第六十三話 変えてはいけない未来
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第六十三話 変えてはいけない未来
大雪山の空に浮かんだ、もう一人の楓夏。
五歳の楓夏は、ただ黙って見つめていました。
「私……?」
未来の楓夏は頷きました。
『そう。私は、ずっと先のあなた』
「どうして、私を止めるの?」
未来の楓夏は、悲しそうに笑いました。
『あなたがこれから向かう場所で、私は一つの決断をした』
「どんな決断?」
『大切な人を、ひとり失う決断』
楓夏の胸が苦しくなります。
「誰を?」
未来の楓夏は答えません。
『それを知れば、あなたは未来を変えようとする』
「だって……大切な人がいなくなるなら、助けたいよ」
『そう思うよね』
未来の楓夏は目を閉じました。
『でも、すべての別れをなくしたら、未来そのものが壊れてしまう』
楓夏は分かりませんでした。
「どうして?」
『命には、それぞれの時間があるから』
その言葉に、母の姿が重なりました。
母も言っていた。
「終わりがあるから、今を大切にできる」
けれど――。
「それでも、悲しいよ」
『うん』
「大切な人がいなくなるのは嫌」
『私もそうだった』
未来の楓夏は涙を流しました。
『だから私は、一度だけ未来を変えようとした』
「どうなったの?」
『北海道から、森が消えた』
風が止まりました。
***
未来の光景が、目の前に広がります。
緑の森。
動物たち。
青い海。
美しい北海道。
そして――。
突然、森が黒く染まっていきます。
木々が枯れ。
川が濁り。
動物たちが姿を消していきます。
「どうして……?」
楓夏が震えます。
『私が、一人を救おうとしたから』
未来の楓夏が答えます。
『その人の命を未来につなぐために、命の流れを変えた』
「それだけで?」
『命は一本の線じゃない』
『森も、海も、動物も、人間も、全部つながっている』
『一つを無理に変えると、別の場所に歪みが生まれる』
楓夏は黙りました。
『だから私は、元に戻した』
「……その人は?」
未来の楓夏は、静かに目を伏せました。
『帰ってきたよ』
「じゃあ、よかったんだよね?」
『違う』
未来の楓夏は首を振りました。
『帰ってきたのは、その人だけじゃなかった』
「え?」
『別のものまで、この世界に入り込んだ』
空が暗くなります。
黒い霧。
けれど、以前の黒い影とは違います。
もっと大きく。
もっと深く。
北海道全体を覆うほどの闇。
『それが、未来を壊した本当の原因』
***
突然、凪が叫びました。
「待って!」
全員が振り返ります。
凪は地面に手をついていました。
「大地の声がする」
「何て?」
「……『過去に戻せ』って」
岳も地面に耳を当てます。
「本当だ」
大雪山が低く震えています。
『未来を変えるな』
『過去を変えるな』
『ただ、今を選べ』
楓夏は胸に手を当てました。
「今を選ぶ……」
未来の楓夏が頷きます。
『それが、最後の試練』
「試練?」
『そう』
『これから、あなたたちの前に三つの道が現れる』
大雪山の扉が開きました。
その奥には、三つの光る道がありました。
一つ目は、過去。
二つ目は、未来。
三つ目は――。
何も描かれていない、真っ白な道。
「三つ目は何?」
『今』
「今……」
『あなたが選ぶ道』
楓夏は三つの道を見つめました。
すると――。
過去の道から、母の声が聞こえました。
「楓夏、おいで」
「お母さん……」
未来の道からは、未来の娘の声。
『ママ、待ってる』
そして真っ白な道からは――。
森の声。
『あなた自身で決めなさい』
楓夏は悩みました。
「どれを選べばいいの?」
未来の楓夏は答えません。
ただ、優しく微笑みます。
『それを決めるのは、私じゃない』
楓夏は一歩、前へ進みました。
「じゃあ――」
そのとき。
黒羽楓が手を握りました。
「一緒に行く」
蒼空も。
「僕も」
空良。
「私も」
岳。
「俺も」
雪乃。
「どこへ行くかは、楓夏ちゃんが決めていい」
凪も笑いました。
「僕たちは、ついていく」
楓夏は仲間たちを見ました。
そして――。
「じゃあ、私は――」
真っ白な道を選びました。
「今を行く」
***
その瞬間。
大雪山が大きく揺れました。
ゴゴゴゴゴ……。
三つの道が一つになっていきます。
過去も。
未来も。
そして現在も。
すべてが一本の道になりました。
「道が……」
美雪が呟きます。
未来の楓夏も驚いています。
『そうか……』
「どうしたの?」
『私も、間違っていた』
「何が?」
『過去か未来か、どちらかを選ばなければいけないと思っていた』
未来の楓夏が笑います。
『でも違った』
『過去も未来も、今の中につながっている』
楓夏の胸の紋章が輝きます。
九つ目の紋章も、それに呼応しました。
すると――。
空から一枚の白い葉が舞い降りてきました。
楓夏が受け取ります。
葉には、母の文字が浮かびました。
「最後の扉は、外にあるのではありません」
楓夏は首を傾げます。
「じゃあ、どこ?」
文字がもう一つ現れました。
「あなたの心の中」
楓夏は胸に手を当てました。
その瞬間――。
胸の奥に、見知らぬ景色が浮かびました。
小さな家。
雪に覆われた庭。
その家の前に立っている、一人の女の子。
五歳くらい。
楓夏と同じ髪。
楓夏と同じ目。
けれど――。
その少女の手には、黒い花が握られていました。
「この子……誰?」
美雪が顔色を変えました。
「……知ってる」
「え?」
「未来で、その子を見たことがある」
「誰なの?」
美雪は震える声で答えました。
「未来のあなたの娘」
楓夏は息をのみました。
しかし次の瞬間――。
少女が顔を上げます。
その目は、真っ黒でした。
「……ママ」
少女が呟きます。
「早く迎えに来て」
楓夏の背筋に、冷たいものが走りました。
――第六十四話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




