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どうでもいい話 脱力エッセー  作者: カキヒト・シラズ


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どの時代のアキバが好きですか? 秋葉原変遷

初出:令和8年9月23日



 どうでもいい話だが、秋葉原に最後に行ったのが二年前ぐらいだっただろうか。

 それ以降、また変化しているかもしれないが、秋葉原が完全に外国人の街になってしまっているのを見て、もう魅力がなくなり、行かなくなった。

 父が半導体関係のエンジニアだったせいか、子供の頃から秋葉原にはよく連れて行かされた。

 10歳ぐらいの誕生日プレゼントに父からもらったのが当時、最新のテスター(DMM)。もちろん秋葉原で買ったものだ。

 父は生涯に渡って秋葉原に足しげく通ったようだ。秋葉原には仕事で来ることもあれば、趣味の目的で来ることもあった。

 私もまた仕事と趣味の両面でこの街にはお世話になった。

 秋葉原はもともと電気の街であり、エレクトロニクス、IT、PC、半導体関係の技術者は部材を調達するためにこの街に来るが、こういう仕事をしている人の趣味は電子工作や自作PCだったりするわけで、エンジニアにとり、秋葉原は趣味と実益の街だった。

 巣鴨をおばあちゃんの原宿と呼ぶそうだが、小生に言わせれば、秋葉原はオタクの原宿だ。



1.女人禁制だった秋葉原


 小生は世代的に戦後の闇市を知らない。

 しかしながら70年代の秋葉原にはその片鱗が残っていたように思う。いや、現在でも秋葉原ラジオデパートや秋葉原電波会館など、その名残りを感じさせる店もあるかもしれない。

 要するに電子デバイスの闇市商店街なのだ。

 もともと自作ラジオマニアが通う街だったようだが、当時ここへ来るのは業務用の人だけだろう。

 ところが70年代末から80年代にかけて、秋葉原は石丸電気など家電量販店が立ち並び、一般大衆向け電気の街になった。

 秋葉原の改札を降りると、呼び込みのおじさんが寄って来る。

「何買いに来たの? テレビ? ビデオ?」

 といった具合だ。

 そして「テレビならうちの店が一番安い」と言って、特定の店に連れて行く。こういう商法が流行っていた。


 そして石丸電気ビルの奥に入ると、そこは女人禁制のエリアだった。

 1989年だっただろうか。日曜日、小生は一人でこのエリアを散策した。

 ぞろぞろ歩いているのは自分のような若い男性ばかり。女性は一人もいない。

 秋月電子や千石通商といった半導体の店が並ぶ。

 当時、半導体メーカーに技術職で就職した小生は勉強の意味で半導体ショップ街を見に行ったのだが、多分、周囲も似たような連中ではないか。

 女性がいないことを知っているので、歩いている男性たちは汚らしい服装、ダサい髪型のオタクばかり。

 当時、若い男たちはPCに興味があってもそのことを彼女に隠したものだった。というのはPCに興味を持つ男は例外なくキモオタだと見なされ、彼女から嫌われた。

 女に持てる男は湘南でサーフィンをやっていたり、テニスをやっているアウトドア派で、PCが好きな男はそれだけで女から逃げられた。

 現在のように誰もがIT機器を使う時代ではなく、会社でもPCを使うのはエンジニアなどごく限られた職種の人たちだった。

 ゼロ年代、SNSのオフ会を若い女性が主催しているのを知り、心底驚いた。女性がPCに興味を持ち、かつ使いこなしているとは80年代の常識では考えられないことだったからだ。

 ところで秋葉原はこのころはまだ電気の街であって、アニメオタクや地下アイドルの街ではなかった。



2.脱”電気の街”


 秋葉原が電気の街というよりアニメオタクの街になったのは90年代以降だろうか。

 80年代、PCゲームの黎明期で、現在のようにゲームソフトはスクエニのような大手メーカーだけが作るものでなく、趣味でアマチュアが自作したゲームがメーカーに採用されて販売されたり、学生がゲーム会社を起業したりして話題を呼んだ。

 ところが大手がゲーム業界に侵入してくるにつれ、中小のゲームメーカーが潰れ、同人ソフトとして安く秋葉原の店で販売されるようになった。

 同人つながりでコミケの漫画同人誌も同じ秋葉原の店が扱うようになり、このあたりから漫画オタク、アニメオタクの街として秋葉原が次第に脱”電気の街”になっていくのである。ガンプラブームもまたこうした脱”電気の街”の流れに拍車をかけた。

 地下アイドルの街になっていったのはその後だろう。



3.「おいしくなあれ、萌え萌えキュン」


 しかし秋葉原が完全に脱”電気の街”になったわけではない。

 2000年、森政権時代、日本はIT教育に注力し、学校で自作PCを作る授業もあったようだ。

 このころ「石丸電気ビルの奥」では、従来の半導体ショップの隣に自作PCショップが立ち上がった。

 また当時まだPCのネット通販が盛んでなく、PCは店で買う時代だったので、ラオックスPC館やTゾーンなどが石丸電気に替わって秋葉原の”顔”になっていた。

 そして自作PCブームが少し下火になると、今度は電子工作ブームが来た。

 メイド喫茶が秋葉原を席捲したのはこのころか。

「おいしくなあれ、萌え萌えキュン」

 小生は秋月電子に買い物に行く度にこのフレーズを耳にした。


 自作PCショップが並ぶ一角に喫茶店があった。

 中に入ると客たちがそれぞれ自分のモバイル機器を見せびらかしながら、コーヒーを飲んでいる。

 自作PC用のグッズを買い、あるいは秋月電子や千石通商で電子工作用の半導体を買い、この店で飲食するのが、当時の小生にとって至福のひと時だった。



4.秋葉原は移民に占領された


 しかしながら、現在の秋葉原は電気の街でもオタクの街でもなく、外国人の街、移民の街と言っていい。もはや日本ではない。

 街を歩いていても白人は黒人ばかり。たまに日本人らしき集団が歩いていると思いきや、聞こえてくるのは中国語だったりする。

 こうなったら秋葉原は外国に献上してもかまわない。

 そのかわり、秋月電子や千石通商の支店を小生の近所に開業してもらいたいものだ。

 


 (つづく)


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