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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第六十四話 黒い花を持つ少女



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第六十四話 黒い花を持つ少女


 「ママ……」


 未来の少女が、もう一度呼びました。


 楓夏は動けませんでした。


 胸の奥に映っている少女。


 まだ生まれていないはずの、自分の娘。


 その小さな手には――黒い花。


「どうして……」


 楓夏が呟きます。


「私の娘が、黒い花を持ってるの?」


 美雪は答えません。


 ただ、少女を見つめています。


 すると凪が言いました。


「楓夏、その子から何か聞こえない?」


 楓夏は目を閉じました。


 耳を澄ませます。


 森。


 風。


 海。


 大地。


 そして――。


 少女の心。


『怖い』


「……怖い?」


 楓夏が呟きます。


『ママに会いたい』


『でも、会ったら――』


 少女の声が震えます。


『ママが消えちゃう』


「え……?」


 楓夏は目を開きました。


「私が?」


 少女が頷きます。


『私が生まれると、ママは消える』


「そんな……」


 楓夏の胸が締めつけられます。


「どうして?」


 少女は黒い花を見つめます。


『この花が咲いたから』


 黒い花から、細い黒い煙が立ち上りました。


 その煙は少女の身体を包み始めます。


「やめて!」


 楓夏が手を伸ばします。


 けれど――。


 触れられません。


 未来の光景だからです。


 少女は泣きながら言いました。


『ママを消したくない』


「私も、あなたを一人にしたくない」


 楓夏の目から涙が落ちます。


「絶対に方法がある」


 すると雪乃が言いました。


「……あるかもしれない」


「本当?」


 雪乃は黒い花を見つめます。


「この花は、命を奪う花じゃない」


「じゃあ何?」


「命をつなぐ花」


 ***


 美雪が静かに口を開きました。


「この花を知っている」


「どこで?」


「澪が持っていた」


 楓夏は驚きました。


「澪ちゃんが?」


「うん」


 美雪は頷きます。


「澪は、生と死の境目にいる存在だった」


「だから、この花を育てられた」


 黒羽楓が尋ねます。


「でも、どうして未来の楓夏の娘が持ってるの?」


 美雪は答えます。


「未来の娘は、澪の力を受け継いでいるから」


「じゃあ……」


 凪が気づきました。


「未来の娘は、澪の生まれ変わり?」


 美雪は首を振ります。


「違う」


「じゃあ?」


「澪の魂の一部を受け継いだ子」


 楓夏は胸に手を当てました。


「だから、あの子には生と死をつなぐ力がある……」


「そう」


 雪乃が言います。


「でも、その力を黒い影が利用しようとしている」


 その瞬間――。


 大雪山の空が真っ黒になりました。


『その通り』


 あの声。


 黒い影です。


 けれど、以前とは違います。


 今度は、巨大な黒い鳥の姿をしています。


『未来の命は、私のものだ』


 楓夏が叫びます。


「渡さない!」


『なぜ?』


「その子は生きるために生まれてくるんだから!」


『生まれるためには、母親の命が必要だ』


「違う!」


『違う?』


「命は、誰かの命を奪わないと生まれないものじゃない!」


 楓夏の胸の光が強くなります。


「命は、命からつながっていくもの!」


 黒い鳥が笑いました。


『ならば証明してみろ』


「……」


『母親も、娘も、どちらも生きる未来を』


 黒い鳥が翼を広げます。


『それができるなら、私は消えよう』


 巨大な風が吹き荒れました。


 楓夏たちは目を閉じます。


 そして次に目を開けたとき――。


 そこは、知らない森でした。


 ***


 森の中には、一本の大きな木が立っていました。


 その木には、白い花と黒い花が同時に咲いています。


「この木……」


 楓夏が近づくと、木が話しかけてきました。


『待っていた』


「あなたは誰?」


『最初の木』


「最初の木?」


『この北海道に最初に根を張った木』


 木の枝が大きく揺れます。


『私は、すべての命の始まりを見てきた』


「じゃあ、教えて」


 楓夏は木を見上げました。


「お母さんと、未来の娘を、両方とも助ける方法はある?」


 木はしばらく黙っていました。


 やがて――。


『ある』


 楓夏の目が輝きます。


「本当に?」


『ただし、一つ条件がある』


「何?」


『あなた自身が、未来を選ばなければならない』


「私が?」


『そう』


『未来の娘を救うのか』


『母を救うのか』


『それとも――』


 白い花と黒い花が同時に揺れました。


『どちらも救う道を、自分で作るのか』


 楓夏は考えました。


 母。


 まだ会ったばかりなのに、また失うかもしれない。


 未来の娘。


 まだ生まれてもいないのに、声を聞いた。


 どちらも大切です。


「私は……」


 楓夏は拳を握りました。


「どちらも助けたい」


『その答えを選ぶなら――』


 木の根元が光りました。


『九つ目の紋章を、自分の力に変えなさい』


「どうやって?」


『あなたが、一番恐れているものを手放すのだ』


「一番怖いもの……」


 楓夏は考えました。


 怖いもの。


 母との別れ。


 仲間との別れ。


 未来が壊れること。


 そして――。


 自分が大切な人を守れないこと。


「……私は」


 楓夏の目から涙が落ちます。


「失うことが怖い」


『そう』


「だから、全部守ろうとしてた」


『それは悪いことではない』


 木が優しく揺れます。


『だが、すべてを自分一人で守ろうとしてはいけない』


 その瞬間。


 楓夏の後ろに仲間たちが立ちました。


「楓夏ちゃん」


 雪乃が手を握ります。


「一人じゃないよ」


 蒼空も。


「僕たちがいる」


 空良。


「一緒に考えよう」


 岳。


「一緒に守ろう」


 黒羽楓。


「全部背負わなくていい」


 凪。


「僕たちは仲間だから」


 楓夏は涙を拭きました。


「……うん」


 そして、九つ目の紋章に手を伸ばしました。


 白い光。


 黒い光。


 二つが混ざります。


 すると――。


 黒い花が、白い花へ変わりました。


 その瞬間、未来の少女の姿が再び現れました。


『ママ……』


「あなたを守るよ」


『本当に?』


「うん」


『じゃあ、私も――』


 少女は笑いました。


『ママを守る』


 その言葉とともに、未来の少女の胸に新しい紋章が浮かびます。


 それは――。


 親子の絆の紋章。


 楓夏の胸にも、同じ紋章が浮かびました。


 その瞬間――。


 遠くから母の声が聞こえます。


「楓夏」


「お母さん!」


「大丈夫」


 母の声は、以前よりずっと近くなっていました。


「あなたならできる」


 そして――。


 森の木々が一斉に揺れ始めました。


『最後の場所へ』


 楓夏は空を見上げました。


 そこに現れたのは――。


 北海道の地図。


 しかし今度は、北海道全体が一つの光になっています。


 羅臼。


 稚内。


 大雪山。


 そして、その三つを結んだ中心に――。


 小さな光が一つ。


「ここは……?」


 雪乃が驚きました。


「美瑛」


「美瑛?」


「そこに、最後の森がある」


 しかしそのとき。


 美雪が突然、胸を押さえました。


「どうしたの?」


 美雪は苦しそうに答えます。


「……誰かが、私の中から呼んでる」


「誰?」


 美雪が顔を上げます。


 その瞳が、一瞬だけ真っ黒になりました。


「……私じゃない」


 そして――。


 美雪の口から、別の声が響きました。


『やっと見つけた』


 楓夏たちは凍りつきます。


『本当の九人目は、私だ』


 ――第六十五話へ続く。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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