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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第六十六話 楓夏の中に眠る影



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第六十六話 楓夏の中に眠る影


 「ようやく目覚めたな」


 黒い男の声が、美瑛の丘に響きました。


 楓夏は自分の胸を押さえます。


 九つの紋章。


 その一つが、黒く染まっていました。


「私の中に……ずっといたの?」


『そうだ』


 男は笑います。


『お前が生まれる前からな』


「じゃあ、お母さんは……」


『お前を産んだとき、私の一部をお前の魂に封じた』


 楓夏の顔から血の気が引きます。


「そんな……」


 母の姿が黒い霧の中に浮かびました。


『違うの、楓夏!』


 母が叫びます。


『あのときは、それしか方法がなかったの!』


「お母さん……」


『あなたが生まれた瞬間、黒い影があなたを狙った』


 母の目から涙がこぼれます。


『だから私は、自分の魂を使ってあなたを守った』


「じゃあ……私の中にいる影は、お母さんが守ってくれた証なの?」


『そう』


 母は頷きます。


『でも、完全には消せなかった』


 黒い男が笑いました。


「だから私は、ずっと待っていた」


「何を?」


「お前が五歳になる日を」


 楓夏の胸が痛みます。


「どうして五歳なの?」


「九つの紋章が、完全に目覚める年齢だからだ」


 男が手を伸ばします。


「さあ、こちらへ来い」


 黒い霧が楓夏へ迫ります。


「嫌!」


 楓夏は後ずさります。


 そのとき――。


「楓夏!」


 凪が楓夏の手を握りました。


「僕たちがいる!」


 蒼空も手をつなぎます。


「一人じゃないよ!」


 空良。


「絶対に渡さない!」


 岳。


「こいつの好きにはさせない!」


 黒羽楓。


「楓夏は私たちの仲間!」


 雪乃。


「みんなで守る!」


 そして――。


 美雪と結も楓夏の両側に立ちました。


「私もいる」


「私も」


 楓夏は仲間たちを見ました。


 胸の奥が温かくなります。


「ありがとう……」


 すると、森から声が聞こえました。


『楓夏』


『忘れないで』


『あなたには、たくさんの味方がいる』


 木々が一斉に揺れます。


 風が吹きます。


 海の向こうから水の音が聞こえます。


 北海道中の自然が、楓夏を守るように動き始めました。


 ***


「面白い……」


 黒い男が呟きました。


「自然まで味方につけるか」


 男の身体から、黒い霧が吹き出します。


「ならば、自然ごと消してしまえばいい」


 空が真っ黒になりました。


 美瑛の丘が震えます。


 木々が倒れ始めました。


「やめて!」


 楓夏が叫びます。


「森をいじめないで!」


 黒い男は笑いました。


「ならば、お前の力を見せてみろ」


 楓夏は目を閉じました。


 耳を澄ませます。


 木々の声。


 花の声。


 土の声。


 動物たちの声。


 そして――。


 北海道そのものの声。


『楓夏』


「うん」


『私たちは、お前の力ではない』


「……」


『お前と一緒に生きている』


 楓夏は気づきました。


 今まで自分は、自然から力を借りていると思っていた。


 でも違う。


 自然と自分は――。


 最初からつながっていたのです。


「分かった」


 楓夏は両手を広げました。


「私一人では戦わない」


 胸の九つの紋章が輝きます。


「みんなで戦う!」


 その瞬間。


 大地から草花が一斉に伸びました。


 風が渦を巻きます。


 空から鳥たちが飛んできます。


 遠くの森から鹿が現れます。


 狐。


 熊。


 キタキツネ。


 そして海からは、たくさんの鳥たち。


 北海道の命が集まってきました。


 黒い男の顔から、初めて笑みが消えました。


「馬鹿な……」


 楓夏は叫びます。


「北海道のみんな!」


 動物たちが一斉に鳴きました。


「お願い!」


 風が強く吹きます。


「この人を倒すんじゃない!」


 楓夏は黒い男を見ました。


「この人の中にいる、悲しい心を助けて!」


 黒い男が目を見開きました。


「なぜだ……」


「あなたも、ずっと一人だったんでしょう?」


「……」


「だから、こんなに怖いんでしょう?」


 黒い男の身体が震えました。


『違う』


「違わない」


 楓夏はゆっくり近づきます。


「あなたも、誰かに忘れられたんだよね?」


『黙れ!』


「名前も……もらえなかったんだよね?」


 男の顔が歪みます。


『黙れ!』


「じゃあ――」


 楓夏は手を差し出しました。


「私が名前をつけてあげる」


 黒い男が固まりました。


「……名前?」


「うん」


「そんなもの……必要ない」


「必要だよ」


 楓夏は微笑みました。


「名前があれば、誰かに覚えてもらえるから」


 男の目から、一滴の黒い涙が落ちました。


「……私を?」


「うん」


「本当に?」


「絶対に忘れない」


 その瞬間――。


 黒い霧の中から、小さな少年の姿が現れました。


 男ではありません。


 まだ幼い男の子。


 ぼろぼろの服を着て、一人で立っています。


 結が驚きました。


『この子……』


 雪乃も震えています。


「まさか……」


 少年は小さな声で言いました。


「僕は……ずっと待ってた」


 楓夏はしゃがみます。


「何を?」


「誰かが、僕のことを呼んでくれるのを」


 楓夏は優しく笑いました。


「じゃあ、呼ぶね」


 少し考えて――。


ひかり


「……光?」


「暗いところにいたから、今度は光のところへ行けるように」


 少年の目から涙がこぼれました。


「……僕にも、名前がある」


「うん」


「僕も……仲間になっていい?」


「もちろん」


 その瞬間。


 黒い霧が白い光へ変わりました。


 大地を覆っていた闇が消えていきます。


 青空が戻りました。


 美瑛の丘に、風が吹きます。


 そして――。


 楓夏の胸の黒い紋章も、ゆっくり白く変わっていきました。


「……消えた」


 凪が笑います。


「楓夏、大丈夫?」


「うん」


 楓夏は笑いました。


「もう怖くない」


 ***


 その夜。


 楓夏たちは美瑛の丘で休んでいました。


 空には満天の星。


 美雪と結と光も、一緒に座っています。


「これで終わったのかな?」


 蒼空が尋ねました。


 楓夏は空を見上げます。


「……ううん」


「え?」


 楓夏には分かっていました。


 森がまだ何かを伝えようとしている。


 そして――。


 一本の流れ星が空を横切りました。


 その瞬間、未来の娘の声が聞こえます。


『ママ』


「うん」


『ありがとう』


「あなたは……今、どこにいるの?」


 しばらく沈黙。


 そして――。


『もうすぐ会えるよ』


「え?」


『だって、私――』


 声が優しく笑いました。


『今の世界に向かって、歩き始めたから』


 楓夏は驚きました。


「それって……」


 星空の中に、小さな光が生まれます。


 光はどんどん大きくなり――。


 北海道のどこかへ落ちていきました。


 凪が立ち上がります。


「何かが生まれた」


「赤ちゃん?」


 雪乃が首を振ります。


「違う」


「じゃあ?」


 雪乃は遠くを見つめました。


「新しい扉」


 楓夏の胸の九つの紋章が、再び光りました。


 そして森の奥から――。


 今まで聞いたことのない声が響きます。


『楓夏』


「誰?」


『次は――』


 声は静かに告げました。


『北海道の外へ行きなさい』


 楓夏は目を見開きました。


 これまで守ってきたのは北海道。


 でも今度の声は――。


 北海道の外。


 日本のどこか。


 もしかしたら――。


 世界のどこか。


 新しい冒険が、始まろうとしていました。


 ――第六十七話へ続く。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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