小説は人間でなく、AIが執筆する時代か
初出:令和8年6月5日
みなさんはAIで小説を書いたことがあるだろうか。
あるいは論文の一部、または全部をAIが書いた文章をコピーして発表したことはあるだろうか。
最近、「なろう」でもAIのテキスト生成について、AI使用か不使用かを明記する規制ができたようだ。
ただアマチュアリズムの創作活動におけるAIの規制は、世の中全体からみてあまり大きな意味はないように思う。
商業出版界におけるAIが執筆した小説、または一部AIを執筆に利用した小説はどうだろう。
人間の作家がプロットを考え、AIがそれを文章化したり、逆にAIがプロットを考えてそれを人間の作家が文章化するという試みだ。
基本的には人間の作家が書き、ある一部分だけAIの文章をコピーするという程度の小説ならすでにあるようだ。
また小説でなく、書籍全般の話になると、さらに広義のAI利用ははじまっているだろう。
現在のところAIが書いた小説はつまらないという意見がネットに散見するが、今後、AIが発達すれば人間の作家が書くものより面白いAI小説も出てくるかもしれない。さらにはAIが書いた小説の方が人間の作家の小説より売れるかもしれない。
また生産効率、つまり執筆スピードを考えればAIの方が人間より優っているのは明らかだ。
出版社としては人間の作家には原稿料や印税を払わねばならず、また著作権の縛りも発生する。AIが執筆した小説なら原稿料や印税も払わなくていいので利益率向上が期待できる。また著作権も出版社が持っているので、メディミックスや二次創作など、自由にビジネスを展開しやすい。
いずれ小説は人間でなく、AIが執筆する時代が来るかもしれない。人間の作家は絶滅するか、AI作家と市場をすみわけてかろうじで生存すると思う。
カップラーメンは工場で大量生産される。一方、ラーメン屋のラーメンは人間の職人の手作りだ。
これと同様、一般読者はAI作家の小説を楽しむ一方、一部のマニアックな読者が人間作家の”手作り”小説を楽しむ。ただし市場規模はAI作家の小説の方がメジャーだ。
蕎麦屋で”手打ちそば”という看板を掲げている店がある。製麺機で作った麺より、高くても手打ち麺が食べたいと思うそば通の客にこの看板は刺さる。だがどちらの麺でもこだわらない客の方が多いだろう。
KADOKAWA社がこれまで売れ筋だった「なろう・異世界」系小説偏重をやめると発表したことは記憶に新しい。
実はどのような小説が今後の売れ筋になるかといったマーケディングも人間の経営者が考えるよりAIに任せた方がいいかもしれない。
1.人間から仕事を奪うAIとロボット
AIの発達でホワイトカラー、つまり頭脳労働者の失業が懸念されている。
職を失うホワイトカラーはサラリーマンだけではない。いわゆる士業といわれる弁護士、会計士、税理士、司法書士、行政書士、コンサルタント業全般やさらには医師もAIで代替できると言われている。
では肉体労働者は安泰なのかというと微妙なところだ。中国のロボットビジネスを見てみると、工場労働のロボットが開発されている。AIをロボットに組み込んだり、PCのAIがロボットを遠隔操作すれば、ほとんどの肉体労働が理論的にロボットで代替できる。
将棋の電王戦で人間のプロ棋士よりAIの方が強いことがほぼ証明された。
いずれロボットの野球チームやサッカーチームが出来、人間のプロ選手のチームと試合して、人間に勝つかもしれない。
イラストや音楽はかなり前からAIが創作している。プロとの比較はともかく、アマチュアのイラストレーター、アマチュアの作曲家よりはAIの方がうまい。
そのうちに映画、ドラマ、漫画、アニメ、ゲームもAIがクリエイトし、商業的に人間の作品より優るかもしれない。
アートはすべてAIでクリエイト可能だ。
AIが創造した架空の美人がネットの動画で見つかる時代。アイドルタレントもAIに代替されるかもしれない。
2.「実存は本質に先立つ」
このままAIが発達すれば人口の10%以下のエリート階層を除き、ほとんどの人が仕事を失うか、いわゆるブルシット・ジョブの仕事に就くしかなくなるかもしれない。
共産主義国家、社会主義国家ではベーシックインカム制度がある。これを資本主義国家の日本に導入してはどうか。
つまり国民(ただし成人だけ?)は全員、働かなくても一定の給料が国から支払われる。
その分、頭脳労働はAIが、肉体労働はロボットが働くので、人間は働かなくても生きていけるという理屈だ。
経済問題はこのようにベーシックインカムで解決可能かもしれない。
ただ人間には誰しも承認要求がある。この問題を埋めるのはベーシックインカムだけでは解決しない。
これまで自分にしかこの仕事はできなかったので、周囲の人々から尊敬されてきた。それがAIを使えば誰でもできるようになり、自分の誇りが傷ついた。
こうした人がAI時代の真の被害者ではないかと思うのだ。
これまで自分のように小説が書ける人は世の中の少数派であり、そのことでわずかな自尊心を得ていたが、AIを使って誰でも小説が書けるようになった今、そのわずかな自尊心が打ち砕かれた……。
こうした感慨を覚えている「なろう」ユーザーも少なからずいるのではないか。
もしあなたがこうしたくやしさを感じているとしたら、哲学者サルトルの箴言「実存は本質に先立つ」を思い出してほしい。
あなたは自分の能力であなたの価値が決まるのでなく、あなたはあなた自身であるだけで十分価値のある存在なのだ。もしくはそのように信じて砕かれた自尊心を回復すべきだ。
以上、自戒をこめて提言させていただいた次第。小生もまたAIの小説を読んで自信をなくした一人なのだが。
(つづく)




