第六十七話 北海道の外から来た声
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第六十七話 北海道の外から来た声
美瑛の丘に、朝がやってきました。
昨日まで黒い霧に覆われていた空は、嘘のように青く晴れています。
風が草原を揺らし、遠くで鳥が鳴いていました。
楓夏は目を覚ますと、すぐに森の声を聞きました。
『おはよう、楓夏』
「おはよう」
『よく眠れた?』
「うん」
楓夏は笑いました。
けれど――。
森の声には、いつもと違う響きがありました。
「ねえ、森さん」
『なあに?』
「昨日、言ってたよね」
『うん』
「北海道の外へ行きなさいって」
『そう』
「どこへ行けばいいの?」
森はしばらく黙りました。
そして――。
『海を渡って』
楓夏は海の方向を見ました。
「海の向こう?」
『そう』
すると、風が一枚の葉を運んできました。
その葉には、不思議な模様が描かれています。
山。
川。
そして――。
一匹の鹿。
楓夏が触れた瞬間、頭の中に一つの場所が浮かびました。
青森。
「青森……?」
凪が驚きます。
「北海道の外だ」
雪乃が葉を見つめました。
「青森に何かあるのかもしれない」
そのとき。
光が駆け寄ってきました。
「僕も行く!」
結も頷きます。
「私も」
美雪も微笑みました。
「もちろん、私も」
楓夏はみんなを見ました。
「じゃあ、行こう」
***
しかし、その日の昼。
港へ向かう途中で、楓夏は突然立ち止まりました。
「……待って」
全員が振り返ります。
「どうしたの?」
空良が尋ねました。
楓夏は海を見ています。
「海が……泣いてる」
波の音に混じって、声が聞こえました。
『来ないで』
楓夏は驚きます。
「どうして?」
『海の向こうには、まだ眠っているものがいる』
「眠っているもの?」
『起こしてはいけない』
楓夏の表情が変わります。
「じゃあ、青森には行かないほうがいいの?」
『違う』
海は答えました。
『行かなければならない』
「でも、起こしちゃいけないんでしょう?」
『そう』
『だから――』
海が大きくうねります。
『起こさずに、会いに行きなさい』
「……難しい」
楓夏は困った顔をします。
すると凪が笑いました。
「楓夏ならできるよ」
「どうして?」
「だって、動物や木や花と話せるから」
「海とも話せるよ」
「じゃあ大丈夫」
楓夏も笑いました。
***
船に乗り、北海道を離れます。
青い海。
白い雲。
遠ざかっていく北海道。
楓夏はずっと海を見ていました。
「北海道さん」
『なあに?』
「私、行ってくるね」
『うん』
「帰ってくるよ」
『待っている』
その言葉を聞いて、楓夏は少し安心しました。
しかし――。
船が海の中央へ差しかかったとき。
突然、海が静かになりました。
風も止まりました。
鳥もいません。
「静かすぎる……」
雪乃が呟きます。
その瞬間。
海の下から――。
ドン
という音が響きました。
「何?」
岳が船の縁から海を覗き込みます。
すると――。
海の底から巨大な光が浮かび上がってきました。
「何かいる!」
空良が叫びます。
光はどんどん大きくなります。
そして海面から姿を現したのは――。
一頭の巨大な白いクジラでした。
けれど普通のクジラではありません。
身体には、星のような模様があります。
楓夏には、その声が聞こえました。
『久しぶりだね』
「……あなた、誰?」
『私は、海と陸の境目を守る者』
「守り人?」
『そう』
クジラは楓夏を見つめます。
『そして、お前の母を知っている』
「お母さんを?」
楓夏は身を乗り出しました。
「どこで会ったの?」
『昔、海の向こうで』
「何をしてたの?」
『一人の少女を探していた』
楓夏は驚きました。
「少女?」
『お前の母は、その少女を見つけた』
「誰?」
クジラは答えません。
ただ、海面を尾びれで叩きました。
大きな水しぶきが上がります。
その水の中に――。
一人の少女の姿が映りました。
長い髪。
白い服。
五歳くらい。
楓夏は息をのみました。
「この子……」
見覚えがあります。
大雪山で見た、未来の娘。
けれど――。
少し違います。
この少女は、未来の娘ではありません。
少女の胸には、十個の紋章がありました。
「十個……?」
クジラが言います。
『この子が、すべての始まり』
***
青森に到着すると、海岸に一人の女性が立っていました。
年齢は三十代くらい。
長い髪。
白いコート。
楓夏を見るなり――。
「……やっぱり」
女性は呟きました。
「来たのね」
楓夏は不思議に思いました。
「私を知ってるの?」
「知ってるわ」
女性は微笑みます。
「あなたのお母さんから聞いていた」
「お母さんを知ってるの?」
「ええ」
女性は頷きます。
「私は――」
その瞬間。
女性の胸に、楓夏と同じ九つの紋章が浮かびました。
「あなたのお母さんの、昔の仲間」
雪乃が驚きます。
「そんな人が……」
「まだ一人、残っていたの」
女性は海を見ます。
「私たちは昔、北海道だけじゃなく、日本中の自然を守っていた」
楓夏は目を見開きました。
「日本中?」
「そう」
女性は言いました。
「北海道で終わる話ではなかったのよ」
そして――。
海岸の岩に、一つの扉が現れました。
「この先に、次の守り手がいる」
「誰?」
女性は答えました。
「十番目の守り手」
楓夏の胸の九つの紋章が輝きます。
しかし――。
扉の向こうから聞こえてきたのは、少女の泣き声でした。
「助けて……」
楓夏は扉に手を伸ばします。
すると、その少女が言いました。
「お願い……」
「うん」
「私を助けたら――」
少女の声が震えます。
「あなたのお母さんが、本当に死んでしまう」
楓夏の手が止まりました。
「……え?」
海から、あの白いクジラの声が響きます。
『ここから先は――』
『誰か一人を選ばなければならない』
楓夏は扉を見つめました。
そして胸の中で、母の声が聞こえました。
『楓夏――』
『今度は、自分で選んで』
――第六十八話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




