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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第四話 黒い箱の秘密



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第四話 黒い箱の秘密


 赤い帽子の男は、森の中で立ち止まっていました。


 その目は、地面に置かれた黒い箱をじっと見つめています。


「その箱を渡してもらおう」


 低い声でした。


 楓夏は、お父さんの後ろに隠れました。


 怖くて、足が少し震えています。


 でも、お父さんは楓夏の手を握ってくれました。


「この箱は、あなたのものですか?」


 お父さんが尋ねます。


 男は答えません。


 ただ、もう一度言いました。


「それを置いて、ここから帰ってください」


 その瞬間。


 バサッ!


 頭上からオジロワシが飛び立ちました。


 大きな翼が、男の頭上をかすめます。


「うわっ!」


 男が思わず顔を隠しました。


 楓夏は、その隙に箱を見ました。


 黒い箱の側面に、小さな文字が刻まれています。


 ――羅臼森林調査。


「森林調査……?」


 楓夏がつぶやくと、男の顔色が変わりました。


「その文字を読んだのか?」


 楓夏は黙りました。


 お父さんも気づきました。


「あなたは、この箱について何か知っているんですね」


 男はしばらく黙っていました。


 そして、ため息をつきました。


「……私は、この森を調べている研究者だ」


「研究者?」


「そうだ」


 男は赤い帽子を脱ぎました。


「だが、勝手に森へ入ったことを知られたくなかった」


 お父さんは不思議そうな顔をしました。


「それなら、なぜ子牛を森へ?」


 男は目を伏せました。


「子牛を連れてきたのは、私じゃない」


「え?」


 楓夏が顔を上げました。


 男は続けました。


「昨日の夜、森の中で子牛が迷っているのを見つけた。助けようとしたが、怖がって逃げたんだ」


「じゃあ、森の奥へ連れていったのは……?」


「分からない」


 そのとき。


 近くの木が、サワサワと枝を揺らしました。


『違う』


 楓夏には聞こえました。


『この人じゃない』


 楓夏は男を見ました。


 この人は嘘をついていない。


 自然がそう教えてくれています。


「お父さん」


「ん?」


「この人じゃないよ」


 お父さんが驚いて楓夏を見ます。


 男も楓夏を見つめました。


「どうしてそう思う?」


「……なんとなく」


 楓夏は答えました。


 もちろん、本当のことは言えません。


 動物や木々が教えてくれたとは。


 男は困ったように笑いました。


「君は、不思議な子だね」


 そして黒い箱を指さしました。


「その箱は、森の中に設置していた観測装置なんだ」


「観測装置?」


「動物の動きや、森の変化を記録するためのものだ」


 お父さんが箱を持ち上げようとしました。


 すると、


 カチッ。


 箱の中から小さな音がしました。


「電池が入っているな」


 男が言いました。


 箱の蓋には、小さなランプがあります。


 緑色のランプが点滅していました。


「まだ動いている」


 男は箱を開けました。


 中には小さな機械と記録用のメモリーカードが入っていました。


 男が機械を確認していると――。


 楓夏の耳に声が届きました。


『ふうか』


 トドマツです。


「なあに?」


『箱は、昨日の夜のことを知っている』


「昨日の夜?」


『聞けば分かる』


 楓夏は男に尋ねました。


「これ、昨日の夜の音も聞ける?」


 男が顔を上げました。


「音?」


「うん」


「……録音機能がついている」


 男は機械を操作しました。


 小さなスピーカーから、森の音が流れます。


 風。


 木々。


 遠くの川。


 鳥の声。


 そして――。


 ドン!


 大きな音。


 楓夏はびくっとしました。


 お父さんも驚きます。


「昨日の夜の音だ」


 続いて、


 ガサガサ……。


 足音。


 そして、


「モォー……」


 モモの鳴き声。


 さらに、男とは違う人間の声が聞こえました。


『早くしろ』


 楓夏は息を止めました。


『ここに置けば、誰にも見つからない』


 別の声。


『でも、動物が……』


『構わない』


 録音はそこで途切れました。


 森の中が静まり返ります。


 お父さんが男を見ました。


「これは……」


「私ではない」


 男は首を横に振りました。


「私が来たのは、その後だ」


 楓夏は黒い箱を見つめました。


 これで分かった。


 子牛を森へ連れてきたのは、別の誰か。


 そして、森の中に何かを隠した。


 では――。


 いったい何を?


 そのとき。


 突然、キタキツネが走ってきました。


『ふうか!』


「コンちゃん?」


『川!』


「川がどうしたの?」


『川に、変な匂いがする!』


 楓夏は立ち上がりました。


「お父さん、川へ行こう!」


「川?」


「うん。早く!」


 お父さんと男も後を追います。


 三人と一匹は、森の中を走りました。


 やがて沢に着くと、楓夏は水面を見ました。


 川の一部だけが、不自然に濁っています。


 そして岸辺には、小さな黒い袋が落ちていました。


 男が袋を見つけ、顔を強張らせます。


「……これは」


「知ってるんですか?」


 お父さんが尋ねました。


 男は袋を開けませんでした。


 ただ、青ざめた顔で言いました。


「この森で、誰かが違法に何かを捨てようとしている」


 その瞬間。


 川の水が、楓夏の足元で小さく跳ねました。


『ふうか』


 川の声が聞こえます。


『まだ、ひとつじゃない』


「え?」


『森の奥に、もっとある』


 楓夏は森を振り返りました。


 木々の向こうには、まだ誰も知らない場所があります。


 そしてそこには――。


 黒い袋が、いくつも隠されているのでした。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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