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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第五話 川が知っている秘密



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第五話 川が知っている秘密


 川の流れは、いつもと少し違っていました。


 キラキラと光る水の中に、灰色の筋がゆっくり流れています。


 楓夏は、しゃがんで水を見つめました。


「川さん……」


 そっと手を水につけます。


 冷たい。


 でも、その冷たさの向こうから声が聞こえました。


『苦しいよ、ふうか』


「苦しいの?」


『うん。いつもと違うものが流れてくる』


 楓夏は顔を上げました。


 川の向こうには、森が広がっています。


『夜に、たくさんの袋が来た』


「袋……?」


『黒い袋』


 楓夏は、お父さんを見ました。


「お父さん。森の奥に、黒い袋がたくさんあるって」


「川から聞いたのか?」


「……うん」


 もちろん、お父さんには川の声は聞こえません。


 けれど、楓夏が言った場所へ行ってみることにしました。


 赤い帽子の男――森を調べている研究者も一緒です。


「もし本当に何か捨てられているなら、調べる必要があります」


 男は真剣な顔をしていました。


 四人は森の奥へ進みました。


 楓夏の前をキタキツネが歩いています。


「コンちゃん、どっち?」


『こっち』


 キツネは細い獣道へ入っていきました。


 その道は、人間なら気づかないような小さな道でした。


 木の枝をくぐり、倒れた木をまたぎ、しばらく進むと――。


 楓夏は足を止めました。


「あ……」


 木々の間に、黒い袋がありました。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 さらに奥にもあります。


 全部で十個以上。


 お父さんの顔が険しくなりました。


「これは……かなり多いな」


 研究者の男性も袋を見つめています。


「中身には触らないでください」


「危険なものですか?」


「分かりません。警察に連絡しましょう」


 そのとき。


 突然、近くの木から鳥たちが一斉に飛び立ちました。


 バサバサバサッ!


 楓夏は驚いて空を見上げました。


「どうしたの?」


 鳥たちが大きな声で鳴いています。


『人間が来る!』


『あっちから!』


『赤い車!』


 楓夏は振り返りました。


 森の向こうから、エンジンの音が聞こえてきます。


 ブーン……。


 そして木々の間から、一瞬だけ赤い車が見えました。


「お父さん!」


「分かってる!」


 お父さんが楓夏の手を握ります。


「ここから離れよう」


 けれど、その瞬間。


 赤い車が止まりました。


 ドアが開きます。


 男が一人、森の中へ入ってきました。


 赤い帽子の男とは違います。


 黒い帽子。


 黒い上着。


 そして、手には大きなバッグ。


「誰だ?」


 お父さんが声をかけました。


 男は立ち止まりました。


 しばらく黙っていましたが、やがて低い声で言いました。


「それは、見なかったことにしてもらえませんか」


 研究者の男性が前に出ました。


「ここで何をしているんです?」


「私は……」


 男が言葉を濁します。


 そのとき、楓夏には別の声が聞こえました。


 木の声です。


『この人』


『昨日の夜も来た』


 楓夏は男を見つめました。


「昨日も来たの?」


 男が楓夏を見る。


「……なぜ、そんなことを聞く?」


「木が……」


 そこまで言って、楓夏は口を閉じました。


「なんでもない」


 男は怪訝そうな顔をしました。


 すると、キタキツネが突然走り出しました。


『ふうか!』


「コンちゃん?」


『こっち! 急いで!』


 キツネは森の奥へ走ります。


 楓夏も追いかけました。


「楓夏!」


 お父さんの声が聞こえます。


 けれどキツネは止まりません。


 やがて、大きな岩の後ろで立ち止まりました。


『ここ』


「何があるの?」


 楓夏が岩の下を見ると、土の中から小さな箱が出ています。


 黒い袋ではありません。


 木でできた古い箱です。


 楓夏が触れようとすると、キツネが鳴きました。


『それは人間のものじゃない』


「え?」


 箱の表面には、不思議な模様が刻まれていました。


 木の葉。


 鹿。


 鳥。


 そして――小さな女の子。


 楓夏は息をのみました。


「この女の子……」


 自分にそっくりでした。


 その瞬間。


 森の奥から風が吹き抜けました。


 木々が一斉にざわめきます。


『ずっと待っていた』


『やっと来た』


『あの子の孫が……』


 楓夏は聞き間違いかと思いました。


「私の……?」


 お父さんが追いついてきました。


「楓夏、どうした?」


 楓夏は箱を見つめたまま動けません。


 そのとき、後ろから研究者の男性の声がしました。


「……その箱を、どこで?」


 男性は青ざめています。


「知ってるの?」


 楓夏が尋ねると、男性は答えませんでした。


 代わりに、箱の模様をじっと見つめています。


「この印……」


 男性が小さくつぶやきました。


「まさか……」


 すると、森の奥から大きな音が響きました。


 ドン!


 鳥たちが一斉に飛び立ちます。


 そして黒い帽子の男の声がしました。


「その箱を渡せ!」


 楓夏は箱を抱きしめました。


 なぜか分かりません。


 けれど、この箱を渡してはいけない。


 そう思いました。


 木々も、川も、動物たちも、同じことを叫んでいます。


『守って』


『ふうか、守って』


 楓夏は初めて、自分自身に問いかけました。


 ――この箱はいったい何なの?


 そして。


 なぜ、そこには自分と同じ女の子が描かれているのでしょう。


 道東の森に隠された秘密は、事件の始まりよりもずっと昔から続いていたのです。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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