事の顛末とこれから
「まず……そうだね、私が誰か、ということから話し始めようか。私の名前は火ノ川煙。そこにいる白蓮を殺すために派遣された専門家さ」
専門家の女性、火ノ川さんは僕たちにそう名乗った。
「火ノ川さん。さっきから気になってたんですけど、その『白蓮』っていうのがこの子の名前なんですか?」
隣に立っている狐を見ながら、僕は尋ねる。
しかし、僕の質問に火ノ川さんが答えるよりも先に、当の本人である狐が名乗りを上げた。
「いかにも‼︎妾こそが生きる伝説、白蓮じゃ‼︎」
生きる伝説って……。先ほどまで死んだフリをしていたのに太々しいやつである。
そんな僕の思考がバレたのか、狐から鋭い視線を向けられた。
「事実、彼女は特別な怪異なんだよ」
そんな狐をフォローするため(多分違う)に、火ノ川さんから説明が入る。
「なんせ、平安時代から存在する大怪異だからね。我々が認知している怪異の中でも、トップファイブには入るであろう力の持ち主だったよ」
力の持ち主“だった”。過去形ということは、やはり今はそれほどの力はないのだろう。僕と出会った時には、既に死にかけという感じだった。
「あやつらさえいなければ、妾はここまで力を失うことはなかったのじゃ……ッ!!」
狐——白蓮が、苦虫を噛み潰したような顔をする。よほど許せないのか、彼女の背後には憎悪の炎が燃え上がっていた。
「火ノ川さん、あやつらっていうのは……」
「間違いなく、私の組織から派遣された討伐隊だろうね」
「そうですか……あれ? でも白蓮に派遣されたのは火ノ川さんじゃないんですか?」
実際に白蓮を殺しに来たのも火ノ川さんだった。てっきり僕は、火ノ川さんとは別の陣営がいるのかと思っていたのだけれど。
「違う違う。私の仕事は、討伐隊が殺し損ねた白蓮の観察と確殺だよ。全盛期の白蓮なんかと戦ったら、私なんて細胞の一つすら残らない」
「その通りじゃ。なんじゃ専門家、案外話が分かるではないか」
火ノ川さんに褒められて、明らかに白蓮の機嫌が良くなった。殺されかけた相手に褒められて喜ぶとは。大物の器を感じさせてくれる。
「……っていうか今さらですけど、白蓮のこと匿っちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。バレたら死ぬってだけ」
「一大事じゃないですか!?」
そこまでして僕たちのことを助けてくれるのか……。事の重大さに驚くと同時に、どうしようもない罪悪感に襲われた。
僕が白蓮を助けようとしなければ。
いや、分かっている。こんな考えは僕の気持ちを汲んで命を懸けてくれた火ノ川さんにも失礼だし、僕が白蓮の命と火ノ川さんの命を天秤に掛けるというのは、傲慢としか言いようがない。それでも、考えずにはいられなかった。
「勘違いしないで欲しいんだけどね、少年。私は別に命を懸けたんじゃないよ。むしろ賭けたんだ」
火ノ川さんと目が合う。その目は確かに、何か大きな物を掴み取らんとする挑戦者のものだった。
「最近、組織の動きが怪しくなっている」
火ノ川さんが声のボリュームを落とす。
「怪異を現実から引き剥がすってのが組織の目的でね。今までは怪異と交渉して上手いことやってたんだけど……新当主になってから、怪異を退治するという方向性にシフトチェンジしたらしい」
「怪異を、退治……」
「だけど、私はむやみやたらに怪異を退治するべきではないと思っている」
なんというか、意外だった。初めて会ったのが白蓮を退治するところだったのもあって、なんとなく火ノ川さんを怪異を殺す仕事人だと勘違いしていた。
「少年、怪異という存在はどうやって産まれると思う?」
「あぁ、さっき白蓮に聞きました。人間の気持ちと物語が混ざって産まれる……みたいな」
「それだけじゃないんだけど……それは今は重要じゃないね。これは私個人の考えなんだけど、怪異を殺す、というのは、つまり込められた想いを無碍にするのと同義だと私は思うんだよ。たとえ込められた想いがどうしようもないものだったとしても、専門家である私たちが受け止めてあげるべきじゃないかってね」
心がこもった口調で、火ノ川さんはそう言い切る。
「人間がどんな想いを寄せようと、妾たちには関係のない話じゃがな」
「ま、怪異からしてみればそうなんだろうけどね」
白蓮が茶々を入れたのに対して、火ノ川さんはただ乾いた笑いを返すだけだった。それは諦めているようでもあったし、全てを受け入れているようでもあった。今日怪異を知ったばかりの僕では、それを判断することはできない。
あるいは、一生かかっても——。
「君たちには、怪異と人間が手と手を取り合って仲良くする、その成功例になって欲しいんだ」
「手と手を取り合って……ですか? 僕と、この子が?」
「無理そうかい?」
「いや、無理っていうか……」
白蓮の言葉の端々から滲み出る、人間への無関心。そんな彼女と対等な関係を築くというのは、不可能に近いと感じた。
「どうしたのじゃ? 旦那様?」
「白蓮、どうして僕のことを旦那様と呼ぶんだ? 僕なんてそこら辺にいる一般人と、何ら変わりはないんだぞ?」
出会ったばかりの僕を、なぜ当たり前のように旦那様と呼ぶのか。いくら婚姻の儀を結んでいるからと言って、精神的な拒否感はないのか。本当は僕を、どんなふうに思っているのか。
「何を言っておる、旦那様は旦那様じゃろうが?」
しかし僕の思いは届かず、白蓮はそう言って不思議そうな顔を浮かべるだけだった。さっきまであんなに流暢に喋っていたのに、会話の通じないNPCと話している気分だ。
気持ち悪い。拭いたくなるような嫌悪感を感じる。
「残念だけど少年。それは無理だよ」
そんな僕の様子を察してか、火ノ川さんが 優しい声色でそう言う。
「怪異にとって、設定はそのまま精神の主軸だからね。君が今やってるのは、人間はなぜ人間なのか?みたいな哲学的な質問と同じだよ」
「でもっ……それじゃあ、僕はどうすれば良いんですか?」
仲が良い設定を植え付けろ、とでも言うのだろうか。今でさえ認識の違いが気持ち悪いのに、とてもじゃないけれど耐えられそうにない。
「愛し合うしかない。設定で説明できないほど、濃密にね」
予想を裏切り、火ノ川さんの提案は僕が思っていたよりも数倍純粋なものだった。
設定を上回るほど愛する。決して簡単ではないけれど、それなら胸を張ってやっていける気がした。
「……分かりました。僕で務まるかは分かりませんが、精一杯頑張ってみます」
「よし、契約成立だね」
火ノ川さんから右手を差し出される。最初はなんだか分からなかったけれど、遅れて、それが契約の握手だと分かった。
「そういや、少年の名前を聞いていなかったね。白蓮はもちろん、私もこれからは運命共同体だ。今後のためにも教えてくれるかい?」
差し出された右手に応じながら、僕は答えた。
「十月霞。それが僕の名前です」




