第八十話 十三番目にはならない
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第八十話 十三番目にはならない
未来の空に浮かぶ巨大な時計。
残り時間は――。
59分59秒。
黒曜は静かに笑っていました。
『一時間後、この未来は消える』
楓夏は未来の娘を見つめます。
少女の瞳には涙が浮かんでいました。
『ママ……』
「大丈夫」
楓夏は優しく微笑みました。
「絶対に助けるから」
『でも……』
「大丈夫」
そして黒曜を見上げます。
「私、十三番目にはならない」
黒曜の笑顔が消えました。
『なぜだ?』
「だって――」
楓夏は胸に手を当てます。
「未来を一つにする必要なんてないから」
『ならば、この世界は消える』
「それでも、私は諦めない」
***
零が楓夏の隣に立ちました。
「僕も手伝う」
桜真も続きます。
「僕も」
父が笑いました。
「もちろん私もだ」
未来の娘が、黒桜を見つめます。
『パパ』
「……」
『一緒に行こう』
黒桜の身体を覆っていた黒い花びらが、少しずつ落ちていきます。
「私は……」
黒桜が苦しそうに呟きました。
「お前を守るためなら、何でもする」
『じゃあ、一緒に戦おう』
「……ああ」
その瞬間。
黒桜の黒い紋章に白い亀裂が入りました。
***
楓夏は空を見上げます。
時計の針は進み続けています。
45分。
「まず、黒曜を止める」
零が頷きました。
「でも、黒曜は時間を奪う力を持ってる」
「だったら時間を奪われなければいい」
楓夏は未来の街を見渡します。
人々。
精霊。
森。
そして――。
たくさんの魂。
「この世界には、たくさんの命がある」
「一つ一つの命が、未来を持っている」
「だったら――」
楓夏は両手を広げました。
「みんなの力を借りる!」
その瞬間。
街中の木々が光り始めました。
人々の胸にも、小さな光が灯ります。
精霊たちが集まってきます。
未来の守り手たちも、一斉に紋章を輝かせます。
「すごい……」
桜真が呟きます。
零が微笑みました。
「これが、君の未来なんだ」
「私の?」
「うん」
「私、一人で作ったんじゃない」
「だから強いんだよ」
***
しかし――。
突然、空が真っ黒になりました。
『無駄だ』
黒曜の声。
巨大な黒い手が空から伸びてきます。
『どれだけ命を集めても、時間そのものを壊せば終わりだ』
黒い手が時計を掴みました。
時計が激しく回転します。
30分。
「まずい!」
父が叫びます。
「時間が一気に縮んでいる!」
楓夏は走り出しました。
「零!」
「分かってる!」
零の十三番目の紋章が輝きます。
「時間を止める!」
零が両手を広げます。
しかし――。
黒曜の力に押し返されます。
「うっ……!」
「零!」
「僕一人じゃ無理だ!」
楓夏が手を握ります。
「一人じゃない!」
未来の娘が楓夏の手を握ります。
『ママ』
黒桜も手を重ねます。
「私もいる」
桜真。
父。
未来の守り手たち。
そして世界中の命。
すべての光が一本につながります。
時計の針が止まりました。
「止まった……」
黒曜が驚きます。
『馬鹿な……』
楓夏は叫びます。
「未来は奪わせない!」
光が黒い空を突き抜けました。
黒曜の姿が崩れていきます。
『こんな……こんな未来は認めない!』
「未来は、誰かに認めてもらうものじゃない!」
楓夏の声が響きます。
「私たちが選ぶもの!」
黒曜が消えかけた瞬間――。
彼は楓夏を見つめました。
『ならば最後に教えてやる』
「何を?」
『お前の未来の娘が――』
黒曜の口元が笑います。
『本当は誰の娘なのか』
「……え?」
未来の娘が震えます。
黒桜の顔から血の気が引きました。
『お前はまだ知らない』
黒曜の姿が完全に消えます。
静寂。
楓夏は未来の娘を見ました。
「どういうこと?」
少女は黙っています。
「あなたのお父さんは……黒桜じゃないの?」
少女は涙を流しました。
『……違う』
「じゃあ、誰?」
少女は答えようとします。
しかし――。
その瞬間、空から巨大な鐘の音が響きました。
ゴーン――。
世界が揺れます。
未来の娘が胸を押さえました。
『もう、時間がない』
「何の時間?」
少女は楓夏を見つめます。
『私が消える時間』
「……!」
『ママ』
「嫌!」
楓夏が抱きしめようとした瞬間。
少女の身体が光に変わり始めました。
『私を助けるには――』
少女が涙を流します。
『私のお父さんを見つけて』
――第八十一話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




