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私たちの、フェアリーテイル  作者: ゼットン
一章 毒リンゴの呪いから目覚めて
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1-1 私の夢はお姫様になること!

 小学六年生の頃、授業参観に際して作文を発表することになった。来年から中学校に進学するにあたって、改めて自分の人生の目標を定めてほしいと担任教師は説明し、テーマはあなたの夢はなんですか? と取るに足らないありきたりなものに設定された。


 そして、迎えた授業参観当日。順にクラスメイトたちが自分の夢を発表していくが、小学六年生ともなればある程度の分別はつくようになる。


 大それたものではなく、公務員や看護師、大企業のサラリーマンなどの現実味を帯びた目標が掲げられる様を傍観しながら、嘆息する。


 どいつもこいつもつまらない奴ばっか。わざわざ公衆の面前で打ち明けるというのに、どうして現実的なものを夢としているのだろう。もっとロマンティックな夢を見たっていいのに。


 やがて、私の順番が回ってくる。クラスメイトや担任教師だけじゃなく、参観する父兄の注目が集まるなかで、声高に宣ってみせる。



「私の夢は、お姫様になることです!」


 それは、物心ついたときから抱いてきた夢だった。


 女子なら必ず通る道ではあるだろう。やたら陽気なネズミのマスコットキャラクターが有名な海外企業が手掛けるおとぎ話をベースにしたファンタジー映画にときめき、登場するプリンセスに憧れるのは。


 しかし、小学六年生にもなってそんな子供じみたことを口にする私に共感してくれる人はいなかった。拍手が起こることはなく、クラスメイトたちは爆笑し、父兄や担任教師は忍び笑いを漏らしていた。


「――なれるよ! ヒメなら!」


 私を中心に居心地の悪い世界が展開するなかで、一つの拍手が弾ける。反射的に全員の視線が吸い寄せられると、黒い学ランに身を包んだ中学生が惜しみなく手を叩いていた。


「お兄ちゃん……なんで」


 元々、仕事が忙しいということで両親が授業参観に来ないことは知らされていた。小学校で最後の授業参観だったので残念ではあったが、パパもママも家族のために働いてくれているのだ。ワガママを言うわけにもいかず、「わかった」と頷いていたが、お兄ちゃんにはお見通しだったのだろうか。


 部活終わりに駆けつけてくれたらしきお兄ちゃんは、汗を滲ませながらも私のバカげた夢を認めてくれた。


 どきんと心臓が高鳴る。頬が熱くなって、耳鳴りがする。席に座ることも忘れて立ち尽くしながら、悟った。


 そっか。別に私はお姫様みたいな格好とか生活をしたいわけじゃない。綺麗なドレスを纏いたいわけでも、煌びやかなお城に住みたいわけでもない。プリンセスにとってのプリンスのような〝運命の人〟と結ばれて、幸せになりたいだけだ。


 そして、私にとっての〝運命の人〟は――


「ん……ううん?」


 なんだって、こんな昔のことを思い出しているのだろう。しかも、初恋したときのきっかけなんて。


 あれかな? バレンタインだからかな。本命チョコを作って、お兄ちゃんに告白しようとして……上時雨くんとキスしているところを目撃して、ショックのあまりに道路に飛び出して、車に轢かれたから、一番大切にしている記憶を回想してるのかな。


「――いや、それって走馬灯じゃん!」


 微睡みのなかでよぎる思考にツッコミを入れて、跳ね起きる。途端、額がごちん! となにかに激突し、軽い脳震盪に陥る。視界に星が飛び散り、痛みが疼く。歯を食い縛って堪えていると、同じような唸り声が聞こえてきた。


「あ、あれ? お兄ちゃん?」


「お、おう。おはよう……ヒメ」


 私と同じように額を押さえてうずくまっていたのは、愛しの兄である甘露寺駆だった。


 どうやら、私はお兄ちゃんと衝突したらしい。端正な顔立ちを歪めて苦悶するお兄ちゃんに近づいて、頭を撫でる。


「だ、大丈夫? お兄ちゃん。ごめんね、私がいきなり起き上がったから……」


「き、気にすんなって。ヒメこそ平気か? すごい音したし……珍しく寝坊もしてたみたいだし」


「へ? 寝坊?」


 なんのことかと、目を丸くする。枕元に放っていたスマホを手に取って、時刻を確認する。


〝1月14日 AM6時〟。たしかに普段は午前五時には起床をしている私にとっては大幅に遅刻してしまっている。


 しかし、私が驚いたのは時間ではない。〝一月十四日〟という日付に、目線が釘付けになる。


「お兄ちゃん……いまって二月だよね? 二月の十四日だよね? 恋する乙女にとって戦いの日でもあるバレンタインデーだよね?」


「え? 違うけど。成人の日も終わった連休明けの一月十四日だぞ? 寝惚けてるのかよ、ヒメ」


「うそ……一月十四日?」


 いくらお兄ちゃんが相手であっても、にわかには信じられない。


 いまが一月十四日であるというのなら、私に刻まれた記憶はなんだっていうんだ。バレンタイン当日どころか、それに至るまでの日のことだって覚えているのに。一月末に開催された学年末考査の内容だって、バレンタインに向けてママにチョコレートの相談をしたことだって、クラスメイトの加賀美妙かがみたえに告白の練習に付き合ってもらったのだって、鮮明に思い返せる。


 ぜんぶ、夢だったのだろうか。お兄ちゃんが上時雨くんにキスしていたことも、私が交通事故に遭ったことも。だとしたらまぁ、嬉しいんだけど。


「おいおい、本当に大丈夫か? やっぱ具合でも悪いんじゃないか?」


 理解の範疇を超えた事態に戸惑っていると、心配をしたお兄ちゃんが腕を伸ばしてくる。男性特有の大きくて骨張った手が私の額を擦り、掌が押し付けられる。次いで、お兄ちゃんはセンターパートに分けた前髪を持ち上げると、おもむろに私の額と自分の額を合わせた。


「は、はわわわ……!? お兄ちゃん、なにを!?」


 眼前にお兄ちゃんの顔が迫り、目が泳ぐ。鼻先が掠れ合いかねない至近距離に取り乱すが、お兄ちゃんはまるで解放してくれない。


「なにをって、熱を計ってんだよ。ヒメは昔から体調を崩しがちだしな。父さんが単身赴任になって、母さんが付き添うようになってから家事も任せっきりだし。無茶してるんじゃないか?」


「そ、そんなことないよ。好きでやっているだけだし……お兄ちゃんには陸上に専念してほしいし」


「ほら、そういうこと言うだろ? ま、熱はないみたいだけど」


 私としては一気に体温は上昇した気がするが、その熱はお兄ちゃんには伝わらなかったらしい。少女漫画では古典的とされる検温を終えたお兄ちゃんは安堵の息を吐いて、私を解放する。……もうちょっと続けてくれても構わないんだけど。


「朝ご飯は俺が用意してるから。ヒメはさっさと支度しろ」


「え、お兄ちゃんがご飯作ってくれたの? 陸上の練習は?」


「今日は三学期の始業式だから練習はないんだ。だから、気にしなくていい。たまには兄妹水入らずで朝ご飯を食べよう」


「う、うん。わかった」


 こくりと頷くと、お兄ちゃんが柔らかく笑う。寝癖が飛び跳ねる私の頭を撫でてから、部屋を後にする。


 扉が閉まると、静寂が満ちる。耳を傾け、お兄ちゃんがリビングに入っていくのを見計らってから、私は顔を枕に埋める。


「あー、好き! 好き好き好き! マジでお兄ちゃんがお兄ちゃんでよかった! 結婚できないのが難点だけど!」


 とても胸の中には仕舞い込んでおけない感情をぶちまけて、足をバタつかせる。


 私が記憶している限り、三学期初日も変わらず午前五時に起きたはずだ。いつも通りに朝ご飯を作って、自分の分は手早く済ませる。そして、お兄ちゃんに食べてもらっている間に洗濯と掃除を完遂させていたわけだが、寝坊をすることでこんなボーナスがやってくるなんて。


 バレンタイン云々の件は置いといて、いまはお兄ちゃんとゆっくり朝ご飯を一緒にできる幸せを噛み締めようじゃないか。


「よしっ、さっそく準備しよっと」


 ベッドを抜け出して、パジャマを脱ぎ捨てる。ワイシャツに袖を通し、スカートを穿く。丈は風が吹いても下着が見えないくらいのラインを見極めて調節し、ブレザーを羽織る。それから胸元にリボンをつければJKスタイルへと様変わりするが、当然まだ準備は終わっていない。


 洗面所に向かい、眠気で緩み切った顔に冷水を浴びせて叱咤する。髪も濡らし、ドライヤーでブローをかけてから櫛を通す。洗面台にセットしてあるヘアゴムを咥えて髪を二つに束ね、括る。


 最後に教師からの指導を搔い潜るためにナチュラルに抑えたメイクを施せば、完了だ。


「改めまして、おっはよ! お兄ちゃん!」


 すっかり朝からテンションが上がってしまった私は、上機嫌にリビングの扉を開ける。すると、テレビから流れるニュースキャスターの事務的な台詞とともに、パンが焼けるような香ばしさが鼻腔をくすぐる。


 おまけに仄かに甘い匂いまで追随してきて、思わずうっとりとしてしまう。


「な、なに? すっごい良い匂いするんだけど。お兄ちゃん、なに作ったの?」


「ん? パンケーキ」


「ぱ、パンケーキ!? な、なんで? うちはお兄ちゃんの練習もあるからもっぱらご飯派なのに。白米と納豆、味噌汁に目玉焼きしか認めないってお兄ちゃんが言ってたじゃん」


「別にいいだろ? 今日は練習ないんだし。それに、知ってるんだぞ? 実はヒメはパン派だってこと」


「お兄ちゃん……」


 あぁ、どこまで完璧な兄なのだろうか。日頃はお兄ちゃんに合わせた献立を組み立てているだけに、今度は私に合わせたチョイスをしてくれるなんて。感極まるあまりに好き! と失言してしまいそうになる口を噤んで、食卓につく。


 テーブルにはメープルシロップがかけられたパンケーキが載っていた。脇にはシーザーサラダが並び、コンソメスープまで付け合わされている。


 文句のつけようがない豪華絢爛な朝食。瞬時にナイフとフォークを手にする私だったが、お兄ちゃんが差し出してきたコーヒーの匂いに顔を顰める。


「……お兄ちゃん。このコーヒーって、ブラック?」


「え、そうだけど。パンケーキにシロップかかってるからコーヒーまで甘くする必要ないかなって」


「それこそ甘いよお兄ちゃん! コーヒーをブラックで飲める女の子なんてこの世には存在しないんだから!」


「え、ええ? そうなのか? 知らんかった……」


 少しオーバーではあるが、あながち嘘でもない情報はお兄ちゃんにとって目から鱗だったようだ。愕然としながら、シュガーポットとミルクを渡してくる。


 お兄ちゃんは限りなく完璧だが、女の子の扱いに関してはまるでなってないのが玉に瑕だ。陸上に没頭して、恋愛をしてこなかった弊害だろうが、デリカシーに欠ける発言をすることもよくある。


「おい……それにしても入れすぎじゃないか? 角砂糖五個って……太るどころか病気になるぞヒメ」


 ほらね? まさにこういうのだ。


「むぅ、お兄ちゃん。そういうことは思っても女の子には言わないほうがいいよ? デリカシーなし男だって、嫌われちゃうよ?」


「で、デリカシー……か。そっか、気を付けるよ」


「まぁ、私はいいんだけどね。妹だし? お兄ちゃんの欠点も愛せるっていうか? なんなら、妹としてじゃない家族になったって――」


「なぁ、ヒメ。聞きたいことがあるんだ」


「ん? なに? 畏まって」


 角砂糖五個にミルクを投入したコーヒーを啜って、首を傾げる。


 一方のお兄ちゃんは表情を強張らせて、咳払いをする。更に「笑うなよ?」と前置きまでして、尋ねてくる。


「女の子って、どういうものが好きなんだ?」


「どういうもの……って、例えば? 食べ物? 趣味? 好みのタイプ?」


「ぜ、全部だ」


「えー、どうだろ。食べ物は甘いものじゃないかな。趣味は個人差あるだろうけど、ファッションとか小物は可愛いものが無難だろうし、好きなタイプはなんだかんだイケメンだと思うよ」


「甘いものに可愛いものに……イケメンか。なるほどな」


「でもなんで? お兄ちゃんがそういうことを聞いてくるのって、珍しいね」


「そ、そうか? ただちょっとした興味本位だけどな」


「……ふぅん、そっか」


 興味本位、ねぇ。健全な男子高校生なら普通なのだろうが、お兄ちゃんともなれば怪しくなってくる。


 中学時代では陸上部のマネージャーから誘われたデートに遅刻してしまい、フられた逸話を有しているというのに。以来、〝県トップの陸上選手のくせに女との約束には遅れる男〟として女子の間でレッテルを貼られ、人気を失ってしまった人が私の兄なのだが、そんな人が女子に興味を示しているというのは由々しき事態だ。


 もしかして、遂に好きな人が出来たのだろうか。お兄ちゃんと仲いい女子といえば天空橋くらいしか思い浮かばないが、それはないだろう。あんな天邪鬼と恋愛初心者のお兄ちゃんの関係が進展するはずもない。


 なら、誰だ――と推理する私の思考は、一人の人物を導き出す。


「ねぇ、お兄ちゃん。私からも質問していい?」


「おっ、なんだ?」


「お兄ちゃんのタイプを教えて」


「俺のタイプ? やっぱ努力家の人かなぁ。何事も真剣に向き合って、真っ直ぐ突き進める人は尊敬できるしな」


「ううん、そういうのじゃなくて。ビジュアルの話」


「ビジュアル……? 外見ってことか?」


「うん。じゃあまず、髪の長さは?」


「似合ってればなんでもいいけど、強いていえばロング」


「身長は?」


「出来ることなら、俺より低いほうがありがたいな」


「ふむふむ。なら、おっぱいは?」


「――ぶっ!?」


 食事をしながら難なく答えていたお兄ちゃんが、パンケーキを詰まらせる。激しく噎せ込み、コンソメスープを呷るように完飲してから、身を乗り出す。


「なんだよいきなり! あんまり兄貴をからかうなよ!」


「からかってないよ。真面目に聞いてるの。で? お兄ちゃんはどっちが好きなの? おっきいの? ちっちゃいの?」


「……まぁ、あるに越したことはない……と、思う」


「ふぅん……そっか」


 お兄ちゃんの言うことを真に受けるなら、私が疑っている人物はシロのように思える。やはり、ただの杞憂だったのだろうか。そう納得しようとするが、どうしても胸騒ぎは止まってくれない。


 念には念を重ねたほうがいいだろう。私は意を決して、核心をつく。


「お兄ちゃんって、男の子が好き……とかないよね?」


「ないわ! 俺をどんな奴だと思ってるんだよ、ヒメは!」 


 即答だった。一拍の間を空けることもなく否定をして、お兄ちゃんは溜息をこぼす。


 あのピュアで初心なお兄ちゃんのことだ。嘘をつくにしたって、こんなに上手く隠せないはずだ。


「だよね! いやー、お兄ちゃんに彼女ができないからつい気になっちゃって。二人目のお兄ちゃんが出来たらどうしようかって心配したよ」


「俺に負けず劣らずヒメもデリカシーなくないか……? そういうヒメだって彼氏いないだろ? バレンタインに本命チョコを渡す相手はいるのかよ。義理チョコの俺以外にさ」


「う、うん。……いるよ」


「そっかー、ヒメも高校生だしな。可愛いし家事もこなせるし、ヒメなら恋人もすぐに作れるだろうな」


「か、かわいい……って、なに急に? お兄ちゃんなりの皮肉?」


「そんなんじゃないっての。大丈夫だよ、ヒメなら」


 人の気も知らないで、お兄ちゃんが頭を撫でてくる。セットをしたあとなので、極力触ってほしくはないのだが、お兄ちゃん相手ではなす術はない。


 舌に広がるメープルシロップよりも甘い一時を堪能していると、ぴんぽーんと不躾に鳴らされるインターホンが邪魔をしてくる。


「こんな朝早くに誰だろう?」


 お兄ちゃんが席を立って、モニターまで向かう。私も幸せな瞬間を奪った奴のご尊顔を確認しにあとを追って、モニターを覗き込む。


「げっ、パイセン……?」


 画面に映っていたのは、見覚えのある知人だった。


 雪のような白磁の肌を下地に、鼻梁の通った鼻と薄い唇が並ぶ。カメラを見詰める瞳は切れ長で、透き通った榛色をしていることもあって、見えるはずのないカメラ先の私たちをも捉えているかのような鋭さを放つ。


 アメリカ人と日本人のハーフである父親を持つクォーターゆえか、明るく艶めく栗色のロングヘアーは一つにまとめられ、背中越しに揺れているのが見え隠れしていた。


 天空橋妃奈。学内一の美人にしてお兄ちゃんの陸上におけるライバル兼親友である。


「おー、妃奈。どうした? こんな朝早くから。ランニングなら付き合えないんだけど」


『違うわよ。冬休み明けに自主練するほど陸上バカじゃないわよ』


「それもそっか。じゃあ、なんだ? あれか、会ったのが年末の練習が最後だからわざわざ会いにきてくれたとか」


『そ、それも違う。あけおめラインしたし、電話だってしたでしょ! そうじゃなくて、あたしが用あるのは駆じゃないの!』


 肌が白いだけに、赤面すると画面越しでもわかりやすい。


 天空橋は均整が取れた顔立ちを真っ赤にさせながら、カメラに人差し指を突き付ける。


『あたしが用事あるのは妹のほう! 甘露寺姫子、ちょっと付き合いなさい』


「え、私? ですか?」


『そう! 大事な話があるから顔を貸しなさい』


 もはや輩じみた調子で誘い出してくる天空橋だが、不気味で仕方ない。なにせ、お兄ちゃんにとって親友であっても、私にとってはお兄ちゃんを巡る恋敵なのだから。


 顎に指を添えて、天空橋の誘いに応じるべきかと逡巡していると、そんな私の迷いを断ち切る一言がスピーカーから響く。


『あんた――タイムスリップについてなにか知らない?』

 

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