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龍と廃嫡皇女のシェアハウス  作者: 三連九
第2章 目覚める町
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13/25

第13話 帝都からの手紙

 男爵家からの定期便が着いたのは、朝の湯気がまだ町の低いところに残っている時間だった。


 荷馬車は一台だけ。


 けれど、その一台から出てくるものは多かった。


 袋に入った豆。油の小樽。厚手の布。釘。紙。小さな薬箱。塩。針と糸。


 どれも、白嶺の暮らしには必要なものばかりだ。豪華な品は一つもない。けれど、紙の束を見た時、アリアは思わず両手で受け取った。


「紙まで、入れてくださったのですね」


「父が、姫様には必要だろうと」


 ルークスが荷札を確かめながら言った。


 アリアは紙の端をそっと撫でた。白嶺に来てから、紙はいつも足りなかった。覚えておきたいことは増えるのに、書ける場所は少ない。


 鉱山のこと。


 温室のこと。


 薬草のこと。


 レクス・ノアが言った、流れという言葉。


 紙は、そういうものを逃がさないための小さな場所だった。


 荷を下ろしていた若い男が、最後に革の袋を一つ、ルークスへ渡した。ルークスは中を改め、少しだけ目を細める。


「姫様」


「はい」


「封書が一通あります」


 アリアは顔を上げた。


「わたしに、ですか」


「はい。差出人は、オスカー・ベルナー殿です」


 暖炉のそばで丸くなっていたレクス・ノアが、ぱっと顔を上げた。小さな爪が床を叩く。


「てがみ」


 ノアの声が弾んだ。


「帝都からか」


 レクスの声は、少し低い。


 アリアは封書を受け取った。白嶺の冷たい空気に触れていたはずなのに、指先の中でそこだけ温かいもののように感じた。


 遠くにいる人の言葉が、ここまで届いた。


 白嶺にも、外から言葉が来る。


 封蝋を見つめていると、ルークスが小さく笑った。


「中で読みましょう。ここは寒い」


 アリアはこくりと頷き、封書を胸に抱えた。


* * *


 仮住まいの炉に薪が足されると、室内の空気が少しやわらかくなった。


 アリアは机の前に座り、封書を開いた。字は大人の字だった。整っていて、読みやすい。ところどころ、商人らしく数字が横に添えられている。


 アリアは最初の挨拶を読み、それから少し息を吸った。


「『白嶺で見た品について、帝都でいくつか当たりました』」


 ルークスが向かいに座る。レクス・ノアは机の横へ来て、前足を椅子の足に置いた。紙は読めないはずなのに、文字を見ようとしている。


「『冬野菜、羊毛、薬草、保存食、温泉の湯気を使った乾燥品。いずれも値は付きます』」


 アリアの声が、少し明るくなった。


「値が付く、そうです」


「良い知らせですね」


 ルークスは頷いた。


 けれど、手紙はそこで終わっていなかった。


 アリアは次の行を読む。少しだけ、眉を寄せた。


「『ただし、今すぐ高く売れる、という意味ではありません』」


 レクス・ノアの尻尾が止まる。


「『量が少ない。品質が揃わない。道が遠く、輸送費が高い。なにより、白嶺という名に、まだ信用がありません』」


 信用。


 アリアはその言葉を、指でなぞった。


「信用は、品物のよしあしとは違うのですか」


「近いですが、同じではありません」


 ルークスは少し考えた。


「良いものが一度届けば、喜ばれます。でも、次も同じように届くか分からない。数が揃うか分からない。約束の日に着くか分からない。そういう時、人は高い値では買いにくいのです」


「一回だけでは、だめなのですね」


「はい。何度も守って、少しずつ積むものです」


 アリアは頷き、手紙の横に置いた紙へ小さく書いた。


 信用。


 字が少し曲がった。アリアは唇を結び、もう一度、隣に書き直す。


 今度は少しまっすぐになった。


 手紙には、さらに続きがあった。


「『少ないからといって、安く売ってはいけません。安いものとして覚えられた名は、後で高くするのが難しいからです』」


 アリアは目を瞬いた。


「少ないなら、高くしてはいけないのかと思いました」


「普通は、そう考えます」


 ルークスは苦笑した。


「でも、オスカー殿は、白嶺を使い捨ての安物にしたくないのでしょう」


「安物」


 レクスが短く言った。


「名を傷つける」


「そうですね」


 ルークスは頷いた。


 ノアが机の脚に顎を乗せる。


「名前、だいじ」


「はい」


 アリアは小さく返した。


 レクス・ノアの名前を決めた夜を、少しだけ思い出す。


 名前をもらうこと。


 名前で呼ばれること。


 それは、ただの音ではなかった。


 白嶺という名にも、同じように何かを積むことができるのだろうか。


 アリアは、手紙を持つ指に少し力を入れた。


* * *


 読み進めたところで、アリアの声が止まった。


 そこには、帝都でのことが書かれていた。


 白嶺の名を出すと、市場では笑われました。


 文字は丁寧だった。


 だからこそ、胸に小さく刺さる。


 呪われた土地。終わった土地。人の去った町。山奥の役に立たない場所。


 そう言われたのだろう。手紙には全部は書いていない。けれど、アリアには少し分かった。


 白嶺の人たちが、外でどんなふうに呼ばれてきたのか。


 ディートが吐き捨てた、龍の呪いという言葉。


 マルタが当然のように言った、冬野菜なんぞ売れんよ、という声。


 外の笑いは、白嶺の中にも少しずつ染み込んでいたのかもしれない。


「姫様」


 ルークスが静かに呼んだ。


 アリアは手紙へ目を戻した。


 次の行を読む。


「『知らない者ほど、よく笑うものです』」


 声が、少しだけ震えた。


「『私は見ました。あそこは終わった土地ではありません』」


 炉の中で、薪が小さく鳴った。


 レクス・ノアが、紙ではなくアリアを見ている。


「終わっていない」


 レクスが言った。


「うん」


 ノアの声は、いつもより少し静かだった。


 アリアは手紙を伏せず、机の上に置いた。見えないように隠したくはなかった。


 白嶺は笑われている。


 でも、白嶺を見てくれた人もいる。


 その人は、遠い帝都で、白嶺は終わっていないと書いてくれた。


 アリアは指で手紙の端を押さえた。紙が少しだけしわになる。


「ルークスさん」


「はい」


「マルタさんと、ディートさんに来てもらえますか」


 ルークスは一瞬だけ目を丸くした。


「今からですか」


「はい。大きなお話ではありません」


 アリアは手紙を見た。


「でも、一人で読んで終わりにしたくありません」


 ルークスは、すぐに立ち上がった。


「分かりました。声をかけてきます」


 扉が開き、冷たい空気が入る。


 アリアは手紙をもう一度見た。


 知らない者ほど、よく笑うものです。


 その文字の形を、アリアはしばらく目で追っていた。


* * *


 仮住まいに集まったのは、ほんの数人だった。


 アリア。ルークス。マルタ。ディート。レクス・ノア。


 会議というほど立派なものではない。机も一つ。椅子も足りない。マルタは自分で持ってきた古い腰掛けに座り、ディートは壁際に立ったままだった。


 炉の上では、湯が小さく音を立てている。


「で、冬野菜が売れるって?」


 マルタが最初に言った。


 疑っている声だった。怒ってはいない。ただ、まだ信じていない。


「手紙には、そう書いてありました」


 アリアは紙を広げる。


「薬草も、羊毛も、保存食も、値が付くそうです」


「鉱石は掘らんぞ」


 ディートが低く言った。


 早かった。アリアは少しだけ瞬き、それから首を横に振った。


「今日は、掘ってくださいのお話ではありません」


「なら何だ」


「白嶺に何があるか、並べたいのです」


 ルークスが机の端に紙を置いた。


「まずは、知るところからです。外でどう見られるかも含めて」


 マルタは腕を組み、紙を覗き込んだ。


「冬野菜なんて、白嶺じゃ食べ物だよ」


「帝都では、冬に青い葉をそろえるのが難しいそうです」


「そりゃ、寒いからね」


「白嶺も寒いです」


「白嶺には湯がある」


 マルタは当たり前のように言った。


 アリアは、その言葉を紙へ書いた。


 湯がある。


 字にしてみると、とても短い。けれど、その短い言葉の中に、温室も、湯気も、湿った土も、冬の葉も入っている気がした。


「薬草のことも、書いてありました」


 アリアは手紙の次の箇所を示した。


「帝都の薬師さんが、白嶺の薬草は乾き方がよい、と言ったそうです。あと、同じ葉の束でも、香りが揃っている、と」


 マルタの眉が動いた。


「へえ」


 短い声。


 でも、少しだけ嬉しそうだった。


「腹の薬や冷えの薬は、昔からここで採れたよ。湯の近くの草は、冬でも強い」


「薬売りも来ていた」


 ディートが言った。


 アリアは顔を上げる。


「薬売りさんが」


「昔はな」


 ディートは壁に背を預けたまま、遠くを見るような目をした。


「鉱山に人が多かったころは、薬もよく売れた。腹を壊す奴、冷える奴、腰をやる奴。いくらでもいた」


「それは、良いことなのですか」


 アリアが聞くと、マルタが笑った。


「怪我や腹痛は良いことじゃないよ。でも、薬が役に立ってたってことさ」


 レクス・ノアが、机の上の干し薬草へ鼻先を近づけた。


「湯」


 レクスが言う。


「土」


 ノアが続ける。


「草」


 レクス・ノアは、そこで少し黙った。


「同じ流れだ」


 アリアの手が止まった。


 ディートがレクス・ノアを見る。マルタも、干し薬草から小さな龍へ目を移した。


「また、それか」


 ディートはそう言ったが、追い払うような声ではなかった。


 アリアは紙の隅に、ゆっくりと書いた。


 湯。土。草。同じ流れ。


 まだ意味は分からない。


 でも、消したくない言葉だった。


* * *


「オスカー殿は、もう一つ、大事なことを書いています」


 ルークスが手紙を見ながら言った。


「野菜だけで売るな。薬草だけで売るな。鉱石だけで売るな。白嶺という名で覚えてもらえ、と」


 マルタは顔をしかめた。


「名前で腹は膨れないよ」


「はい」


 ルークスは頷いた。


「だから、腹を膨らませるものと一緒に覚えてもらうんです」


「どういうことですか」


 アリアは聞いた。


 ルークスは、机の紙を指した。


「たとえば、一つの品だけなら、買った人はその品のことだけ覚えます」


「はい」


「でも、別々の品が同じ土地から何度も届けば、買った人は、白嶺には良いものがある、と覚えます」


 アリアは紙を見る。


 机の上には、食べ物のこと、薬草のこと、羊毛のこと、鉱山や温泉のことが、まだ曲がった字で並んでいる。


「土地そのものに、信用を付けるのですね」


「はい。たぶん、オスカー殿が言いたいのは、それです」


 アリアは筆を持ち直した。


 白嶺、という二文字を書き、その周りに小さく丸をつける。


 丸は少し歪んだ。きれいな円にはならない。


 でも、その歪んだ丸の中に、書いた言葉が少しずつ集まって見えた。


「名は大事だ」


 レクスが言った。


「白嶺」


 ノアが、楽しそうに続ける。


 その声が、炉のそばで跳ねた。重くなりかけた空気が、少しだけゆるむ。


 マルタはまだ納得しきっていない顔だった。


「そんなにうまくいくかね」


「すぐには、いかないと思います」


 アリアは正直に言った。


「数も、品質も、まだそろわないそうです。道も遠いです」


「分かってるならいい」


 ディートが言った。


「分からんまま進むな」


「はい」


 アリアは頷く。


 その返事に、ディートは何も言わなかった。


 ただ、腕を組み直した。


 少なくとも、話を終わらせろとは言わなかった。


* * *


 夜になって、仮住まいは静かになった。


 マルタは帰り際に、干し薬草の束を少し置いていった。ディートは何も置いていかなかったが、戸口で一度だけ振り返り、「鉱石はまだ書くな」と言った。


 アリアは「掘るものではなく、あるものとして書きます」と答えた。


 ディートは返事をせずに帰った。


 それでいいのだと思う。


 アリアは机に向かった。新しい紙を一枚、そっと広げる。


 紙の上に、白嶺と書いた。


 その下へ、一つずつ並べていく。


 冬野菜 羊毛 薬草 保存食 温泉 鉱石 鍛冶 温泉の白い沈殿物


 書きながら、アリアは何度か指を折った。数えると、思っていたより多い。けれど、どれも大きくはない。冬野菜は少ない。羊毛も多くない。薬草も、きれいに束ねるところから始めなければならない。


 それでも、何もないわけではなかった。


「白嶺には、何もないと思っていました」


 アリアは小さく言った。


 レクス・ノアは、暖炉のそばで顔を上げる。


「でも、違いました」


 アリアは紙を見た。


「わたしが、まだ知らなかっただけです」


 その言葉を書こうとして、やめた。


 代わりに、白嶺の文字の下へ小さな線を引く。


 まっすぐ引くつもりだったのに、少しだけ右へ下がった。


 アリアは眉を寄せた。レクス・ノアが机の横まで来て、その線を見上げる。


「曲がった」


 レクスが言った。


「少しです」


「かなり」


「かなり?」


 ノアが明るく言う。


「でも、白嶺っぽい」


「どういう意味ですか」


「まっすぐじゃないけど、ある」


 アリアは、少しだけ笑った。


 線は曲がっている。


 でも、紙の上に残っている。


 白嶺の名の下で、ゆっくり乾いていく墨を、アリアはしばらく見ていた。


* * *


 翌日、レクス・ノアは丘の上にいた。


 白嶺の町を見下ろせる、小さな丘だ。雪は固く締まっていて、ところどころ草の先が出ている。


 アリアは外套の前を押さえながら、少し離れて立っていた。ルークスも一緒にいる。前回、止まれず雪へ突っ込んだ姿を見ているので、二人とも近づきすぎないようにしていた。


「今日こそ止まる」


 レクスが言った。


「今日こそふわっと止まる」


 ノアが言った。


「無理はしないでください」


「無理ではない」


「たぶん無理」


 レクスとノアの声が、一つの小さな体から順に出る。


 アリアは少し困った顔をした。


「意見が分かれています」


「観測だ」


「予感」


 レクス・ノアは翼を広げた。


 小さな翼。けれど、前より少しだけ力強く見える。


 丘の上から、レクス・ノアが跳んだ。


 空気に乗る。


 前より、すぐには落ちない。翼がばたつき、尻尾が揺れ、体が斜めに流れる。


 けれど、やはり止まらない。


 雪の上に落ち、ころころと転がった。


「レクス・ノア!」


 アリアが駆け寄ると、小さな体は雪の上で起き上がった。


「今のは失敗だ」


「でも転がった」


「転がるのは目的ではない」


 レクス・ノアは、また丘へ戻った。


 二度目。


 三度目。


 雪に足跡と、転がった跡が増えていく。


 アリアは手袋の中で指を握った。心配だった。けれど、止めるほど危なくはない。レクス・ノアの目が、真剣だったからだ。


 四度目。


 レクス・ノアは跳んだ。


 風が少しだけ強く吹いた。小さな体が流される。


 アリアが息をのむ。


 その瞬間。


 レクス・ノアの体が、空中で止まった。


 ほんの一呼吸。


 アリアの肩より少し低い高さで、翼が開いたまま、雪にも地面にも触れていない。


 落ちるでも、進むでもない。


 白い息の中で、小さな龍が浮いていた。


「いま」


 アリアは声を出した。


 言い終える前に、レクス・ノアは落ちた。


 今度は尻から雪に落ちた。雪が丸くへこむ。


「浮いた!」


 ノアが叫んだ。


「……近い」


 レクスの声は低かったが、少しだけ弾んでいた。


 アリアは駆け寄り、レクス・ノアの雪を払った。


「いま、止まりました」


「止まった」


 ノアが胸を張るように言う。


「偶然だ」


 レクスがすぐに続けた。


「もう一回できますか」


「やる」


 レクス・ノアはまた丘へ向かった。


 そして、次はきれいに雪へ突っ込んだ。


 その次も、転がった。


 さらに次は、翼を広げる前に足を滑らせた。


 ノアが雪まみれの顔で言う。


「意識すると落ちる」


 レクスは、しばらく黙った。


「不本意だ」


 アリアは、笑ってはいけないと思った。


 けれど、口元が少しゆるんだ。ルークスも横を向いている。たぶん、同じことをしている。


 白嶺の丘に、レクス・ノアの足跡と転がった跡が残った。


 一つだけ、途中で途切れている跡がある。


 そこで、ほんの少しだけ、空に近づいた。


* * *


 その日の夕方、アリアはオスカーへの返事を書いた。


 最初の文は、何度も書き直した。


 ありがとうございます、だけでは足りない気がした。


 でも、立派な言葉を書こうとすると、手が止まる。


 だから、アリアは短く書いた。


 お手紙、ありがとうございます。


 白嶺のことを、帝都で聞いてくださって、ありがとうございます。


 その次に、今日のことを書いた。


 冬野菜の数を調べること。


 薬草をきれいに束ねること。


 羊毛と保存食も、どれだけ作れるか聞くこと。


 鉱石は、まだ掘らないこと。


 白嶺という名を、安くしないこと。


 書いているうちに、紙の下の方が少なくなった。アリアは文字を少し小さくする。


 レクス・ノアは机の横で、まだ少し雪の匂いを残していた。


「狭い」


 レクスが言った。


「紙がですか」


「字が」


「小さくしないと、入りません」


「もう一枚使え」


「紙は大事です」


「手紙も大事」


 ノアが言う。


 アリアは、少し考えてから、新しい紙を一枚出した。


 紙は大事だ。


 でも、言葉を無理に小さくしすぎれば、届くものまで小さくなる。


 最後に、アリアは一文を書き足した。


 白嶺を知るために、知恵を貸してくださる方が必要です。


 書いてから、しばらくその文を見た。


 まだ顔も名前も知らない人へ、白嶺の湯と土と草と石を、アリアたちとは違う目で見てほしいと書いた。


 手紙を折り、封をする。封蝋はまだうまく扱えないので、ルークスに手伝ってもらった。蝋が少しだけ端へ流れたが、封は閉じた。


 翌朝、その手紙は男爵家へ向かう荷に乗せられた。


 荷馬車の車輪が、雪の道に跡を残していく。


 アリアは戸口に立ち、見えなくなるまで見送った。


 手紙は、白嶺を出ていく。


 山道を下り、男爵領を通り、さらに遠い帝都へ。


 その先で、まだ白嶺の誰も知らない人の手に、いつか届くかもしれない。


 白い息が、朝の空気にほどけて消えた。


 アリアは手袋の中で指を握り、昨日、帳面に書いたものを胸の中でもう一度たしかめた。


 数え終える前に、丘の方からレクス・ノアの声がした。


「もう一回だ」


「こんどこそ、ふわっと」


 アリアは振り返る。


 白嶺の湯気が、朝の光の中で細く立ちのぼっていた。


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