シリーズ気まぐれ読書感想文⑤ 大江健三郎再読 縮む男 VS 隠遁者ギー
初出:令和8年10月5日
大江健三郎「洪水はわが魂に及び」「万延元年フットボール」を再読した。
最近、SNSで大江文学が話題になった。小生は「同時代ゲーム」「『雨の木』を聴く女たち」の二作がお気に入りで大江文学通を自認しているが、ふと気がつくとあまり大江作品を読んでいない。
「洪水はわが魂に及び」は20年以上前に読んだが、覚えているのは最初の部分を読み、真ん中を飛ばし、最後の部分を読んだこと。自分では読んだつもりでいたが、”中抜き”読書は反則だろう。
一方、「万延元年フットボール」も同じ時期にSRS速読した。こちらは最初から最後まで読んだ記憶がある。だが高速の速読のため読了まで30分もかからなかったかもしれないが、中身をほとんど記憶していない。ただこの小説は先に読んだ「同時代ゲーム」の習作といった印象しかない。東京に住んでいる主人公が故郷の四国に行くことが共通しており、「同時代ゲーム」の「木から降りん人」と本作の「隠遁者ギー」が同一キャラクターに思えたからだ。
だが今回再読してみると、二作ともこれまでの印象とは全く違う作品だった。
1.洪水はわが魂に及び ネタバレあらすじ
主人公、大木勇魚は武蔵野台の核シェルターを魔改造した住居に知恵遅れの息子ジンと二人で住んでいる。
勇魚は政治家「怪」の娘と結婚し、もともと「怪」の秘書をやっていた。また「怪」は建設会社のオーナー一族で、当初税金で核シェルターを建設していたが開発が中止になってからは同じ建設会社が魔改造し、政治秘書をやめて早期リタイアした勇魚が住んだ。妻とは別居している。
実は政治家の「怪」は外交の仕事と称して海外によく行くが、その目的は現地で児童売春すること。勇魚はそれを知って政治秘書をやめ、(当初は例の建設会社広報部で働くが、そこもやめ?)、ニート状態でリタイアした。
勇魚は自らを「樹木と鯨の代理人」と称し、ジンの介護をしながら、スピ系の自然環境保護を訴える慈善活動をしている。
すると近所の映画撮影所の廃墟をアジトにした「自由航海団」という左翼系?テロ組織が勇魚に近づく。最初は組織の伊奈子という若い女性が色仕掛けで勇魚に接近したり、「ボウイ」という組織の少年が体調不良になり、勇魚の核ショルターで伊奈子が彼を介抱するなどしたりする。
そのうちに勇魚は「自由航海団」のメンバーになっている。
また「自由航海団」は伊奈子の色仕掛けで自衛官を一人、「自由航海団」のメンバーにしてしまう。
こうして「自由航海団」は銃器や爆弾を手に入れ、日本に武力革命を起こすべく、軍事演習する。
ところが「自由航海団」のメンバーで元プロカメラマンの「縮む男」が軍事演習風景を撮影し、ひそかに週刊誌に写真を売る。
「縮む男」はこれが「自由航海団」にばれ、組織に処刑されてしまう。
一方、警察は週刊誌の情報から「自由航海団」のテロ活動を知る。メンバーの元自衛官は警察に逮捕されそうになり自殺する。
またアジトに籠城した「自由航海団」に対し、機動隊が銃撃する。
伊奈子、ジン、ドクター(医者でメンバー?)は「自由航海団」のメンバーでなく、人質という設定にして、無事?、機動隊に保護される。
実は高齢の「怪」は癌で死亡した。もともと「怪」の係累の男性が「怪」の後継者とされていたが、勇魚の妻(「怪」の娘)が「怪」の選挙区から出馬して政治家になる。息子ジンの命を救ったのは彼女が機動隊に命令したためであることが暗示される。
機動隊との銃撃戦で「自由航海団」のメンバーは数人死亡していた。機動隊によりアジトに水が注入される中、籠城した勇魚は「樹木と鯨の代理人」を意識して死んでいくことが暗示され、物語は終わる。
2.万延元年フットボール ネタバレあらすじ
東京在住で英語教師の蜜三郎(以下、蜜)は、妻の菜採子、弟の鷹四(以下、鷹)とともに四国?の故郷に帰る。
鷹は安保闘争に参加したカリスマだが、渡米して日本人旅行客相手にツアーコンダクターをしていたら日本人の実業家(実は在日朝鮮人であることが後でわかる)、「スーパーマーケットの天皇」と知り合う。彼は鷹たちの故郷の土地にスーパーを建てたいので不動産を売ってほしいとのこと。
そこで鷹が蜜夫婦に提案し、自分が日本に帰ったら四国へ暮らそうということになる。不動産の代金で早期リタイア生活ができるからだ。
蜜は友人の自殺でショックを受けていた時期でもあり、鷹の提案に同意する。
実は蜜たちの曾祖父は地元の庄屋だったが江戸時代の万延元年に百姓一揆が起こる。
一揆の首謀者は実は曾祖父の弟だった。鉄砲を持っていた庄屋側の軍勢が一揆を鎮圧し、一揆参加者は弟以外全員が処刑され、弟だけ逃げのびる。
その後、1945年の終戦時、蜜たちの兄であるS兄が兵隊だったためか近くの朝鮮人部落の人たちに殺される。
また蜜たちの妹は20歳前に謎の自殺をしている。
鷹は四国に着くと地元の若者を集め、フットボールチームを作る。
「スーパーマーケットの天皇」のスーパーが地元に開店すると鷹はフットボールチームのメンバーたちに命令し、商品を万引きするなど営業妨害をする。
ところが「スーパーマーケットの天皇」はヤクザを雇って抗戦に出るとのうわさが流れ、鷹が不利になる。
鷹は蜜の妻、菜採子と不倫し、はらませてしまうが、あるとき蜜はこれを知る。
また蜜たちの妹が自殺した原因について鷹が蜜に告白する。実は鷹と妹は近親相姦の関係だったが妊娠してしまい、そのことで妹は自殺したのだ。
鷹はこれを告白した後、銃で自殺する。
「スーパーマーケットの天皇」であるパクは蜜のもとを訪れ、和解する。
菜採子は東京に戻り、妊娠した鷹の子を産み、育てることを決意する。
一方、蜜はアフリカに渡り、英語教師の仕事に就くことを考え、物語はおわる。
3.大江は悪魔主義者?
二つの小説の共通項は第一にテロ小説であること。第二にエログロ描写がすごいこと。第三に登場人物の多くが自殺することか。
ただしテロ活動を描きながら、左翼のイデオロギーについて語っているわけではない。
またエログロ描写や自殺者の話など、大江はマルクス主義者ではなく、悪魔主義者ではないかという妄想も抱いた。
これだけ頻繁に性行為が描写されるのに読んでてほとんど性的興奮を覚えないのは、吐しゃ物や排泄物などグロ描写がエロ描写と同居しているからか。
驚いたのは「洪水はわが魂に及び」で政治家の外国での児童売春が出てくることだ。エプスタインリストで最近話題になっていることを半世紀以上前に大江が指摘している。
周知の通り、大江健三郎氏の御子息で音楽家の大江光氏は、サヴァン症候群とされるモーツァルト同様、生まれつき知的障害を患っている。
このため大江の多くの作品には主人公の息子として知的障害を持った子供が登場する。彼らはときに常人にない異能力を持っているという設定だったりするが、同時に彼を介護する親(=大江氏自身)の苦労話も描写される。
ところで「洪水はわが魂に及び」、「万延元年フットボール」のどちらの小説にも知的障害を持つ息子が登場する。
今回気づいたことだが、登場人物の台詞が長いのは、大江がドストエフスキーを意識しているからだろうか。戯曲的とされるドストエフスキーの小説も登場人物の台詞が長い。
ストーリー的に「洪水はわが魂に及び」はハードボイルド風アクション小説、「万延元年フットボール」は横溝正史風怪奇ミステリー小説にしても面白いのでなないか。
自分の脳内で勝手に魔改造してみた。
(つづく)




