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どうでもいい話 脱力エッセー  作者: カキヒト・シラズ


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シリーズ気まぐれ読書感想文① 志賀直哉『暗夜行路』は”ぶっ飛び”恋愛小説か

シリーズ世界文学最高峰は終了し、シリーズ気まぐれ読書感想文を作りました。こちらはよりラフな発想で自由に感想文を書きます。1冊の感想文でなく複数冊まとめて感想文を書くこともあります。まさに”気まぐれ”です。

初出:令和8年5月29日



 志賀直哉『暗夜行路』を読了した。この小説は学生時代、読みかけて挫折した小説であり、今回完読してリベンジを果たしたといったところか。

 文庫本の最後に作者の「あとがき」があり、小林秀雄が『暗夜行路』を恋愛小説だと評したという。作者は恋愛小説を書いたつもりはなかったので意外だったと書いてある。ネットで調べると『暗夜行路』は作者の実体験をもとにした私小説というのが一般的な評らしい。

 だが自分もこの小説のストーリー全体を俯瞰すると『暗夜行路』は、ほぼほぼ恋愛小説に分類できると思う。ただし普通の恋愛小説でなく、現代人の感覚からするとかなり”ぶっ飛んだ”それなのだ。



1.非ロマンティックな家父長制恋愛小説


 通常の恋愛小説だと、たとえば若い男女間の精神的交流が描かれる。

 まず主人公の若い男が意中の若い女に告る。するとフラれる場合もあるが両想いになる場合もある。

 ところが『暗夜行路』では主人公の男は意中の女でなく、彼女の父や兄といった家父長制の後見人にまずプロポーズする。そして父や兄が承諾すれば結婚でき、拒絶すれば結婚できない。この場合、後見人が結婚を承諾すれば、当人の女の意志は無視されて強制的に結婚させられてしまうらしい。

 それが明治から戦前まで、家父長制における日本の男女の標準的結婚だったのか。それとも一般庶民ではなく、上流階級の家庭にのみ当てはまる話なのか。

 近代文学の文豪の多くは働かなくても親の財産で生きていける高等遊民、つまりニートが多く、しかも私小説がメインだから小説の主人公が作家とニアイコールであることが予想される。だから『暗夜行路』は一般庶民というより上流階級の物語ではある。

 

 主人公は複数回、異なる女性の後見人にプロポーズするが、いずれの場合も女性本人とはほとんど話もしていない。唯一、お栄という住込み女中とはプロポーズ(本人でなく後見人に)前によく会話はするが、それは主人と女中の事務的な会話であり、異性として好きだと言った浮いた会話はない。


 欧米の恋愛小説でも女の父親が反対したために両想いの男女が結婚できない、という悲劇の物語はある。

 ロミオとジュリエットが典型だろう(厳密には小説でなく戯曲だが)。

 最近読んだ『デビット・コパフィールド』でも女の父親の反対で結婚が妨げられる話が出てくる(その後、父親が急死して結婚できるわけだが)。

 だが『デビット・コパフィールド』では事前に男女間で告り合って両想いであることを確認した上で親に結婚の承諾を得ようとしたところ断られたわけであり、『暗夜行路』のように男女間で互いの気持ちを確認することなく、男がまず女の後見人たけに結婚の承諾を得ようとするのは現代人の感覚からすると異様だ。

 特に女の場合、親がこの男と結婚せよと命じたら、相手の男が嫌いでも結婚しなくてはならなかったのか。



2.ネタバレストーリー


 では『暗夜行路』のあらすじを書く。ネタバレもあるので未読の方は自己責任でお読みいただきたい。

 主人公、時任謙作は、子供のころ、大勢の兄弟たちの中で自分だけ親からないがしろにされて育つ。特に父から虐待を受ける。またある年齢になると自分だけ祖父の家で暮らすようになる。

 実は大人になってから知ったのだが、謙作は祖父と母の間に生まれた不義の子だった。

 大人になって謙作は作家になる。

 謙作は愛子という女性が好きになり、彼女の後見人に結婚を申し込むが断られ、その直後、愛子は別の女性と結婚してしまう。

 このショックで謙作は当時の様々な性風俗によく通うようになる。登喜子という人気芸者に一時期、思いを寄せる。だが彼女を囲うのは高くつきそうだった。

 また謙作は祖父の元愛人兼家政婦のお栄が好きになり、兄、信行にお栄と結婚したいと相談するが、ダメ出しをくらう。

 その後、京都旅行のとき、直子という美女を見かけ、ひとめぼれした謙作は、知人のつてを使って結婚までこぎつける。知人が地方議員と知り合いで議員が彼女の父と知り合いだった関係で、直子本人の意志はともかく仲介した男性全員がこの結婚に賛成だったので謙作は直子と結婚できたのだ。

 その後、赤ちゃんが生まれるが急死してしまう。

 また謙作が留守のとき、直子が要(かなめ)という男と不倫してしまう(半ばレイプに近い)。

 このことを知った謙作はショックで一人旅に出る。

 山に登り、一泊し、夜明けの美しいご来光を堪能した後、下山した謙作は病気になり、入院する。

 病院に駆け付けた直子は瀕死の謙作を見て、「助かっても助からなくても、この人についていく」と語り、物語は終わる。



3.方法論から分析してみる


 プロローグ部分の「序詞」は「私」の一人称で小説が書かれる。この「私」は主人公、時任謙作だろう。

 本編は三人称小説で謙作の視点から小説が書かれる。心理描写されるキャラクターは謙作のみ。

 ただしラストの数行だけ、瀕死の謙作を見守る直子の心理描写がなされる。


 この他、謙作と信行の間で手紙が複数回交換され、ここは一人称で記述される。

 さらに謙作の日記を書く場面があり、ここも一人称で記述。


 このように方法論で分析したのは、学校の教科書で志賀直哉の短編『城の崎にて』を読んだことを覚えているからだ。

 実は同時期、ジャンポール・サルトルの『嘔吐』を読んでいたが両者はよく似た小説であり、心境小説と称される志賀文学の方法論は実は現代フランス文学を先取りしていたのではないか。

 そんなふうに自分では勝手に考えている。


 このへんに詳しい方、感想などでご意見をいただけると幸いですが……。



(つづく)


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