やっぱり命が一番大事だ
「チー!」
杜尋雲は若竹と聴蘭に付き合ってもらい、葉子牌の規則を復習していた。
要するに細長い紙札の一種である。現代のトランプよりずっと幅が狭く、指の間に挟んで持てる。ルールも大きい札が小さい札を食う仕組みで、絵柄には麻雀牌のように索子や筒子に似た線や丸が描かれていた。
どこの世界に行っても、この手のカードゲームというのは自然発生するものらしい。
「ロン!」
ただ、目の前の相手に勝つのは至難の業だった。杜尋雲はほかの貴人たちを前にして、己の手腕のなさを痛感するほかない。
「王貴人様、本日はまことについていらっしゃいますね!」と、容貴人が上機嫌に札を切り混ぜる。
「まさかまさか、ちょっとした追い風に乗っただけですわ~」
杜尋雲は二人の砕けた口調を聞きながら、その親密さが想像をはるかに超えていることを察した。気を抜いて庭園の腰掛けにぐったりともたれかかりそうになる。だが辛うじて理性を保ち、優雅な座り姿を維持した。とはいえ、葉子牌の付属の石で勝ち負けを数えるこの賭け事よりも。
キンキンに冷えたビールが一本ほしいところだった。
「蕭貴人、今日はご自分の幸運の席に座っていらっしゃるのに、どうして本領を発揮なさらないの?」
王貴人が冗談めかして杜尋雲の肩を小突いた。
幸運の席?
ただ自然に空いていた席に座っただけなのに、ここは蕭雁綾がいつも好んで陣取っていた場所だったのだろうか。
宮廷庭園の妙味は、どの角度から眺めても愛でるべき花が視界に入る点にある。しかし元の世界での杜尋雲は風流を解す質ではなく、美しいとされる細部に気を配る習慣もなかった。
この地において、花を愛でることは一種の教養である。杜尋雲も己が一から学び直さねばならないと痛感していたが、生まれ持った性格を思えば、我ながら期待も自信も持てなかった。
杜尋雲は二人の動きに合わせて札を引く。
この沁花園の出入り口には宦官が控えており、誰がいつ来ていつ立ち去ったか、すべて宮中の台帳に克明に記録されている。
宮女たちは主人の興を削がないよう、かつ必要な給仕にすぐ応じられるよう、いつもより数歩下がった位置で待機していた。門口の宦官たちも、折に触れて園内へと視線を走らせている。
それゆえに、後宮の内部で御前侍衛と逢瀬を重ねるなど絶対に不可能だと彼女は確信していた。
手元の札を広げた容貴人は、悪くない手牌らしく満足げな表情を浮かべた。
「蕭貴人、慎刑司へ赴かれたと伺いましたけれど」
あっ。
来た。
やはり広まっていたか。
「ええ、まあ」と、杜尋雲は札を一枚捨てる。
「わたくし、まだ足を踏み入れたことがございませんの。ひどく恐ろしい場所だと耳にしますけれど!」と、王貴人がすかさず口を挟んだ。「中はどのようなところでして?」
「中までは見ておりませんの。大阿哥(第一皇子)様から賜った宦官を引き取っただけでして」
「左様でございましたか」
「ええ」
杜尋雲は平然とした手つきで順番通りに札を出した。
少しずつ要領が掴めてきた。
彼女は二人がさらに何か探りを入れてこないか、身構えながら待っていた。
ふう……。
「上がりました」
杜尋雲は手札をすべて出し切り、背もたれに身を預けた。残る二人はまだ何巡か打ち合わねばならないようだ。
杜尋雲は平静を装いながら周囲をぐるりと見渡した。先ほど入園した際は緊張のあまり、怪しまれまいと念入りに観察する余裕がなかったのだ。庭園の池は思いのほか広く、水面には蓮の葉が揺れ、その上には九曲橋が渡されている。どれも現代で見慣れた光景であり、この世界もあながち隔絶した異境ではないように思えてくる。
すっかり気が緩み、だらしなく足を崩しそうになったその瞬間、彼女はこの沁花園から本殿が望めることに気がついた。
無論、本殿を仰ぎ見られる場所など宮中のあちこちにある。珍しいことではない。
天子の御座所たる本殿は、ひときわ高くそびえ立っているのだから。
肝心なのは、彼女の座るこの「幸運の席」から、本殿の高欄の片隅で行われる御前侍衛たちの交代の様子が視界に入るという点だった。
げっ!
杜尋雲は遠くを見やった。米粒ほどの大きさで、遠目には鍵束が揺れているようにしか見えない。誰が誰なのか判別すらつかないというのに、それでもここは蕭雁綾にとっての「幸運の席」だったのだ。甲冑を纏って動く小さな影を目にするだけで、杜尋雲の胸にもかすかなさざ波が広がっていく。
蕭雁綾、蕭雁綾。
正気を失っているわ。
杜尋雲は気を取り直し、札を混ぜ直す二人の貴人へ微笑みかけた。
一族皆殺しの重罪。
老いも若きも巻き添えよ。
あの男も、よくもまああなたと通じる度胸があったものだわ。
杜尋雲は自分の札を引いた。
「蕭貴人、その慎刑司で、ほかの罪人の姿を見かけたりなさいませんでした?」
容貴人が唐突に先ほどの話を蒸し返した。
杜尋雲は考え込むふりをした。「どうだったかしら……」
彼女は札を一枚捨てる。
ほかの二人もそれに続いた。
「ただ、ひどい臭いだったことだけは覚えておりますわ」
「まあ、嫌ですわ!」
二人はまるで悪臭を嗅がされたかのように、揃って身を引いた。
杜尋雲は、この会話が単なる他愛のない噂話に過ぎないと踏んだ。貴人たちはすぐさま衣の織り柄の話題へと移り、その表情にも不審な色は見当たらない。ともあれ慎刑司の一件は後宮中に知れ渡っていると見なすべきだろう。話題に上がった際は、稚拙な感想をあっけらかんと口にしておくのが得策だと彼女は決めていた。杜尋雲は卓上に札を繰り出す。そう、蕭雁綾はまだ十四歳なのだ。その年齢にふさわしい言動を取り繕わねばならない。
「妹君、明後日に無事『嬪』へお上がりになれば、わたくしたちも表でご一緒しやすくなりますわね」
王貴人が不意に口を開いた。
場は膠着状態に陥り、みな芳しくない札を引いているようだった。
明後日に「上がれば」とはどういうことか。予定通り明後日ではないのか?
杜尋雲は相槌を打った。「ええ、本当に」
昇格が無事に運べば、宮殿の主――現在の貴妃娘娘にお伺いを立てる必要はなくなる。しかし、この二人は依然として外出のたびにお伺いが必要な身であり、格段に行き来しやすくなるとも思えない。
容貴人が王貴人の頭をぽんと軽く叩く仕草をした。「馬鹿ね、どこが都合よくなりますの! 自分の宮殿を持たれたら、かえってお忙しくなりますわよ!」
「ああ、そうでしたわね」と、王貴人は札を捨てながら続けた。「わたくしには昇格の野心などございませんから、失念しておりましたわ」
「お姉様はどうして昇格をお望みでないのですか?」
杜尋雲は何気ない風を装って尋ねた。
「耳にしたのですけれど……」と、王貴人は声を潜めた。「上へ行けば行くほど足の引っ張り合いが熾烈で、みな短命だとか……」
容貴人がその肩を小突いた。「これ! おやめなさい、脅かすようなことを! おめでたい日を控えているというのに!」
「あら、妹君、怖がらないでね。わたくしが臆病なだけですの」
そう言いながら王貴人は札を出した。
杜尋雲はすでに若竹から、二人が自分より四歳年長であることを聞き及んでいた。この後宮においてはそれなりの古株である。上位の妃嬪が短命であることなど、もはや公然の秘密のようなものだ。ただ、杜尋雲自身もその知識をどこで仕入れたのか定かではない。あらゆる知識が頭の中でごちゃ混ぜになっていた。
「四阿哥様ーーっ!」
一人の宮女が悲鳴を上げて駆け寄ってくる。
杜尋雲がその視線を追うと、前方を大股で駆け抜けていく少年の姿があった。
間違いなく、転生直後に見かけたあの子だ。
やはり第四皇子だったのか。
杜尋雲の世界の筋書き通りなら。
この子こそが、未来の皇帝。
その少年が自分の左足で右足を引っ掛け、見事なまでに前のめりに転び、芝生の上をごろごろと転がった。
こいつが、未来の皇帝ですって!?
容貴人と王貴人は血相を変えて立ち上がり、駆け寄っていった。
杜尋雲は、今の自分がこの子の「義理の母」のような立場にあることを思い出した。
仕方なく、彼女も腰を上げて後を追う。
杜尋雲の目から見れば、この場の芝生は皇室御用達の極上品で、柔らかく青々と茂っている。この程度の転倒など子供にとっては痛くも痒くもなく、屋外の運動としてはむしろ健全な部類に入る。
後宮の女たちのために造られた庭園は、危険など皆無に等しい。緩やかな傾斜地であり、遠くの子供はすぐさま自力で身を起こしていた。大人が駆けつけるまでもない。
杜尋雲はほかの者たちと同じように皇族を案じる素振りを見せ、不自然な表情を悟られまいと取り繕った。
あの子守りの宮女はどうなるのだろうか。
杜尋雲は、真っ青を通り越して土気色になったその顔を見つめた。これほど凄絶な表情など見たことがない。
まさか少しかすり傷を負わせただけで打ち首になるのではあるまいな。
四阿哥は駆け寄る大人たちに手を貸されるのを待たず、跳ね起きるや否や池の方角へと駆け出した。少し離れた場所からも、別の宮女が青ざめた顔で前方から回り込もうとしている。庭園に植えられた樹木や花壇を盾にして、少年は身軽に向きを変え、追っ手を軽々と撒いていた。杜尋雲はそこで、彼が単に宮女たちをからかって遊んでいるだけだと気づいた。
この悪童が、将来の皇帝ですって!?
見ているだけで拳に力がこもる。
杜尋雲は深呼吸を繰り返し、苛立ちをねじ伏せた。
「まあ、四阿哥様、そのような危ない真似はなりませぬ!」
容貴人の甲高い声には疲弊の色が滲んでいたが、それでも必死に子供をあやすような声音を絞り出していた。
追手が群がってきたのを見て、四阿哥はますます勢いづき、あちこちに据えられた盆栽の並ぶ一角へと滑り込んだ。それらの盆栽は、鑑賞に最も適した角度になるよう、高さの異なる飾り石の上に配置されている。不注意で一つでも叩き割ろうものなら、弁償などできるはずもない。
少なくとも、宮女の手当などで購える代物ではないはずだ。
宮女たちは泣き出しそうな顔で、その区画の手前で足を緩めた。
杜尋雲はカッと頭に血が上り、己の精神が現代人の思考に完全に乗っ取られそうになるのを感じた。こんなクソガキ、とっ捕まえて尻を引っぱたいてやるべきだ。彼女はすぐさま間合いを詰め、息を切らしながらにやついている四阿哥に迫った。
落ち着け。
落ち着くのよ。
杜尋雲!
耐えるのよ!
彼女は心の中で念仏のように唱え、自制を促した。
今のあなたは蕭雁綾なのよ!
蕭雁綾なんだから!
ふう。
杜尋雲はわずかに歩調を緩めた。
四阿哥もさすがに疲れが出たのか、足取りが鈍っている。
二人は前後して池のほとりへとたどり着いた。辺りには、もう逃げ回れるような木立はない。
「四阿哥、遊びはここまでにいたしましょう」
杜尋雲は膝に手を当て、息が切れたふりをした。
四阿哥は頬を上気させ、彼女を見上げてこくりと頷いた。
間近で見れば確かに十歳前後である。杜尋雲の見立てに狂いはなかった。十歳にもなってこれほど悪辣な悪戯を仕掛けてくるとは、手の焼ける話だ。
「蕭貴人は息災であるな」
四阿哥は唐突に尊大な態度を取り、人差し指を突き出した。
「褒めてつかわすぞ」
この!
このガキが……!
杜尋雲は煮えくり返る怒りを腹の底に押し込めた。
「阿哥様もお見事であられました」
彼女はその肩をぽんと叩いた。
――ドボン。
少年は池の中へと転がり落ちていった。




