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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第八十二話 少年の正体



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第八十二話 少年の正体


 「やっと会えた」


 少年の言葉に、楓夏は足を止めました。


 見覚えのない少年。


 なのに――。


 なぜか懐かしい。


「……あなた、誰?」


 少年は少し笑いました。


「僕の名前は――」


 その瞬間、黒桜が少年の前に立ちはだかりました。


「言うな!」


 少年が驚きます。


「黒桜……?」


「お前は、ここにいるはずがない」


 黒桜の声は震えていました。


 桜真が父を見る。


「父さん、知ってるの?」


「知っている」


 黒桜は少年を睨みました。


「こいつは――」


 少年が静かに口を開きます。


凪人なぎと


 楓夏の胸が、ズキッと痛みました。


「凪人……」


 その名前を口にした瞬間。


 未来の娘の姿が一瞬だけ浮かびました。


『パパ……』


 楓夏は息をのみます。


「まさか……」


 凪人は楓夏を見つめました。


「そうだよ」


 少年は微笑みます。


「僕が、未来で君の娘の父親になる」


 ***


「そんな……」


 楓夏は言葉を失いました。


 未来の娘の父親。


 黒桜ではなかった。


 桜真でもない。


 この、まだ少年の凪人。


「でも、どうしてここにいるの?」


 凪人は少し悲しそうに笑いました。


「僕はこの時代の人間だから」


「じゃあ未来では?」


「未来では――」


 凪人は胸元に手を当てます。


「僕は一度、存在を消すことになる」


 零が尋ねます。


「黒曜に?」


「違う」


 凪人は首を振りました。


「未来の僕自身が選ぶ」


「なぜ?」


「娘を守るため」


 楓夏は未来の娘を思い出します。


『私のお父さんは、自分の存在を消した』


「それが……あなたなの?」


「うん」


 凪人は頷きました。


「僕は未来で、娘を守るために時間の裂け目へ入る」


「そして、自分の存在を消す」


「そうすれば、娘だけは生き残れる」


 楓夏は拳を握りました。


「そんなの……」


 凪人を見る。


「あなたが消えたら、娘は悲しむよ」


「分かってる」


「だったら、消えないでよ」


 凪人は静かに笑いました。


「だから君に会いに来た」


「私に?」


「君なら、未来を変えられるから」


 ***


 そのとき。


 若き日の母がこちらへ近づいてきました。


「楓夏?」


「……お母さん」


 若い母は不思議そうに楓夏を見つめます。


「どこかで会ったことがある?」


 楓夏は涙をこらえました。


「ううん……初めて」


「そう」


 母は微笑みます。


「でも、あなたを見ると不思議な気持ちになるわ」


 楓夏は何も言えませんでした。


 自分が生まれる前。


 まだ母が若かった頃。


 そして未来の娘の父親が、ここにいる。


 すべてが一本の線でつながり始めていました。


 ***


 突然――。


 凪人の胸に黒い紋章が浮かびました。


「……!」


 黒桜が叫びます。


「伏せろ!」


 黒い光が凪人を包みます。


『見つけた』


 黒曜の声。


 楓夏の顔が険しくなります。


「またあなた!」


『凪人を未来へ連れていけば、すべてが変わる』


「変えるよ」


『できると思うか?』


「できる」


 黒曜が笑います。


『ならば試してみろ』


 黒い光が凪人へ伸びます。


 楓夏が前に出ます。


「凪人くんを渡さない!」


 十一個の紋章が輝きます。


 しかし――。


 黒い光は楓夏をすり抜けました。


「え?」


 凪人の身体が透け始めます。


「楓夏!」


 凪人が手を伸ばします。


「僕を――」


「待って!」


「未来を変えるなら――」


 凪人の声が遠ざかります。


「僕が消える前に、娘を生まれさせて」


「どういう意味?」


「娘が存在すれば――」


 凪人の姿がさらに薄くなります。


「僕は消えてもいい」


「嫌!」


 楓夏が手を伸ばします。


「あなたが消える未来なんて、絶対に認めない!」


 その瞬間。


 楓夏の胸の紋章が、今までにない光を放ちました。


 そして――。


 若き日の母のお腹に、小さな光が現れます。


 母が驚きます。


「……何?」


 楓夏は息をのみました。


「まさか……」


 父が呟きます。


「楓夏、お前の魂が――」


 楓夏の胸から光が分かれ、母の中へ入っていきます。


 そして、未来の娘の声が聞こえました。


『ママ……』


「あなた……?」


『私は、ここから始まったんだよ』


 楓夏は涙を流しました。


「あなたは……」


『うん』


 未来の娘が微笑みます。


『おばあちゃんのお腹の中に、私の未来が眠ってる』


 楓夏は混乱します。


「でも、あなたは私の娘でしょう?」


『そうだよ』


「だったら、どうして――」


 少女は答えました。


『未来の私は、一度だけ過去に戻って――』


 その瞬間。


 世界が大きく揺れました。


 黒曜が叫びます。


『それ以上言うな!』


 楓夏はハッとしました。


「あなたは……」


 未来の娘を見つめます。


「私が生まれる前から、ここにいたの?」


 少女は静かに頷きました。


『うん』


 そして――。


『私は、ママが生まれる前に、ママを選んだの』


 ――第八十三話へ続く。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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