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どうでもいい話 脱力エッセー  作者: カキヒト・シラズ


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シリーズ世界文学最高峰⑩ 「失われた時を求めて」  (前編) 読まずに死ねるか!

初出:令和8年1月10日



 どうでもいい話シリーズも今回が99回目。100回記念に特別企画を考えたのだが、今回99回と次回100回に渡って、「失われた時を求めて」の感想文を掲載しようと思う。


*************************


 マルセル・プルースト「失われた時を求めて」を全巻完読した。

 この世界文学最高峰の大長編を死ぬ前までに1回は通読しようと思っていたが、実現した今の感想は読まずに死んでも人生にそんなに遜色なしといった脱力感が強い。

 「失われた時を求めて」を「読まずに死ねるか」という思いで今回苦労して読破したのだが、全巻「読んだら死ぬぞ」という命題も成り立つ。


 昔の角川映画の宣伝に「観てから読むか、読んでから観るか」というのがあったが、「読まずに死ぬか、読んだら死ぬぞ」といった感じか。

 本を読むときは老眼鏡をかけているが、今回、ハズキルーペをかけて速読した。ハズキルーペは通常の老眼鏡より強度が強く、小さい文字も読めるが、長時間使うと老眼がさらに進行する。だから読んだら死なないまでも、眼にダメージを与える。

 トライアスロンと「失われた時を求めて」完読は健康状態に問題ない若いうちに挑戦すべき。高齢者にはおすすめしない。


 ではなぜこの小説を世界文学最高峰だと小生は考えたのか。

 確かに「失われた時を求めて」推しの文芸評論家も国内外(特にフランス)に多数いるが、他の作品を世界文学最高峰と評する論者も世の中にはいる(イギリスではあまり評価されない?)。

 小生の場合、学生時代、作品全体の7分の1に過ぎない冒頭部分、第一部「スワンの家の方へ」だけ読んで、感動した。

 これぞぶっちぎりで面白さ世界文学ナンバーワンの小説だと思い、残り7分の6を読まずにそう判断したのだが、全巻読んでみると微妙。竜頭蛇尾で残り7分の6がつまらな過ぎるのだ。



1.で、どんな話か


 さて、あなたが「失われた時を求めて」を全く知らない場合を仮定して、作品のダイジェストを紹介しよう。全編ほぼ一人称小説で「私」が語り手兼主人公だ。舞台は第三共和政のフランス? 1914年の第一次大戦が物語ラストで出てくるので、その40年前から1914年ぐらいの時代か。


①スワンの家の方へ


 「スワンの家の方」へは、さらに①「コンブレ」、②「スワンの恋」、③「土地の名・名」の三つに分かれる。

 「コンブレ」では、「私」の就寝の心理描写から始まる。夢なのか現実なのか境界が曖昧な状態の心理描写だ。

 やがて有名な「マドレーヌ体験」。マドレーヌを食べたら、懐かしい気持ちになる。どうして懐かしいのか考えると、子供時代、コンブレ村に住んでいたとき、よく食べたおやつで、その時代のことを思いだす。

 「私」が朝、ベッドから目が覚めかけると、部屋の配置、つまりどこに窓があり、箪笥があり、カーテンがあるといったことをぼんやりと思い出す。ところが次の瞬間、その配置は消え去り、窓やカーテンの位置が変わってしまう。最初に思い出したのはコンブレで過ごしたときの寝室の配置で、今はパリの別の家で暮らしているのだ。


 「スワンの恋」は、「私」が出生以前のスワンの若い頃の物語。

 スワンはユダヤ人で貴族ではないがビジネスで成功して社交界入りが許された、いわゆるブルジョワジーだが、高級娼婦オデットにだまされ、彼女と結婚してしまう話。

 「私」とアルベルチーヌの恋愛およびその失敗談や苦労話が全編のメインストーリーだが、これはその前哨戦。「私」の人生の先輩も若い頃は恋愛でこんなに悩んだという話。

 ちなみにスワンは、コンブレにいた幼少時代の「私」がママに甘えたいときにかぎって、マロングラッセをお土産によく遊びに来るおじさんなので、「私」はスワンおじさんが嫌いだった。


 「土地の名・名」は、本編の二大ヒロインの一人、ジルベルトが登場? 

 子供の「私」は屋外へ出ると美少女を発見。美少女は大人たちから「ジルベルト」と呼ばれる。視覚情報で美少女、音声情報「ジルベルト」も可愛らしい名前。この二つの情報の融合で「私」は激萌えに。

 また子供時代の「私」は貴族の美女たち、特にオデットがドレスを着て馬車に乗る姿を見て激萌えだった。だが40歳近い今現在、女性たちはあんなドレスは着なくなり、今時の若者たちはあんな激萌えシーンが見られないのでかわいそうだと中年の「私」が嘆く。


②花咲く乙女たちのかげに


 「私」とジルベルトは子供同士ながら相思相愛に。ボディータッチなどエッチなことも楽しむ。

 ところが次第に恋が冷め、別れてしまう。

 実はジルベルトは「スワンの恋」で結婚したスワンとオデットの子供。


 一方、「私」は祖母に連れられ、バルベックの海岸でバカンスを楽しむ。

 そこで「私」は同年配のイケメン貴族ロベールに会い、親友になる。


 一方、バルベックには「花咲く乙女」というグラドルユニットみたいな美少女のグループがいた。

 これは高名な画家エルステールが雇っている絵のモデルだった。

 エルステールはこの他、美少年モデルも雇っているようで、美少年の方は朝、海岸でフルチンでヌードモデルにされた記述を全編終盤に見つけた。

 「花咲く乙女」たちの方はヌードになったかどうかはわからないが、水着モデルぐらいはやらされたようだ。

 「私」は「花咲く乙女」たちの中の一人、アルベルチーヌの推しになるが、やがて口をきく仲になる。



③ゲルマントの方へ


 ゲルマント公爵夫人が主催する社交界サロンに出入りすることは「私」の身分にとり名誉なことだったが、これもバルベックに連れて行った祖母のコネのおかげか(有力な貴族夫人と友達だったので)。

 その祖母が病気で急死する。

 親友ロベールはプレイボーイで風俗で遊びまくり、風俗嬢の彼女がいる。その影響で「私」も女遊びに余念がない。

 ところがあるとき、ロベールは軍人に志願してしまう。

 またこのころ、アルベルチーヌが「私」の家を訪ねてきて、二人は恋仲になる。


 ゲルマント公爵夫人のサロンは貴族たちが芸術や哲学の知識をひけらかし、マウント合戦をやっているだけで、味気ない。

 

④ソドムとゴモラ


(旧約聖書に出てくるソドムとゴモラは神から罰を受けた呪われた都市名だが、ここではソドム=ゲイ、ゴモラ=レズの意味であると訳書の解説に書いてありました)


 社交界に出入りするシャルリュス男爵が実はゲイだったことを「私」は発見してしまう。

 またアルベルチーヌは同じ「花咲く乙女」のメンバー、アンドレとレズの疑いが浮上する。


⑤囚われの女


 アルベルチーヌと「私」は同棲する。

 しかしアンドレとのレズ疑惑などで二人に関係は破綻しかける。


⑥逃げ去る女


 アルベルチーヌは「私」の家を去る。

 そのうち戻ってくると思っていると、アルベルチーヌの親から電報が届き、馬車から落馬事故でアルベルチーヌが死亡したことを知る。

 また別の電報でロベールとジルベルトが結婚したことを知る。


⑦見出された時


 月日は流れ、この物語の主要キャラクターたちがみな高齢になる。

 「私」もあるとき若者からダサいおやじと笑われ、自分が年とったことに気づく。

 ジルベルトはサロンで母オデットに間違われる年齢になる。

 ロベールは同じ軍人のモレルとゲイの関係であったことがわかる。

 第一次大戦が終戦しかけるときロベールは戦死する。

 

 「私」は80歳になったゲルマント公爵のよちよち歩きを見ながら、<時>を描いた小説、すなわち「失われた時を求めて」を執筆することを決意し、物語は終わる。


(つづく) 


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