シリーズ気まぐれ読書感想文③ 三島由紀夫「美しい星」は三島流「カラマーゾフの兄弟」SFバージョンか
三島由紀夫「美しい星」を再読した。
若いころ、この作品はさる文学通の知人からすすめられたので読んだ。
知人は当時の私がフィリップ・K・ディックやサイバーパンクにはまっていることを知った上で、三島が書いたSFタッチの純文学作品ということですすめたのだと思う。
読後感が面白かったことだけは覚えているが、内容はほとんど覚えていない。そこで再読してみることにした。
1.あらすじ&ネタバレ
飯能市に住む四人家族の物語。
大杉重一郎は52歳。職業は無職だが、飯能市に戸建てを持ち、家族がいる。妻と大学生になる息子と娘の四人暮らしだ。
重一郎の父が会社を経営していて若い頃は会社を手伝っていたが、父が亡くなると会社をたたみ、相続した株券を売るなどしたら財産ができた。また学校の教師などの仕事にも就いたが今はリタイア状態だ。
物語は夜中に車で家族四人が天覧山に向かうところから始まる。
実は重一郎が啓示を受け、UFOが天覧山(羅漢山)に現れるというのだ。
これより以前、あるとき重一郎は夜空を見ていた時自分は火星人であるという啓示を受ける。同様に妻、伊代子は木星人、長男、一雄は水星人、長女、暁子は金星人といった具合に啓示を受ける。
ところで天覧山にUFOは結局、現れなかった。
その後、重一郎は「趣味の友」という雑誌に「『●』に興味ある方はお便りください。世界平和のために尽くしましょう」と広告を出したところ、全国から多数の返事が来た。彼らは自分たち同様、宇宙人からメッセージを受けた人々だ。重一郎は「宇宙友邦会」を結成する。
以降、講演会を開催して世界平和を訴える。実は宇宙人から受けた啓示が世界平和だったからだ。
またソ連のフルシチョフ首相に英語で手紙を書き、水爆実験をやめるよう主張する。
一方、長男の一雄はプレイボーイで彼女をとっかえひっかえして遊んでいたが、妹の暁子がたしなめると、「自分は宇宙人だから下等動物たる地球人の女を弄んでも罪にならない」と一雄は答える。
また暁子は竹宮という金沢在住の男と文通している。竹宮は金星人だという。
暁子は金沢に行き、竹宮と邂逅する。竹宮は古典芸能などに精通した良家の出身だと語り、二人で砂丘に行き、UFOを目撃する。
暁子が実家に戻ると、妊娠していた。暁子は聖母マリアのように処女妊娠だと主張する。父、重一郎は金沢に赴くが竹宮という男は見つからない。竹宮は本当に金星人でUFOで金星に帰省したのか、あるいは竹宮はヤリモクで暁子に近づいたチャラ男で、彼女が妊娠したので逃げてしまったのか、そのいずれかだと重一郎はいぶかる。
一方、仙台では羽田という大学助教授を中心に三人の白鳥座から来た宇宙人が集まる。彼らもまた床屋や銀行員といった元地球人で、宇宙人からの啓示で覚醒したのだ。
彼らは地球人を滅ぼすべきという思想を持ち、政治家の黒木を支持している。黒木もまた白鳥座系の宇宙人であることが示唆される。彼らは重一郎のような太陽系宇宙人とは真逆の思想を持っていた。
一雄は右翼政治家、黒木に傾倒し、彼の講演会にはよく足を運んだ。一雄はあるとき黒木から「お父さんの重一郎は宇宙人か」と尋ねられる。一雄は自分を正式に秘書にし、引退後は選挙の地盤を譲ることを条件に、重一郎が火星人であることを告げる。
すると羽田たち三人の白鳥座系宇宙人が重一郎の家を訪ねる。
羽田たちは、地球人は滅ぶべきだとの議論を展開する。一方、重一郎は地球人を擁護する。
羽田たちは散々、重一郎を罵倒して去っていく。すると重一郎は具合が悪くなって倒れる。
重一郎は病院に入院する。胃がんで余命わずかだと医者に告げられる。しかし重一郎は宇宙人からメッセージを受け、近くの丘にUFOが来ると告げられる。
一雄、暁子、伊代子はこっそり病院から重一郎を連れ出し、車で丘に行く。
すると彼らは丘でUFOを目撃し、物語は終わる。
2.感想
この小説のハイライトシーンは羽田と重一郎の議論の応酬だ。
文庫本の解説にもあったが三島はドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」の大審問官を意識したのかもしれない。
神VS悪魔の哲学的対決を描いたドストエフスキーの大審問官に対し、三島は米ソ対立と核開発による人類滅亡の恐怖といった戦後の国際政治問題をテーマに持って来た。
迫力では本家、「カラマーゾフの兄弟」に劣るものの、こうしたテーマを正面から扱うには既存の純文学では限界で、SF小説の設定を借りてきたのだろう。
文庫本の解説は奥野健男だが、これを読んで感じたのは、1962年発表当時、出版業界では今より純文学と大衆文学の境界がはっきりしていて、領海侵犯はタブーといった風潮があったのだろう。そうした中での純文学とSFの融合の試みは三島にとっても創作の冒険だったのではないかと推測する。
「盾の会」設立や自衛隊駐屯地侵入と切腹といった後の三島の政治活動?は、純文学はもとよりSF小説でも表現できなかった三島の思想の体現か。
それにしろ暁子が婦人科で妊娠していることがわかったシーンといい、重一郎が胃がんを診断されたシーンといい、宇宙人より医者の方が”強い”のは、なんとも宇宙人が頼りないと思ってしまう。
暁子が本当に処女妊娠で、生まれた赤ちゃんが成長したら人類の救世主になって悪者をやっつける、といったストーリー展開はどうか。
勝手に同作品の魔改造を妄想してみた。
魔改造ついでに言及すると、重一郎をはじめ、彼らが本当に宇宙人なのか、狂人の妄想なのか、いぶかるシーンが少し出てくる。フィリップ・K・ディック「ヴァリス」のようにどちらともとれるストーリーがあると面白いし、その方が純文学の領域に小説をおさめやすいと思うのだ。
近代日本文学で描かれる女性の貞操観念は現代人のそれとは少しズレがある。要するに菊池寛に代表されるように昔の日本の男性作家は処女厨が多い。三島は戦後文学だが、まだ処女厨を引きずっているようだ。暁子の描写でそう思った。
日本の純文学で完全に女性の貞操観念が捨て去られるのは村上龍「限りなく透明に近いブルー」ではないかと思うのだが、それ以前にも大江健三郎あたりから、”処女厨”癖が薄まっている感がある。
とはいえこれはどうでもいい話だが。
飯能の天覧山や西武池袋線の駅名など、子供のころ、自分の地元なので興味が持てた。
この他、金沢、仙台など物語の舞台となるご当地の描写が見事だ。
文豪、三島先生ならそれくらいやって当たり前だとツッコミが入るかもしれないが。
(つづく)




