シリーズ気まぐれ読書感想文② 仮面の告白 vs 金閣寺 三島由紀夫は変態文学か
初出:令和8年6月11日
このほど三島由紀夫「仮面の告白」と「金閣寺」を立て続けに速読した。
さて、近代日本文学の文豪としてビッグネームの三島由紀夫だが、これまで小生が読んだのは「潮騒」と「美しい星」の二作品のみ。
「潮騒」はつまらなかったが、「美しい星」は面白かったという記憶がある。
「潮騒」は何度も映画化され、その時代の男女のアイドル俳優がキャスティングされるようだ。文庫本も薄いので、とりあえず読んでみた。
「美しい星」は、小生が若いころ、知人の文学通が三島の一押し小説だと言ってすすめるので読んだ経緯がある。知人は小生が当時、フィリップ・K・ディックやサイバー・パンクなどSF小説に傾倒していることを知っており、「美しい星」をすすめたのだろう。三島の代表作に挙げる評論家は聞いたことがないが、SFと純文学を融合させた傑作だと思う。
ところで三島由紀夫と言えば、ゲイで右翼。ノンケで左翼寄りの小生はこのため敬遠してきた。
ただ三島は当時の純文学作家の中ではSF文学に造詣が深く、このあたりに小生とかろうじて接点が見いだせるぐらいか。
1.ネタバレあらすじ
①仮面の告白
主人公「私」は少年時代からゲイの性癖があり、女に興味がない。
西洋絵画集の「聖セバスチャン」の絵――美青年が裸体で縛られている殉教図を見て、「私」はオナニーを覚える。
初恋は中学校の先輩の不良少年。学校の身体測定で同級生の男子生徒たちの裸を見て「私」は性的興奮を覚える。また男子生徒同士でイチモツを触るいたずらが好きだった。
大学生ぐらいになるとようやく女の体に性的魅力を覚えるようになり、園子という女性と付き合う。キスまでする関係になるがどうしても結婚に踏みきれない。
その原因として、ゲイの性癖がまだ残っていること。「私」と園子の家柄が釣り合わないこと(「私」の一族の方がハイソサイティー)。戦時中なので、浮いた話など考えられないことなどが暗示される。
「私」は大学を卒業し、公務員になるが、園子は別の男性と結婚してしまう。
ところが園子は人妻になってもまだ気があるのか「私」に近寄って来る。
あるとき、園子は「あなたは童貞でしょう」と言い、「私」は曖昧な返事をして、物語が終わる。
②金閣寺
主人公「私」は僧侶の息子で、子供のころから僧侶を志していた。
あるとき「私」が住んでいる村に憲兵隊がやってくる。海軍の脱走兵が逃げたからだ。脱走兵の恋人で有為子という地元の美人を憲兵隊は尋問し、隠れ場所をつきとめる。
「私」はこっそり彼らの後をつける。すると憲兵隊に見つかった脱走兵は銃で有為子を撃ち殺し、自分もこめかみを撃って自害する。以降、有為子が「私」の理想の女性像になる。
僧侶の父は金閣をこの世で一番美しいと「私」に言い聞かせるので、そう思っていた。
ところがあるとき父が「私」を連れ、京都の金閣に旅行に行き、そこの住職である老師に挨拶する。実は父は老師と友人関係で「私」を金閣に預けるので僧侶の修行をさせてほしいと頼む。実際に肉眼で見ると金閣は想像してたほど美しくないので「私」はがっかりする。
それからほどなくして父は病死し、「私」は老師の家に住み、実家の寺の土地は母が売却してしまう。これにより、「私」は実家の住職になる道を失ったが、今度は金閣の住職を目指す。
戦争が終わり、米兵が水商売風の日本人女性を連れ、金閣に観光に来る。英語が得意な「私」は外国人観光客の案内をまかさせていた。
米兵と女性はなぜかケンカになる。最初に女性が米兵の頬を張ったのだ。女性は力づくで米兵に地面に仰向けに倒される。米兵は「私」に女性の腹を蹴るように命令する。「私」はその通りにする。
後日、女性の家族から「私」が腹を蹴ったため流産したとクレームが来る。老師は「私」を叱らず、慰謝料を払う。
老師は「私」を僧侶を養成する大谷大学に進学させる。
そこで柏木というプレイボーイの同級生と友達になる。柏木は女を口説く方法などを「私」に伝授する。
ある日、「私」は老師が性風俗で遊んでいる現場を目撃してしまう。老師は怒り、「おまえに金閣の住職をつがせない」と言われる。
「私」はショックで柏木から金を借りて一人旅に出る。このころ、金閣を燃やす計画を思いつく。
旅から戻ると、借金が返せないので柏木から逃げていたが、柏木は老師に直談判し、老師が借金を払う。おかげで柏木と仲直りでき、「私」の昔の親友が自殺したニュースを教えてもらう。
だがいよいよ老師に金閣から追い出されそうになる。
「私」は性風俗の店に行き、有為子に似た風俗嬢をさがし、童貞を捨てる。
そしていよいよ金閣を放火する。わらを建屋に入れ、マッチで火をつけたのだ。当初、火事になった金閣に「私」は閉じ込められるが、どうにか脱出し、丘に登る。
燃え盛る金閣を眺めながら煙草を一服して物語は終わる。
2.二つの小説の共通項は童貞文学
三島由紀夫はゲイ、谷崎潤一郎はマゾ(SM)、菊池寛は処女厨、芥川龍之介は女性恐怖症。
近代文学の文豪たちの変態性癖を小生はこれまでこのように分類していた。
「仮面の告白」は冒頭の自分が産湯に浸かったことを記憶しているシーンから始まるが、梶井基次郎「檸檬」でビー玉の話が出てくるように、個々人の幼児期の不思議な心象風景を思い出して描写する小説かと思いきや、自分がゲイであることの告白一色になっていく。
だが「仮面の告白」はゲイ文学というより、童貞文学、もしくは素人童貞文学ではないかとも思えてくる。
日本近代文学では、戦前まで、あるいは戦後しばらくの間、作者の劣等感や懊悩を羅列するものが多く、その中に童貞や素人童貞特有の劣等感や悩みを入れても文学は成り立つだろう。
「仮面の告白」と「金閣寺」の共通項は童貞文学、もしくは素人童貞文学ではないか。
童貞の鬱屈感が金閣寺放火の原因となったのかもしれない。
「金閣寺」は重苦しいストーリーの連続だ。
個人的には主人公が米兵の命令で女の腹を踏み潰すシーンがひどい。そのことに主人公が罪悪感を覚えてないようなところがおそろしい。
だがいずれにせよ、三島の圧倒的な文章力、または格調高い文体が二つの小説を文学たらしめている。同じストーリーでも稚拙な文章では、文学的価値は激減するだろう。
(つづく)




