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私たちの、フェアリーテイル  作者: ゼットン
一章 毒リンゴの呪いから目覚めて
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1-2 天空のお妃様(笑)

〝天空のお妃様〟。我が青嵐せいらん高等学校に轟く、天空橋妃奈の通り名である。


 由来としては珍妙で大仰な名前も関係しているが、一番は本人の人間性にあるだろう。青嵐高校は進学校としても有名であるが、陸上の強豪校としても名を馳せる学校だ。


 天空橋は成績もトップにして、女子陸上でもエースを務める超優等生だった。加えて人目を惹くクォーターでもあるため多くの生徒にとっては憧れの対象として、教師からは期待の新星として一目置かれる存在だったが、唯一欠点があった。


 優れた能力を持つためにプライドが人一倍高く、他人と馴れ合うことはしなかった。ゆえに天空のお妃様と揶揄され、学内では畏怖されている。


 まさか、そんなお妃様と朝っぱらから顔を突き合わせることになるとは。せっかくお兄ちゃんと一緒に登校できそうだったのにツイていないと運命を呪いそうになるが、そうも言ってられない。


 お兄ちゃんとの朝デートをも上回る優先事項が出来てしまったのだから。


「で、パイセン。タイムスリップがどうとかって、言ってましたよね?」


 青嵐高校の校舎裏で、天空橋と対峙する。


 相変わらず、ルックスやスタイルはモデルかと見紛うほどに綺麗に整っていて、腹が立つ。無駄なストレスを解消するためにも、単刀直入に本題を切り出す私にむかって、天空橋は眦を吊り上げる。


「えぇ、そうよ。ていうかそのパイセンっての、やめてくれない? めちゃくちゃムカつくから」


「あら、それはそれは失礼しました。ほら私ってピュアで嘘つけないじゃないですか、お兄ちゃん譲りで。なので、私なりに最大限のリスペクトを込めた呼び方なんですけどね」


 つーか、心の中では呼び捨てにしてるっつーの。


「よく言うわよ。兄貴に恋心を隠して接してるくせに」


「それはパイセンも同じですよ。あなただって、恋心を隠してよきライバルを演じているじゃないですか」


「……確かにそうね。だからこそ、バレンタインに本命チョコを渡して、告白しようとしたの」


 でもね、と天空橋が溜息を吐く。頭痛を覚えたようにこめかみを押さえ、緩くかぶりを振る。


「とんだ邪魔が入ったのよ。どっかの誰かが廊下を全力ダッシュしてあたしにぶつかって、チョコが割れたの。それで文句をつけようと追いかけたら、そのバカは赤信号なのに道路に突っ込んだ」


「……え、それって」


「あんたよ、甘露寺姫子。咄嗟に突き飛ばそうとしたけど、間に合わなくて。あたしも事故の巻き添えを喰らった……はずなのに、あたしたちはピンピンしてる。それどころか、目覚めたら今日はバレンタインでもなくて、一月十四日になっていた。ねぇこれって、ただの悪い夢なのかしら」


「……いえ、夢じゃないと思います。残念ながら」


「ていうことは、あんたにも自覚はあるのよね? 事故に遭ったことも、バレンタインから時間が巻き戻っていることも」


「……はい」


 偶然にも二人して同じ夢を体験したということはないだろう。原理はどうあれ、私と天空橋はタイムスリップをしてしまったようだ。


 あの忌まわしいバレンタインデーから一ヶ月前の世界に。


「あたしが駆に告白するって伝えて、あんたも告白するって言ったわよね? なに、途中で怖気づいたの? それで逃げ出したの? 巻き込まれたこっちはいい迷惑なんだけど」


「……いえ、そうじゃないです。私もちゃんと告ろうと思いました。お兄ちゃんにチョコを渡そうとして……すっごいものを見ちゃったんです」


「すっごいもの?」


「お兄ちゃんが、私と同じクラスの男子とキスしてたんです」


「……は?」


 私からのタレコミには、さすがの天空のお妃様も度肝を抜かれたらしい。目を丸くさせて口をぽかんと開け、見事なまでの間抜け面を晒す。


「なに言ってんの? この期に及んで、あたしをからかって楽しんでるの?」


「信じられないのはわかります。でも、大マジなんです。私は見たんです。上時雨始っていう男子がお兄ちゃんに告白して、キスしているところを」


「かみしぐれ……はじめ」


 なにか思い当たる節があるのだろうか。噛み締めるように反芻して、天空橋は考え込む。


 ほどなくして瞑っていた瞼が押し開けられ、露わになった榛色の瞳が激しく揺らぐ。


「パイセン? どうしたんですか?」


「どこかで聞き覚えのある名前だと思ってたけど……わかったわ。駆と行きつけのラーメン屋に寄ったとき……見ちゃったの。〝はじめ〟って登録されたアカウントから

〝今度、楽しみです〟ってメッセージが来てたのを」


「え、マジですか?」


「あたしもびっくりした。でも、そこから駆は練習の合間にもスマホを弄るようになって……たぶん、その〝はじめ〟とやり取りしてるんだと思った。それで、焦ったの。あいつにとっての親友が……あたしじゃなくなるんじゃないかって」


「なるほど。それで、パイセンはお兄ちゃんに告ろうとしたんですね」


 おかしいとは思っていた。


 天空のお妃様の気質が災いして、天空橋はお兄ちゃんとの関係を友達以上にすることに躊躇していた。これなら当分は大丈夫だろうと私も高を括っていたのだが、脈絡もなくお兄ちゃんに告白をすると宣言をされて驚いた。


 てっきりバレンタインというイベントに触発されたのかと予想していたが、上時雨くんがきっかけだったなんて。


「パイセン、提案があります。ここは一時休戦といきませんか?」


「え、休戦? あんたとあたしで手を組むってこと?」


「ご明察です。パイセン、これはチャンスです。タイムスリップのことはこの際どうでもいいです。問題はお兄ちゃんを横取りされたことです……しかも、男子に。私たちはそのことを知っています。なら、二人の関係性を調べて、食い止めることだってできるかもしれません!」


「タイムスリップよりも重大な問題ねぇ。本当にあんたって救いようのないブラコンよね」


 呆れたように肩を竦めて、天空橋は頬を掻く。天を仰いで、どうしたものかと迷っているようだったが、すぐに結論は出たらしい。


 深々と項垂れてから、「いいわよ」と首を縦に振る。


「癪だけど、今回ばっかりはあんたに賛成よ。どこの馬の骨だか知らない奴に駆を盗られるのは我慢ならないし。協力してあげる」


「素直じゃないですね、まったく。顔は良いのに、そういうところが可愛くないんですよパイセンは」


「うっさい。余計なお世話よ」 


 売り言葉に買い言葉。互いに火花を散らしながらも、手を差し出す。


 天空橋のしなやな指と爪にマニキュアを塗った私の指が絡む。真冬の寒さでかじかんでいた掌が触れ合った体温で溶け、胸の奥に秘める魂が熱く滾った。

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