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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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6/100

第六話 箱に描かれた女の子



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第六話 箱に描かれた女の子


 「その箱を渡せ!」


 森の奥から、黒い帽子の男が叫びました。


 楓夏は、木の箱を胸に抱きしめました。


 どうしてなのか、自分でも分かりません。


 ただ、この箱を男に渡してはいけない。


 そんな気がしました。


「楓夏、こっちへ!」


 お父さんが楓夏の肩を抱き、自分の後ろへ隠します。


「あなたは誰ですか?」


 お父さんが男に尋ねました。


 男は答えません。


 ただ、楓夏が抱えている箱を見つめています。


「それは危険なものなんだ」


「危険?」


「子どもには分からない」


 その言葉を聞いて、楓夏は少しだけ腹が立ちました。


 五歳だから。


 子どもだから。


 何も分からないと思われるのが嫌でした。


「分かるよ」


 楓夏は小さな声で言いました。


「森が、守ってって言ってる」


 男の顔が、一瞬だけ青ざめました。


「……森が?」


 男は後ずさりました。


 その瞬間、風が吹きました。


 ザァァァ……。


 木々が大きく揺れます。


『この人は知っている』


 楓夏には、木々の声が聞こえました。


『昔から知っている』


「昔から……?」


 楓夏は箱を見つめました。


 箱の表面に描かれた女の子。


 長い髪。


 小さな手。


 そして、胸元に小さな葉っぱの模様。


 楓夏は、その模様に見覚えがありました。


「これ……」


 自分の首にかけているペンダントを取り出します。


 小さな木の葉の形をしたペンダント。


 おばあちゃんからもらったものです。


 箱の模様と、そっくりでした。


「お父さん、この葉っぱ……」


 お父さんがペンダントを見ました。


「それ、おばあちゃんからもらったものだろ?」


「うん」


 黒い帽子の男が、低い声で言いました。


「そのペンダントをどこでもらった?」


 楓夏は答えません。


 代わりに、お父さんが言いました。


「娘に何か用ですか?」


 男は黙りました。


 すると、後ろから別の声が聞こえました。


「もう、やめなさい」


 みんなが振り返ります。


 そこに立っていたのは――。


 おじいちゃんでした。


「おじいちゃん!」


 楓夏が駆け寄ります。


 おじいちゃんは、箱を見ると驚いた顔をしました。


「……まだ残っていたのか」


 お父さんが尋ねます。


「父さん、知ってるの?」


 おじいちゃんは、しばらく黙っていました。


 そして、静かに言いました。


「昔、この森で大きな事件があった」


「事件?」


「ああ。今から三十年以上前のことだ」


 おじいちゃんは森を見つめました。


「この辺りでは、昔から森の動物を調べている人たちがいた。けれど、その中に森を守るためではなく、森から何かを持ち出そうとする者がいた」


 黒い帽子の男が口を開きました。


「余計なことを話すな」


 おじいちゃんは男を見ました。


「もう隠す必要はないだろう」


 楓夏は箱を見ました。


「この箱には何が入っているの?」


 おじいちゃんは答えませんでした。


 代わりに、楓夏のペンダントを見つめました。


「それを持っているなら……楓夏にも関係がある」


「私に?」


「ああ」


 楓夏の胸がドキンと鳴りました。


 そのときでした。


 遠くから、


 ヒヒーン!


 という鳴き声が聞こえました。


 続いて、鳥たちが一斉に騒ぎ始めます。


『人間が来る』


『たくさん来る』


 森が教えてくれました。


 お父さんも気づきました。


「警察かもしれない」


 黒い帽子の男が顔を強張らせます。


「……まずい」


 男は森の奥へ逃げようとしました。


 しかし、その前にキタキツネが立ちはだかりました。


『こっちはだめ』


 キツネが牙を見せます。


 男が一歩下がります。


「動物が……」


 さらに木々の枝が低く垂れ、男の進路をふさぎました。


 まるで森そのものが男を逃がさないようでした。


 やがて遠くから、車の音が近づいてきました。


 警察が到着したのです。


 黒い帽子の男は、その場で事情を聞かれることになりました。


 赤い帽子の研究者も、警察にこれまでのことを説明しました。


 黒い袋の中身を調べると、森や川を汚す危険な薬品が入っていたことが分かりました。


 事件は、大きく動き始めました。


 けれど――。


 楓夏には、まだ一つだけ分からないことがありました。


 木の箱です。


 夜。


 家に戻った楓夏は、おばあちゃんのところへ行きました。


「おばあちゃん」


「どうしたの?」


「これ、知ってる?」


 楓夏は箱を見せました。


 おばあちゃんは箱を見るなり、言葉を失いました。


 しばらくして、震える手で箱に触れました。


「……これは」


「知ってるの?」


 おばあちゃんは楓夏を見つめました。


「楓夏」


「うん」


「あなたのお母さんが生まれるずっと前――」


 おばあちゃんの声が震えました。


「私も、この箱を探したことがあるの」


「え?」


 楓夏は目を丸くしました。


「どうして?」


 おばあちゃんは答えませんでした。


 ただ、楓夏のペンダントを握りました。


「この葉っぱの印はね……」


 その瞬間。


 窓の外で、白樺の木が大きく揺れました。


 サワァァァ……。


 そして楓夏の耳に、はっきりと声が届きました。


『ようやく、思い出したね』


 楓夏は窓の外を見ました。


 おばあちゃんも、何かを感じたように振り返ります。


「……あの森は、まだ楓夏を待っているのね」


「おばあちゃん?」


 おばあちゃんは、悲しそうに、でも優しく笑いました。


「この箱の中にはね――」


 そこで言葉を止めました。


 次の瞬間。


 箱の中から、


 カチッ。


 小さな音がしました。


 誰も触れていないのに、箱の鍵がゆっくり開いたのです。


 楓夏は息をのみました。


 箱の中には、一枚の古い写真。


 そして――。


 一枚の手紙が入っていました。


 手紙の一番上には、こう書かれていました。


 『楓夏へ』


 五歳の少女は、震える手で手紙を見つめました。


 まだ誰にも知られていない、楓夏自身の秘密が。


 いま、少しずつ明らかになろうとしていました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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