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どうでもいい話 脱力エッセー  作者: カキヒト・シラズ


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追悼:村上龍 限りなく確信に近いワクチン死

初出:令和8年10月24日



 作家、村上龍が亡くなった。享年74歳。

 死因は公開してないが脳梗塞関係の病死との説がネットで見つかった。

 Xでは早速、コロナワクチン接種を遠因とする死亡説も複数ツイートされた。

 74歳という高齢を考えるとなんとも言えない。コロナワクチン接種が関係しているかもしれないし、そうでないかもしれない。


 以前、小生の推しバンドのメンバーがのきなみワクチン死した。公式にワクチン死と公表されたわけではないが年齢的に若くして急死したのでワクチン死の可能性が濃厚だった。

 Xでは「自分はこのバンドのファンだが、訃報に際してワクチン死と書き込むのは不謹慎なので許せない」という書き込みを見つけた。

 これに対し「実は私も大ファンですが、あなたが一番好きな曲は何ですか」と書き込んでみると先方はトンチンカンな回答。どうも彼はバンドの曲を一曲も知らないらしい。

 つまり彼はいわゆる火消工作員(組織に雇われた人)でバンドのファンではなかったのだ。バンドのファンを偽装して「不謹慎」だと書き込んだのは、彼の仕事(対価として報酬をもらう)だったからで、彼の本心ではなかったのだろう。


 小生が読んだ村上龍の小説は思い出せるかぎりでは以下の通り、


「限りなく透明に近いブルー」

「コインロッカー・ベイビーズ」

「ラッフルズホテル」

「イン・ザ・ミソスープ」


 これだけしか読んでないので村上龍について語る資格があるかどうかはわからないが、一つだけ言えるのは、火消工作員になるような人間が村上龍の小説の愛読者である可能性は低いということだ。

 つまり村上龍の訃報に際し、ワクチン死を話題を不謹慎だと書き込む人は村上龍の小説を読んでいないと推定される。

 小生の分析では村上龍の小説が肌に合う人は以下の通り、


 ・権威に従うのがうざいと感じる人

 ・周囲の同調圧力に従うのがうざいと感じる人

 ・周囲から自分が孤立することにあまり恐怖を覚えない人


 これは明確な思想を持って権威に反抗する人とは少し違う。感覚的に権威に従うのが面倒な人という意味だ。

 また思想として独立心旺盛な人とも違うかもしれない。思想ではなく感覚的に周囲に合わせるのが面倒だから合わせない人のことだ。



1.作家でなければホームレス?


 ところで村上龍についてみなさんはどんなイメージを持っているだろうか。

 今でこそ”エラい先生”扱いされているが、全盛時代、マスコミの論調はその真逆だった。

 70年代から80年代にかけて、作家として村上龍が一番人気があった時代、栗本真一郎がエッセーでこう書いたのを覚えている。

 「村上龍は作家をやっていなければホームレス(浮浪者?)になるしかない人間だ」

 この栗本真一郎は学者兼作家兼テレビタレントのような人で、今で言えばひろゆきやホリエモンのような当時の文化人タレントのご意見番だ。


 実際のところ、村上龍は作家だけでなく当時からテレビやラジオでタレントとして活躍していたのでホームレスとはほど遠い経済状況だと推測するが、作家として当時の権威ある評論家から絶賛されていたというより、バッシングを受けていた感じがする。

 これは同じ村上つながりで言えば、村上春樹にも言えることだ。

 村上龍と村上春樹のダブル村上文学は当時の若者たちから支持され、ベストセラーだったが、権威ある評論家たちは「あんなものは文学でない」と切り捨てる論調が主流だったように思う。

 これはちょうと今のラノベに通じるものがある。ラノベは売れているが、文学として必ずしも高く評価されていないのではないか。



2.ラノベ文体の発明者か


 村上龍の小説のフォーマットをご存じだろうか。

 風景の描写や登場人物の行動や台詞に混じり、登場人物の内的独白(心内文)が描かれることは通常の小説にもよくあるが、村上龍の小説の場合、この内的独白が延々と続き、ときには内的独白だけでサブストーリーを作ってしまうことがある。


 去年、ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ」を読んだが、第1章でこれと同じ手法を使っている。

 つまり、下宿先で数年前の母の葬式の話題になったとき、主人公が母の葬式のことを思い出し、延々と葬式のことが描写される。また寝たきりの叔父の家に見舞いに行ったとき、主人公は海岸での彼女との思い出にふけり、延々とその場面が描写されるのだ。

 

 村上龍は実は現代文学を”お勉強済み”なのではないかと思われる。



 ところでみなさんは70年代に発表された「コインロッカー・ベイビーズ」の最後の章をご存じだろうか。

 それまでの文体とは異なり、文章の行替えが多くなり、活字びっしりだったこれまでの紙面に空白が占める割合が多くなる。

 また文章そのもののノリが軽い。これはまさにラノベの文体だ。

 村上龍は70年代にすでにラノベの文体で小説を書いていたのである。

 小生がこの部分を初めて読んだとき、よく言えば新しい小説の可能性を感じた。ただし好き嫌いで言えば従来型の小説の文体の方が好ましいという感想も持った。


 将来、評論家がラノベを発明したのは村上龍だと認定する日が来るかもしれない。

 そしてその時代になれば村上龍は現代日本文学の文豪として、不動の権威を確立しているだろう。



(つづく)


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