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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第二十話 五人の約束



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第二十話 五人の約束


 「やっと、五人揃ったか」


 暗闇の奥から聞こえた声に、楓夏たちは動けなくなりました。


 ひかりは両手で耳をふさいでいます。


「いや……」


 涙が頬を伝いました。


「この人の声、聞きたくない……」


 楓夏はひかりの手を握りました。


「大丈夫だよ」


「でも……この人、怖いことを考えてる」


「何を?」


 ひかりは震えながら、目を閉じました。


「森を……全部、自分のものにしたいって」


 お父さんが前に出ました。


「誰だ!」


 暗闇から、ゆっくり人影が現れます。


 黒いコート。


 白い髪。


 そして、手には古い木の杖。


 男は五人の子どもを見つめました。


「私は冬木」


 男は静かに名乗りました。


「この森の秘密を、長い間追ってきた者だ」


 おばあちゃんが驚きました。


「冬木……?」


 その名前を聞いた瞬間、古い男が笑いました。


「やはり知っているか」


「母の日記に、あなたの名前があった」


「そうだろう」


 冬木は地下の大木を見上げました。


「私は、君のひいおばあさんと同じ場所を目指していた」


「でも、おばあちゃんは言ってた」


 楓夏が言いました。


「ひいおばあちゃんは森を守ろうとしてたって」


「そうだ」


 冬木はうなずきます。


「だが、私は違う」


「どうして?」


「森の力を、人間のために使う」


 楓夏は首をかしげました。


「森の力って、何?」


 冬木は笑いました。


「君たち五人が持っているものだ」


 森。


 海。


 雪。


 風。


 そして心。


 五つの力。


 冬木は続けました。


「この五つが揃えば、森の記憶を見ることができる」


「記憶?」


「この大地が見てきた、何百年もの記憶だ」


 楓夏は巨大な木を見上げました。


「そんなことができるの?」


「できる」


 冬木は答えます。


「過去を知れば、未来を変えられる」


 ひかりが突然叫びました。


「うそ!」


 全員がひかりを見ます。


「冬木さんは、森のことなんて考えてない!」


 冬木の顔から笑みが消えました。


「何を言っている?」


「あなたが考えていること……聞こえる」


 ひかりの声が震えています。


「あなたは、未来を変えたいんじゃない」


「……」


「自分が失ったものを、取り戻したいんでしょう?」


 冬木が動きを止めました。


 楓夏は気づきました。


「何を失ったの?」


 しばらく沈黙したあと、冬木は答えました。


「娘だ」


 その声には、初めて悲しみが混じっていました。


「昔、娘が森で事故に遭った」


 冬木は目を伏せました。


「私は、あの子を助けられなかった」


 楓夏は黙って聞いていました。


「だから、森の記憶を使えば、あの日を変えられると思った」


「でも……」


 楓夏は言いました。


「過去は変えられないよ」


 冬木が顔を上げます。


「なぜ分かる?」


「森さんが言ってる」


 巨大な木が、静かに枝を揺らしました。


『過去は、消すものではない』


『受け取るもの』


 冬木は怒ったように杖を地面へ叩きつけました。


「黙れ!」


 その瞬間。


 地下の森が大きく揺れました。


 ゴゴゴゴゴ……。


「きゃっ!」


 美月が倒れそうになります。


 楓夏が支えました。


 すると、地下水が一気に増え始めました。


「まずい!」


 研究者の男性が叫びました。


「水がここへ流れ込んでいる!」


 冬木が笑います。


「そうだ」


「あなたがやったの?」


 お父さんが問い詰めます。


「この地下水を止めれば、五人の力を使うしかなくなる」


 冬木は五人を見ました。


「さあ、選べ」


「何を?」


「森を救うか、逃げるか」


 水が足元まで迫ってきます。


 楓夏は周囲を見回しました。


 木々が苦しそうに揺れています。


『ふうか』


『お願い』


『助けて』


 楓夏は目を閉じました。


 すると、美月が言いました。


「海が……水を外へ流せるって言ってる」


 凛も続きます。


「雪は、水の流れる道を教えてくれる」


 悠真が目を閉じました。


「風が、地下の空気の流れを教えてくれる」


 ひかりは涙を拭いました。


「みんなの心が……同じことを考えてる」


「何て?」


「森を助けたいって」


 楓夏は笑いました。


「じゃあ、みんなでやろう」


 五人が手をつなぎます。


 楓夏が森へ呼びかけました。


「森さん!」


『ここ』


 美月が海へ。


「海さん!」


『任せて』


 凛が雪へ。


「雪さん!」


『道を作る』


 悠真が風へ。


「風さん!」


『流れを変える』


 そして、ひかり。


「みんなの心……ひとつになって!」


 その瞬間。


 地下の大木がまばゆい光に包まれました。


 水の流れが変わります。


 ゴォォォ……!


 地下水が一本の大きな水路へ集まり、地下の奥へ流れていきます。


 やがて――。


 水は止まりました。


 静寂が戻ります。


「……できた」


 楓夏が息を吐きました。


 冬木は呆然と立っています。


「五人の力で……」


 そして、ふらりと膝をつきました。


「私には……できなかった」


 楓夏は冬木のそばへ歩きました。


「おじさん」


「……何だ」


「娘さんのこと、大切だったんだね」


 冬木の目に涙が浮かびました。


「ああ」


「じゃあ、忘れなくていいんじゃない?」


 冬木は顔を上げます。


「過去を変えなくても、大切な人を思うことはできるよ」


 冬木は何も言いませんでした。


 ただ、静かに涙を流しました。


 そのとき。


 巨大な木の幹が光り始めます。


 そして、そこに一人の女性の姿が浮かびました。


 ひいおばあちゃんです。


『楓夏』


「ひいおばあちゃん……」


『よくここまで来ましたね』


 楓夏の目から涙がこぼれます。


『森を守るということは、森だけを守ることではありません』


 ひいおばあちゃんは、五人を見つめました。


『動物も、人も、海も、雪も、風も――』


『すべてがつながっていることを忘れないこと』


 そして最後に、楓夏へ微笑みました。


『あなたなら、大丈夫』


「待って!」


 楓夏が手を伸ばします。


「もっと話したい!」


 けれど、光は少しずつ消えていきます。


『私はずっと、あなたたちを見守っています』


「ひいおばあちゃん……!」


 光が消えました。


 静かな地下の森に戻ります。


 楓夏は涙を拭いました。


 すると、美月が手を握ってくれました。


「大丈夫」


 凛も笑います。


「私たちがいるよ」


 悠真も頷きます。


「五人で守ろう」


 ひかりが小さく笑いました。


「うん」


 楓夏も笑いました。


「五人でね」


 そのとき、白いオオカミがゆっくり歩いてきました。


『約束は、ここで終わりではない』


 楓夏はオオカミを見つめます。


「じゃあ、まだ事件があるの?」


『事件だけではない』


「じゃあ何?」


 オオカミは、地上へ続く出口を見上げました。


『春が来れば、この森に新しい命が生まれる』


『そのとき、また新しい声が聞こえるだろう』


 楓夏は笑いました。


「じゃあ、春になったらまた会おうね」


 オオカミは静かに頷きました。


『ああ』


 こうして、冬の事件は終わりました。


 警察の捜査によって、黒い袋を捨てていた人々のことも明らかになり、地下水を守るための調査も始まりました。


 そして冬木も、長い間隠していたことをすべて話すことを決めました。


 数日後。


 牧場に戻った楓夏は、雪の上に小さな足跡を見つけました。


「キツネさんかな?」


 足跡の先には、小さな青い花が一輪。


 真冬なのに、雪の中で咲いています。


 楓夏がしゃがむと――。


『ふうか』


「なあに?」


『ありがとう』


 楓夏は笑いました。


「どういたしまして」


 けれど、その花のそばには――。


 見たことのない小さな足跡が、もう一つありました。


 人間でも。


 キツネでも。


 鹿でもない。


 楓夏は首をかしげました。


「この足跡……誰の?」


 森の奥から、風が吹きます。


 サァァァ……。


 そして、木々が小さく笑うように揺れました。


『それは――』


 声が途切れます。


 楓夏は耳を澄ませました。


 けれど、もう何も聞こえませんでした。


 ただ一つ。


 青い花の横に、小さな白い羽根が落ちていました。


 楓夏は羽根を拾い上げます。


「春に、何かが始まるのかな?」


 空を見上げると、雪が静かに降ってきました。


 北海道・道東の長い冬。


 その先には――。


 新しい季節と、新しい事件が待っていました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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