チャンバラ天下一・剣豪10番勝負 その②
5番勝負 伊藤一刀斎はもっと悪い意味でヒクソン・グレーシー
伊藤一刀斎であるが、研究者の間では不在説(実在しない)がある。
AIで調べると伊藤一刀斎は資料が少ないので研究者の間で不在説もあるが、実在説の方が有力とのこと。
一昔前、聖徳太子不在説が陰謀論呼ばわりされていたが、今ではアカデミズムの学者が不在説を支持したりするなど、歴史研究では権威ある研究者が昔にくらべるとあまり信用できない感もある。
というか伊藤一刀斎は実在はしていても、”一刀斎推し”が言うほどほどチャンバラは強くなかったのではないか、というのが私の直感ではある。
ちなみに”推し”は一刀斎こそ、ぶっちぎりの史上最強の剣豪と認定しているようだ。
またしても総合格闘技の話になるが、そもそもヒクソン・グレーシー選手が日本で有名になったきっかけは、弟ホイス・グレーシー選手のおかげだ。
米国UFCの大会でホイスが優勝すると、インタビュワーに「兄のヒクソンの方がおれよりはるかに強い」と発言。
優勝したのはホイスだが日本の格闘ジャーナリズムはヒクソンの方を神格化した。
実際、ヒクソンは日本人選手に全勝している一方、ホイスはその後、桜庭選手や吉田選手といった日本人選手と対戦して負けており、日本の格闘家界ではヒクソンの方がホイスより強いことになっている。
だが米国の格闘家界の評価はどうだろうか。
同様に伊藤一刀斎は、後で紹介する剣豪、小野忠明が「おれの師匠、伊藤一刀斎はおれよりはるかに強い」と発言して、はじめて世に知られるようになった。
小野忠明は実在しており、徳川幕府の高官が剣術の実力を認証済みだった。
島流しにされた罪人と現地土着の女性との間に生まれ、少年時代、板一枚をビート板代わりにして海を泳ぎ、日本の本土に流れ着いた。
その後、ホームレスとなって神社の床下に住み込んだ男が伊藤一刀斎だ。
あるとき神社に地元のローカル剣豪がお参りに来たところ、ひょんなことから一刀斎とけんかになり、決闘したところ一刀斎の勝ち。
神社の宮司は感心して一刀斎を床下でなく、自分の住居に住まわせ、先祖代々伝わる名刀を与えた。
ところで一刀斎に負けたローカル剣豪は弟子たちが十人ぐらいいて、ある夜、弟子たちが仇討ちに神社にやって来た。ところが彼ら全員を一刀斎が返り討ちにした。
これが一刀斎の武勇伝だが、史実なのか作り話なのか曖昧なところがある。この他、江戸に黒船で来航した欧米人たちを一刀斎が黒船に乗り込んでやっつけたという話を昔、本で読んだ記憶があるが、これも作り話ではないだろうか。
AIによれば、現代の剣道で主流になった一刀流は伊藤一刀斎が開祖であり、これが一刀斎が実在した最大の証拠としているが、私に言わせれば、一刀流でなく忠明流、または小野流という名称にすべきだ。
徳川幕府の剣術指南役、小野忠明が世に広めた剣術であり、小野が師匠の名前を取って一刀流と称しただけで、実質的な功労者は小野自身だからだ。
いずれにせよ、実在さえ疑わしいホームレス剣豪であるがゆえに、伊藤一刀斎の武勇伝には尾ひれがつけやすく、どこまでも神格化されやすいのかもしれない。
6番勝負 年功序列で損した剣豪、男谷精一郎はそんなに弱くない
あなたは男谷精一郎をご存じだろうか。知らない人の方が多数派だと思う。
男谷精一郎は江戸城無血開城の立役者で知られる幕臣、勝海舟の従弟である。
勝海舟もチャンバラは強かったとされているが、親戚に剣豪がいたことが原因だろう。
ところで男谷精一郎は、剣豪ベストテンのランキングでのきなみ後半(5位から10位)に顔を出す常連であり、決して1位になることがない。
というかわりと最近、男谷精一郎を最強の剣豪とする評をはじめて見つけ、目から鱗が落ちる思いがした。
そもそも江戸時代でも初期と幕末では剣豪の活躍した時代に百年以上の開きがある。初期の剣豪と幕末の剣豪をどっちが強かったかを比較するのは無理な話だが、年功序列もしくは儒教的価値観で、先代や先輩をたて、昔の剣豪の方が強いと評するのが評論家たちの常道か。
その意味で江戸時代以前の剣豪、塚原卜伝や上泉信綱が実際以上に高く評価され、幕末の剣豪、男谷精一郎はわりを食ってきたのかもしれない。
ということで男谷精一郎に関して私が知っていることは以上だが、総合すると人気や知名度の低さよりは強かった剣豪といったところか。
7番勝負 江戸時代にSNSがあれば剣豪天下一は千葉周作にしないと炎上?
SNSでは最近、大谷ハラスメントや高市ハラスメントで辟易しているが、もし江戸時代後期にSNSがあり、剣豪天下一はだれかを議論したら、ネットは千葉周作ハラスメント一色になるのではないかと夢想した。
千葉周作は玄武館という道場を経営しており、その門下生たちが複アカでSNSに書き込みを強要されるのではないか。もちろん彼らが書き込むのは、師匠、千葉周作をどこまでも持ち上げ、他の競合する剣豪をけなす内容だ。
門下生が書いた千葉周作の評を読んだことがある、
古文で書かれているので読みづらいが、要するにこういうことだ。
千葉周作はチャンバラは強く、頭はよく、顔はイケメンでスタイルもよく、さらには性格もいい……。とにかくこれでもかというぐらい千葉を褒めちぎる一方、ネガティブな情報は一切書かない。
実際、道場経営者として千葉ほど成功した剣豪はいない。つまり千葉の肩書は剣豪以前に実業家なのだ。
で、千葉の剣術の腕前はどれくらい強かったのか。
論じると長くなるのでやめるが、そんじょそこらの侍よりは強かったと思う。ただし日本一強かったわけではないかもしれないが。
(つづく)




