第二十一話 春を呼ぶ白い羽根
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第二十一話 春を呼ぶ白い羽根
冬が終わり、道東にも少しずつ春の気配が近づいてきました。
牧場の雪は日に日に小さくなり、雪の下から茶色い草が顔を出しています。
楓夏は朝から外に出ていました。
「おはよう!」
森に向かって声をかけます。
すると、木の枝が揺れました。
『おはよう、ふうか』
「もう春?」
『もうすぐ』
楓夏は笑いました。
その手には、あの日拾った白い羽根があります。
冬の最後の日。
青い花の横に落ちていた、不思議な羽根。
どんな鳥のものなのか、お父さんにも研究者のおじさんにも分かりませんでした。
「まだ持ってたんだ」
美月が後ろから声をかけました。
「うん」
楓夏は羽根を見せます。
「この羽根、森さんも何の羽根か教えてくれないの」
「じゃあ、秘密の羽根だね」
二人で笑っていると――。
バサッ!
突然、頭上から大きな鳥が飛び立ちました。
「わっ!」
楓夏が見上げます。
白い翼。
黒い尾。
大きな体。
「オジロワシ?」
美月が言いました。
「うん。でも……」
楓夏は首をかしげました。
オジロワシは、森の上をぐるぐると回っています。
そして突然、森の奥へ飛んでいきました。
『来て』
声が聞こえました。
「え?」
楓夏は耳を澄まします。
『早く』
『大変なの』
「鳥さん?」
美月も驚きます。
「何か言った?」
「助けてって」
二人は顔を見合わせました。
そのとき、森の中からキタキツネが走ってきました。
『ふうか!』
「どうしたの?」
『川がおかしい』
「川?」
『水が苦しい』
楓夏の顔が曇りました。
「行ってみよう」
二人はキタキツネの後を追いました。
森を抜けると、小さな川がありました。
雪解け水で、水量が増えています。
けれど――。
水面に、薄い膜のようなものが浮かんでいました。
「これ……何?」
美月が顔をしかめます。
楓夏は川に近づきました。
すると――。
『痛い』
川が言いました。
『冷たい』
『苦しい』
楓夏の胸が痛くなります。
「川さん、どうしたの?」
『上から流れてきた』
「上?」
楓夏は川の上流を見ました。
そのとき。
水面に白い羽根が一枚浮かんでいるのを見つけました。
「これ……」
楓夏が拾うと、冬に拾った羽根と同じものでした。
「同じだ」
美月が驚きます。
「じゃあ、この羽根の鳥が上流にいるの?」
「たぶん」
二人は上流へ向かいました。
しばらく歩くと、森の中に小さな小屋が見えてきました。
古い小屋です。
屋根は壊れ、壁にはツタが絡まっています。
けれど、入口には新しい靴跡がありました。
「誰かいる」
美月が小声で言いました。
楓夏は耳を澄ませます。
中から声が聞こえました。
「……大丈夫だから」
女の人の声です。
「もう少しだけ……」
楓夏はドアを開けました。
「こんにちは」
「きゃっ!」
中にいた女性が驚いて振り返りました。
その腕には――。
一羽の大きな白い鳥が抱かれていました。
鳥の翼には、傷があります。
「怪我してる!」
美月が駆け寄りました。
女性は警戒した様子でした。
「あなたたち、誰?」
「私、楓夏」
「私は美月」
女性は二人を見つめました。
「ここには来ないで。危ないから」
「何が危ないの?」
女性は答えません。
楓夏が鳥を見ると、鳥が小さく鳴きました。
『助けて』
「この鳥さん、助けてって言ってる」
女性の顔色が変わりました。
「……あなた」
「うん?」
「今、何て言ったの?」
「鳥さんが助けてって」
女性は驚いたまま楓夏を見つめています。
「あなたも……聞こえるの?」
「え?」
女性はゆっくり立ち上がりました。
「鳥の声が……言葉として聞こえるの?」
楓夏はうなずきました。
「うん」
女性は、しばらく黙っていました。
そして小さく笑いました。
「そう……」
「お姉さんも聞こえるの?」
「私は……少しだけ」
女性は答えました。
「昔から、動物の気持ちが分かることがあった」
楓夏は驚きました。
「じゃあ、森の声を聞く人?」
「……たぶんね」
女性は鳥の翼を優しく撫でました。
「この子は、数日前からここにいるの」
「どうして怪我したの?」
「分からない」
女性は首を振ります。
「でも、この森には最近、変な人たちが入ってくる」
「変な人?」
「夜になると車が来る」
楓夏と美月は顔を見合わせました。
「車……」
楓夏の頭に、以前の事件がよぎります。
白い車。
黒い袋。
地下水脈。
でも、あの事件は解決したはずでした。
「同じ人たちなのかな?」
美月が言いました。
女性は首を横に振ります。
「分からない。でも――」
そのとき。
外からエンジン音が聞こえました。
ブロロロロ……。
女性の顔が青ざめます。
「来た……」
「誰?」
「隠れて!」
三人は小屋の奥へ身を隠しました。
しばらくして、外で車が止まりました。
ドアが開く音。
ザク、ザク、と雪解けの道を歩く足音。
そして――。
「まだ見つからないのか?」
男の声。
「鳥を探せ。あの鳥は見たんだ」
楓夏は息をのみました。
鳥が――何かを見た?
男たちは何を探しているのでしょう。
すると、楓夏の手の中の白い羽根が突然光りました。
その瞬間。
鳥が翼を広げます。
『逃げて』
楓夏の頭の中に声が響きました。
『あの人たちは――』
鳥が窓の外を見ます。
『森の奥にあるものを探している』
「森の奥にあるもの?」
楓夏がつぶやいた瞬間。
外の男が言いました。
「必ず見つけろ」
「何を?」
「白い木だ」
楓夏の心臓がドクンと鳴りました。
白い木。
それは――。
冬の地下で見た、巨大な木のことではありません。
もっと昔から、この道東の森に伝わっているという――。
「命の木」。
ひいおばあちゃんの日記にも、一度だけ名前が出ていた木でした。
そして、男はさらに言いました。
「白い木を見つければ、あの子どもたちの居場所も分かる」
楓夏は美月と顔を見合わせました。
「私たちを……探してる」
美月が小さく頷きます。
そのとき、白い鳥が突然飛び立ちました。
窓を突き破るように外へ飛び出していきます。
「鳥が!」
男たちが叫びました。
「いたぞ!」
車のエンジンがかかります。
鳥は森の奥へ逃げていきます。
「追われてる!」
楓夏は立ち上がりました。
「助けなきゃ!」
女性が楓夏の腕をつかみました。
「待って!」
「でも!」
「この先には、白い木がある」
女性は真剣な顔で言いました。
「そして、そこには――」
一瞬、女性が言葉を止めます。
「私が昔、一度だけ会った子がいる」
「誰?」
女性は答えました。
「森の中で暮らす――」
そのとき、森の奥から白い鳥の声が響きました。
『来て』
楓夏は走り出しました。
道東の春の森。
追いかけてくる車。
傷ついた白い鳥。
そして、誰も見たことがない「白い木」。
楓夏たちは知らなかったのです。
白い木の下で待っている人物が――。
これまでの事件をすべてつなぐ、最大の秘密を知っていることを。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




