いだ瞬間、彼女は袖口から短剣を抜き放ち、二人の喉元の高さを目掛けて鋭く横薙ぎに払った。

 門番たちは切っ先がかすめただけで腰を抜かし、血相を変えて数歩後退して辛うじて命拾いをした。浅い皮一枚の傷で済んだのは、ただの運の良さだ。


「あっはははは! いい気味だこと!」

 彼女は高笑いを響かせながら砂煙を残して駆け抜けた。

 どうせあの依頼を引き受けたのだ。この偽名を使うのもあと数日のこと、宮中に入ればまた別の名に化けるのだから、小役人崩れを二人ばかり斬りつけたところで何の問題もない。


 ダッダッダッ、と規則正しく響く蹄の音。

 彼女にはそれが、この上なく耳に心地よかった。

(俺が上京するのが速いってんなら、それは俺の馬が速いからだぜ!)

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