第八十一話 未来の娘の本当の父親
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第八十一話 未来の娘の本当の父親
未来の娘の身体が、少しずつ光へ変わっていきます。
「嫌……!」
楓夏は少女を抱きしめようとしました。
しかし、指先がすり抜けます。
『ママ……』
「ここにいて!」
『私も、ずっと一緒にいたい』
「だったら消えないで!」
少女は涙を浮かべながら微笑みました。
『大丈夫』
「何が大丈夫なの?」
『私を生かす方法が、まだ一つだけあるから』
楓夏は顔を上げました。
「何?」
『私のお父さんを見つけて』
黒桜が息をのみました。
「……私ではない」
少女は頷きます。
『うん』
「では、誰なんだ?」
『まだ生まれていない人』
その言葉に、全員が凍りつきました。
「まだ……生まれていない?」
父が聞き返します。
『そう』
少女は空を見上げます。
『私のお父さんは、今はまだ存在していない』
***
零が静かに口を開きました。
「それなら、未来のさらに先にいる」
「未来のさらに先?」
「時間は一本じゃない」
零が説明します。
「過去、現在、未来。その先にも、まだ可能性がある」
楓夏は少女を見つめました。
「あなたのお父さんは、未来の未来にいるの?」
『うん』
「名前は?」
少女は首を振ります。
『分からない』
「顔は?」
『知らない』
「じゃあ、どうやって探すの?」
少女は胸に手を当てました。
『これが教えてくれる』
少女の胸に、金色の紋章が浮かびました。
今まで見たことのない紋章です。
黒桜が震えます。
「その紋章……」
「知ってるの?」
「いや」
黒桜は首を振りました。
「だが、見たことはある」
父が尋ねます。
「どこで?」
「私が守り手になる前――」
黒桜は遠い過去を思い出すように目を閉じました。
「一度だけ、古い記録の中で見た」
その紋章には、こう記されていた。
「最後の守り手」
***
「最後の守り手……」
楓夏が呟きます。
「それがお父さん?」
『違う』
少女が首を振ります。
『私のお父さんは、守り手ではない』
「じゃあ、何者なの?」
『普通の人』
「普通の人……」
『うん』
少女は微笑みます。
『だから私は、その人に会いたい』
楓夏の胸が痛みます。
「じゃあ、どうして今まで会えなかったの?」
『私が生まれる未来では、パパが私を守るために――』
少女の声が震えました。
『自分の存在を消したから』
「……存在を?」
『うん』
桜真が呟きます。
「未来から、自分自身を消した……?」
『そう』
少女は頷きます。
『だから、誰も私のお父さんを覚えていない』
黒桜が静かに目を伏せました。
「……なんということだ」
***
そのとき。
空に一つの光が現れました。
光はゆっくり形を変えます。
一人の青年。
黒い髪。
穏やかな瞳。
そして――。
左手に小さな傷。
楓夏はその姿を見て、なぜか胸がざわつきました。
「誰……?」
少女が泣きながら呟きます。
『パパ……』
楓夏は驚きました。
「この人が?」
『うん』
青年は未来の娘を見つめています。
しかし、少女の姿には気づいていません。
なぜなら――。
彼は別の時間にいるからです。
「名前は?」
『……分からない』
少女が首を振ります。
『でも、私は知ってる』
「何を?」
『この人は――』
少女が青年へ手を伸ばします。
『私を生んでくれた人』
楓夏は息をのみました。
「生んでくれた……?」
『うん』
その瞬間、青年の姿が消えました。
楓夏は叫びます。
「待って!」
しかし、もう遅い。
光は完全に消えました。
***
未来の娘の身体が、さらに薄くなっていきます。
『ママ……』
「嫌……」
『時間がない』
「どうすればいい?」
『過去へ戻って』
「過去?」
『私のお父さんがまだ存在している時間へ』
零がすぐに理解しました。
「つまり――」
楓夏の顔を見ます。
「未来の娘を救うには、未来を変えるんじゃない」
「……」
「過去に戻って、お父さんの存在を消させない未来を作る」
楓夏は頷きました。
「行く」
父が止めようとします。
「楓夏、それは危険だ」
「分かってる」
「過去を変えれば、今の私たちも変わる」
「それでも――」
楓夏は未来の娘を見つめました。
「この子を助けたい」
黒桜が静かに前へ出ます。
「私も行く」
桜真も頷きました。
「僕も」
零が笑います。
「もちろん」
父もため息をつきました。
「仕方ないな」
そして――。
未来の娘が楓夏の手を握ります。
『ありがとう、ママ』
「絶対に助ける」
『うん』
***
世界樹が大きく揺れました。
その根元に、新しい扉が開きます。
今度の扉には――。
「二十年前」
という文字が刻まれていました。
「二十年前……」
楓夏はその数字を見つめます。
父が呟きました。
「楓夏、お前が生まれる前だ」
「じゃあ……」
楓夏は扉へ手を伸ばします。
「私が生まれる前に、未来の娘のお父さんがいたってこと?」
誰も答えません。
扉がゆっくり開きます。
その向こうには――。
若き日の母。
若き日の父。
そして――。
一人の少年が立っていました。
その少年の顔を見た瞬間。
黒桜が青ざめます。
「……嘘だ」
「どうしたの?」
黒桜は震える声で言いました。
「こいつは――」
少年が振り返ります。
そして楓夏を見て、微笑みました。
「やっと会えた」
――第八十二話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




