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龍と廃嫡皇女のシェアハウス  作者: 三連九
第2章 目覚める町
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11/26

第11話 最初の商人

 オスカー・ベルナーは、荷札を一枚、机の上に置いた。


 それから、もう一枚置いた。


 さらに、三枚目を置く。


 乾燥豆。塩漬け肉。油。針金。布。


 冬道を越えるには、どれも軽くない。安くもない。けれど、ヴァルド男爵領とは十年以上の付き合いがある。季節ごとの数量も、道の状態も、支払いの癖も、オスカーはだいたい頭に入れていた。


 だから、今朝届いた連絡は、納得できなかった。


「困ります」


 オスカーは、できるだけ商人らしく、声を整えた。


 怒鳴ってはいけない。


 怒鳴る商人は、損をする。


 ただし、怒っていることは伝えなければならない。


「来月分から一部を白嶺へ回すとは、どういうことでしょう。こちらにも仕入れの予定があります」


 机の向こうで、ガイゼル・ヴァルドは深く頭を下げた。


「ほんとうに申し訳ない」


 丁寧な謝罪。


 あまりに丁寧だったので、オスカーは少しだけ嫌な予感がした。


 こういう謝罪は、決まっている。


 言葉は柔らかい。


 決定は動かない。


「当面は、白嶺へ物資を優先することになる」


「白嶺」


 オスカーは、思わず聞き返した。


「あの、呪われた土地ですか」


 ガイゼルは顔を上げた。


「そう呼ぶ者もいる」


「呼ぶ者もいる、ではなく、だいたい皆そう呼びます」


 オスカーは帳面を開いた。


「白嶺へ運ぶとなると、山道です。人も少ない。荷を下ろしたところで、支払いはどうなります。そもそも、買う人がいるのですか」


「いる」


「誰です」


「アリア様だ」


 オスカーの指が止まった。


 名前は聞いている。


 聞いているが、詳しくは聞いていない。


 ヴァルド男爵家が、何か大事な客人を預かっているらしいこと。白嶺へ物資を送るようになったこと。その程度だ。


「そのアリア様とやらが、私の取引先を減らす理由ですか」


「そうなる」


「では、文句を言っても?」


「言ってよい」


 ガイゼルは頷いた。


「私ではなく、白嶺へ行って、卸先のアリア様へ直接言ってもらいたい」


 オスカーは、しばらく黙った。


 帳面を閉じる。


 閉じてから、もう一度開く。


 数字は変わらない。予定も変わらない。そして、男爵の目も変わらない。


「……分かりました」


 オスカーは言った。


「行きます。言うべきことは言わせていただきます」


「それがよい」


 ガイゼルは、もう一度頭を下げた。


 オスカーは荷札をまとめ、席を立った。


 扉へ向かう途中で、ふと振り返る。


 ガイゼルの口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。


 申し訳なさそうではなかった。むしろ、少しだけ楽しそうに見えた。


 オスカーは眉をひそめた。


* * *


 白嶺へ向かう山道は、思っていたより悪く、思っていたより途切れていなかった。


 そこが、まずおかしかった。


 呪われた土地へ向かう道など、もっと荒れているものだとオスカーは考えていた。


 もちろん、道は良くない。


 轍は固く凍り、ところどころ石が露出している。荷馬車は何度も大きく揺れた。御者が悪態を飲み込む音を、オスカーは三度聞いた。


 だが、道には跡があった。


 最近、誰かが通った跡。


 人が行き来している跡。


「呪われた土地にしては、商売敵がいそうだな」


 オスカーが呟くと、御者が振り返った。


「戻りますか」


「まさか」


 オスカーは帳面を叩いた。


「道があるなら、荷は通る」


 やがて、白い湯気が見えた。


 雪の間から、細く立ちのぼっている。


 最初は火事かと思った。


 けれど、煙ではない。


 湯気だ。


 町の入口に近づくと、石造りの家が並んでいた。


 空き家は多い。


 窓板が閉じたままの家もある。


 壁の一部が崩れ、補修されていない建物もあった。


 それでも、町は死んでいなかった。


 煙突から煙が出ている。


 水路のそばで女が桶を洗っている。


 子供が二人、湯気の向こうを走っていった。


 その後ろから、大人の声が飛ぶ。


「滑るよ!」


 子供は返事だけして、少しも遅くならなかった。


 オスカーは、馬車の窓から首を出した。


「……呪われているにしては、元気だな」


 御者が小さく笑った。


「戻りますか」


「戻らん。さっきから、そればかり聞くな。戻りたいのか?」


「私は、道が悪いところが嫌いなだけです」


「気が合うな。私もだ」


 オスカーはそう言いながら、もう一度町を見た。


 白嶺。


 呪われた土地。


 そう聞いていた。


 だが、呪いというものは、こんなふうに湯気を立て、桶を洗い、子供を走らせるものだっただろうか。


* * *


「責任者に会わせてください」


 オスカーは荷馬車を止めるなり、そう言った。


 案内に出てきたのは、若い男。


 人当たりの良い顔をしている。服装と立ち方から見て、白嶺の住民ではない。


「ルークス・ヴァルドです」


「ヴァルド男爵家の?」


「次男です。父から話は聞いています」


「それは助かります」


 オスカーは外套の襟を直した。


「では、責任者へ。私は抗議に来ました」


「はい。そう聞いています」


 ルークスはにこりと笑った。


 笑うところではないだろう。


 オスカーは、そう思った。


 けれど、商人は客先で顔に出しすぎてはいけない。


 ルークスに案内された先は、白嶺の小さな家の一つ。


 豪華ではない。


 むしろ、簡素だ。


 それでも掃除はされている。炉には火があり、机には紙と小さな帳面が置かれていた。


 その机の前に、少女が立っていた。


 小さくて、細い。


 白金の髪が、窓から入る白い光を受けて淡く光っている。


 雪のように色白で、顔を上げた瞳は、冬空をそのまま閉じ込めたみたいに青かった。


 絵に描いたような美少女。


 そして、どう見ても、まだ子供。


 オスカーは、一瞬、言葉を失った。


 ルークスが静かに言う。


「男爵家の取引相手の、アリア様です」


「……え」


 オスカーは、商人としてはかなり良くない声を出した。


「この方が?」


 少女は、緊張した顔で一礼した。


「アリアです。よろしくお願いします」


 丁寧な声。


 ただ、どう聞いても子供の声。


 オスカーは、自分の怒りの置き場所を見失った。


 子供を怒鳴る趣味はない。


 だが、子供だからといって、荷の予定は戻らない。


 たいへん困った。


「オスカー・ベルナーです。帝都南市場で卸をしております」


 オスカーは、いつもの商売用の礼をした。


 少女は少しだけ肩をこわばらせ、それでも目をそらさなかった。


「お話は、聞いています」


「でしたら」


 オスカーは、机の上に荷札を置いた。


「困っています」


「はい」


「男爵領から仕入れるはずだった荷の一部が、白嶺へ回される。こちらにも約束があります。得意先もあります。運ぶ算段もあります」


「はい」


 アリアは一つずつ頷いた。


 頷くだけで、言い返さない。


 それがかえって、オスカーにはやりにくかった。


 しばらく黙っていたアリアが口を開いた。


「でも、必要なものは、必要なのです」


 小さな声だった。


 それでも、そこだけは引かないという意思の入った言葉だった。


 オスカーは、荷札から顔を上げた。


 なるほど、この町には、いろいろと足らない物があるだろう。人が暮らしているなら、必要なものは一度の取引では満たされないはずだ。


 何を求め、代わりに何を出せる町なのか。


 荷札だけを見ていても、それは分からない。


「……なるほど」


「はい?」


「いえ。少し、町を見せていただけますか」


 ルークスが目を細めた。


 アリアは、ほっとしたように息をついた。


「はい。わたしも、まだ教わっているところです」


* * *


 オスカーは、町を歩いた。


 最初に見たのは、共同温室。


 外は冷たい。


 けれど、温室の扉を開けると、湿った空気が顔に当たる。冬の山中で、青い葉が並んでいた。


「これは」


 オスカーは、思わず畝の前で足を止めた。


 葉の色がよいが、量は多くない。だが、冬の帝都でこの青さを出せるなら、欲しがる料理屋はある。金を持つ家も欲しがる。


 オスカーの目が、勝手に数量を数え始めた。


 畝の幅。収穫までの日数。荷傷みの危険。冬道での輸送。売り先……。


「冬野菜なんぞ、売れんよ」


 奥から声がした。


 小柄な老婦人が、腕を組んでこちらを見ていた。


 ルークスが小声で言う。


「マルタ・ホルンさんです」


「これを育てている方ですか」


「仕切っている方です」


 オスカーは、老婦人へ礼をした。


「売れます」


 マルタは眉を寄せた。


「どこで」


「帝都で」


「遠い」


「遠いです」


「腐る」


「腐らせない運び方を考えます」


「高くなる」


「高く売ります」


 マルタは、しばらく黙っていた。


 それから、アリアを見た。


「この男、大丈夫かい」


 アリアは困った顔をした。


「まだ、分かりません」


「正直だね」


 オスカーは笑いそうになった。


 その後、羊毛を見た。


 白嶺の羊毛は、細くはない。帝都の貴婦人が喜ぶような柔らかさではない。


 だが、厚い。丈夫だ。冬用の敷物、作業用の外套、荷を包む布。使い道はある。


 次に、干し肉。


 塩が強く、香りも強い。けれど、山道の保存食としては悪くない。


 薬草。


 種類が多い。束ね方は雑だが、乾きはよい。


 温泉の湯気を使っているのだと、近くの老人が言った。


「……違うな」


 オスカーは呟いた。


 アリアが顔を上げる。


「何がですか」


「ここは、物がない町ではありません」


 オスカーは、干された薬草の束を見た。


「売り方を知らない町です」


 その言葉に、白嶺の住民が何人か、顔を見合わせた。


 怒った顔ではない。ただ、言われた意味が分からない顔だった。


 アリアは、ゆっくりと呟いた。


「白嶺の人が知っているものを、外の人は知らないのですね」


「そうです」


 オスカーは頷いた。


「そして、外の人が欲しがるものを、白嶺の人はまだ知らない」


 アリアは、その言葉を大事そうに聞いていた。


 子供の顔だった。


 けれど、その目は誰よりも真剣だった。


* * *


 仮住まいへ戻ると、アリアは帳面を広げた。


 オスカーは、正直に言えば、あまり期待していなかった。


 小さな姫様が、きれいな字で覚え書きを作っている。


 それくらいだと思っていた。


 だが、帳面を覗いた瞬間、考えを改めた。


 入った物。使った物。残っている物。誰に渡したか。次に足りなくなりそうな物。


 文字は少し幼いが、数字は、丁寧だった。


「これは、アリア様が?」


「はい。ルークスさんに、白嶺で使うものを教えてもらいました」


「足し間違いが少ない」


「少しあります」


 アリアはすぐに言った。


「昨日、油の数を一つ間違えました」


 ルークスが横で咳払いした。


「すぐ直しました」


「間違えない人間より、直せる人間の方が商売向きです」


 オスカーは帳面をめくった。


 そこに、白嶺までの荷運びにかかった日数が書いてあった。


 道の悪い場所。馬を休ませた場所。荷が揺れた場所。


 子供の字で、ぽつぽつと。


「この道は、高くつきます」


 オスカーは言った。


 アリアが小さく頷く。


「運ぶだけで、ですか」


「はい。道が悪い商売は、品物より先に道代を食います」


「道代」


 アリアは、すぐに帳面へ書こうとして、手を止めた。


「書いてもよいですか」


「どうぞ」


 オスカーは少し笑った。


 アリアは、道代、と書いた。


 字は小さい。けれど、妙に真剣だった。


「では、同じ馬車でたくさん運ぶと、少し安くなりますか」


「なります」


「帰りの馬車が空だと、もったいないですか」


 オスカーの手が止まった。


「……誰に教わりました」


「誰にも」


 アリアは少し不安そうに言った。


「今、そう思いました」


 オスカーは、帳面を閉じた。


 十歳ぐらいだろうか。


 商売を知っている目ではない。


 けれど、空の馬車がもったいないことは分かる。


 それは、商人の始まりとしては悪くなかった。


「帰りの馬車に、売るものを積めればよい」


 オスカーは言った。


「白嶺へ必要なものを運び、白嶺から売れるものを運び出す。行きと帰り、両方に意味ができる」


「そうすると、道代が少し軽くなりますか」


「少しではなく、かなり」


 アリアの顔が明るくなった。


 だが、すぐに眉が寄る。


「でも、売れるものを、きちんと作らないといけません」


「その通りです」


「多すぎても、だめですか」


「売れ残ります」


「少なすぎても」


「相手にされません」


 アリアは、難しい顔をした。


「商売は、難しいです」


「はい」


 オスカーは真面目に頷いた。


「だから、商人がいます」


 アリアは顔を上げた。


「では、教えてください」


 その言い方が、少し前にマルタへ頭を下げたときと似ていた。


 オスカーは知らない。


 けれど、ルークスは気づいたようで、少しだけ笑った。


「私が知っている範囲でよければ」


 オスカーは言った。


「ただし、甘いことは言いません」


「はい」


「損をする話には、損をすると言います」


「はい」


「売れないものは、売れないと言います」


 アリアは少し考えてから、頷いた。


「その方が、助かります」


 オスカーは、今度こそ少し笑った。


 困ったことに。


 この小さな取引相手は、商売の話になると声がぶれない。


* * *


 夕方前、オスカーは荷馬車へ戻った。


 来たときより、帳面が重い気がした。


 実際には、紙が数枚増えただけだ。


 けれど、その紙には、冬野菜、羊毛、保存食、薬草、温泉を使った乾燥場のことが書かれている。


 そして、空の荷馬車で帰るのはもったいない、という小さな姫様の言葉も。


「では、いったん男爵領へ戻ります」


 オスカーは言った。


「父に、ですか」


 ルークスが尋ねる。


「ええ」


 オスカーは、少しだけ苦い顔をした。


「確認と、抗議と、礼です」


 アリアが首を傾げた。


「礼も、ですか」


「はい」


 オスカーは答えた。


「面倒な場所へ行かされましたが、面白いものを見ました」


「面白いもの」


 アリアは、きょとんとした。


「白嶺ですか」


「白嶺も」


 そのとき、仮住まいの扉が少し開いた。


 小さな体が、すべるように外へ出てくる。


 オスカーは、それを見た。そして、固まった。


 龍だった。


 小さい。たしかに小さい。


 だが、龍だ。角があり、翼があり、尾がある。


 しかも、当たり前のようにアリアのそばへ歩いてきて、前足を石の上に置いた。


 オスカーは、商人として積み重ねてきた初対面での技術を、人生で初めて全部忘れた。


 レクス・ノアは、オスカーを見上げた。


「帰るのか」


「……はい」


 返事は勝手に出た。


 とても素直だった。


 レクス・ノアの尻尾が、ゆっくり動く。


「また来い」


「はい」


 二度目も、勝手に出た。


 ノアの声が弾んだ。


「すごく素直」


「相手が龍なら、たいていの商人は素直になります」


 オスカーは、やっとそれだけ言った。


 アリアが慌てる。


「怖がらせてしまいましたか」


「怖くないと言えば嘘になります」


 オスカーは正直に言った。


「ですが」


 彼は、レクス・ノアをもう一度見た。


 小さな龍は、アリアの足元にいる。


 脅しているわけではない。


 ただ、そこにいる。


「白嶺で見たものの中で、一番、噂になりそうです」


 アリアの顔が少し不安になる。


 オスカーは手を振った。


「悪い意味とは限りません。商売は、噂から始まることもあります」


「噂」


 レクスが短く言った。


「雑だ」


「雑で速いのが噂です」


「危険だな」


「はい。だから、扱う人間が要ります」


 オスカーは、言ってから自分で少し驚いた。


 龍相手に、商売の話をしている。


 帝都南市場でも、さすがにこれは初めてだった。


 ノアが楽しそうに言った。


「また来る?」


 オスカーは、今度は自分で選んで頷いた。


「来ます」


* * *


 帰り道の馬車は、来たときよりも揺れた。


 少なくとも、オスカーにはそう感じられた。


 頭の中で、白嶺の品が並んでいる。


 冬野菜。羊毛。干し肉。薬草。温泉の湯気で乾かしたもの。


 山道。空の帰り荷。


 龍。


 龍は商品ではない。当たり前だ。当たり前だが、噂にはなる。


 噂になるなら、人も動く。


 人が動けば、物も動く。


 物が動けば、金も動く。


 金が動けば、町は少しだけ息をしやすくなる。


 オスカーは額に手を当てた。


「……してやられたなあ」


 御者が振り返る。


「何か言いましたか」


「男爵様だ」


「はい?」


「私に見せたかったんだ。白嶺を」


 オスカーは、数日前に男爵家で見たガイゼルの顔を思い出した。


 ほんの少し緩んだ口元。


 申し訳なさそうではない顔。


 読みどおりに事が運んでいる顔。


 馬車は、長い山道を下っていた。


 白嶺から男爵領までは、近くない。


 行きは三日。帰りも、天気が崩れれば四日はかかる。


 それでも、オスカーの頭は、帝都の店ではなく、あの湯気の町に戻っていた。


「ずいぶん静かですね」


 御者が言った。


「考えごとだ」


「儲かる話ですか」


「まだ分からん」


 オスカーは帳面を閉じた。


「ただ、放っておくには惜しい」


 オスカーは窓の外を見た。


 白嶺の湯気は、もう見えない。


 山道だけが続いている。


 御者は、よく分からないという顔をした。


 それでいい。


 商人の目に見えるものは、ときどき、商人にしか見えない。


 白嶺の人々が、自分たちの価値を知らなかったように。


 オスカーもまた、行くまで知らなかったのだ。


 あの町が、まだ値のついていない宝を持っていることを。


 抗議はする。


 礼も言う。


 けれど、その前に。


 まずは、あの町の値札のつけ方を考えなければならなかった。


* * *


 ヴァルド男爵家に戻ったのは、出発から数日後の夕方だった。


 オスカーは、ほこりを払うより先に、ガイゼルのいる部屋へ通された。


 ガイゼルは何も聞かなかった。


 ただ、いつものように座っていた。


 それがまた、少し腹立たしい。


 オスカーは深く息を吐いた。


「男爵様」


「何かな」


「最初から、そのつもりでしたね」


 ガイゼルは穏やかに首を傾げた。


「何のことだろうか」


「私が白嶺へ文句を言いに行き、あの町を見ることです」


 ガイゼルの口元が、また少しだけ緩んだ。


 今度は、オスカーにもはっきり分かった。


「白嶺はどうだった」


 ガイゼルが尋ねる。


 オスカーは、少し考えた。


 呪われた土地。


 湯気の町。


 冬の葉。


 空の荷馬車。


 数字を真剣に書く小さな姫様。


 足元にいる龍。


「困った土地です」


 オスカーは言った。


「遠い。道が悪い。人が少ない。売り方を知らない。荷をまとめる仕組みもない」


「ですが」


 オスカーは帳面を机に置いた。


「品があります。人もいます。信用できそうな目もありました」


「もう一度行きます」


 オスカーは言った。


「今度は、文句だけではなく、話をしに」


「助かる」


「まだ助かるとは限りません。私は商人です。損をするためには動きません」


「それでよい」


 ガイゼルは頷いた。


「損をし続ける者は、長く味方ではいられない」


「敵いません」


 オスカーは頭を掻いた。


「まったく、敵いません」


 ガイゼルは何も答えなかった。


 ただ、窓の外を見た。


 その先には、白嶺へ続く山道がある。


 オスカーの荷札には、次に白嶺へ持ってくる品の欄が残った。


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