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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第十一話 大きな岩の下



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第十一話 大きな岩の下


 夜の海は、昼間とはまったく違っていました。


 月明かりが波の上で揺れています。


 ザァ……。


 ザァ……。


 楓夏は、お父さんの手を握って砂浜を歩いていました。


 おじいちゃんとおばあちゃんも一緒です。


 少し離れたところには、森の調査をしている男性もいました。


 警察にも連絡をしてあります。


 けれど、楓夏の心は急いでいました。


「大きな岩……」


 砂浜の先に、黒い岩が見えてきます。


「あれだ!」


 楓夏が走り出しました。


「楓夏、待って!」


 お父さんが追いかけます。


 岩の前に立つと、楓夏はペンダントを握りました。


 すると――。


 ほんのり温かくなります。


「ここだよ」


 楓夏が言いました。


 おばあちゃんは岩を見つめ、震える声で言いました。


「母が最後にいた場所……」


 おじいちゃんが岩の周りを調べます。


「何かないか?」


 砂をどかすと、岩の下に小さな隙間がありました。


「これ……」


 そこには、古い木箱が埋まっていました。


 楓夏が手を伸ばそうとすると、おばあちゃんが止めました。


「待って」


「どうして?」


「母が、ここに何かを残したのなら……」


 おばあちゃんは少し迷ってから、うなずきました。


「開けましょう」


 お父さんが慎重に箱を取り出しました。


 箱は土と砂で汚れていました。


 蓋には、あの葉っぱの印があります。


 楓夏が触れると――。


 カチッ。


 鍵が開きました。


 中には、一冊のノート。


 小さな金属製の記録媒体。


 そして、古い写真が一枚入っていました。


 写真を見たおばあちゃんは、息をのみました。


「お母さん……」


 そこには、ひいおばあちゃんが海辺に立っていました。


 その隣には、若い男性がいます。


 赤い帽子をかぶっています。


「この人……」


 お父さんが言いました。


「今回の赤い帽子の男の父親だ」


 おばあちゃんは黙っていました。


 楓夏は写真の裏を見ました。


 そこには、文字が書かれています。


 『この人を信じてはいけない。』


 楓夏は写真を握りました。


「ひいおばあちゃんは、この人を知ってたの?」


「ええ」


 おばあちゃんが答えます。


「母は、この男性と一緒に森の調査をしていたの」


「じゃあ、どうして……」


「ある日、母は気づいたの」


 おばあちゃんの声が震えます。


「森の調査データが、誰かによって書き換えられていたことに」


 研究者の男性がノートを受け取りました。


 ページをめくると、そこには細かな数字と記録が並んでいます。


「これは……すごい」


 男性の表情が変わりました。


「森と海の水質データです」


「何か分かるの?」


 お父さんが聞きます。


「当時、この海域で魚が減った原因が記録されている」


 男性はページを指さしました。


「川から、危険な物質が流れ込んでいたんです」


 楓夏は川の声を思い出しました。


『いつもと違うものが流れてくる』


「今も……?」


 楓夏が尋ねると、男性はうなずきました。


「おそらく」


 その瞬間。


 海から強い風が吹きました。


 ビュウウッ!


 楓夏の髪が大きく揺れます。


 そして――。


『ふうか』


 海の声が聞こえました。


「海さん?」


『見つけた』


「何を?」


『あの人たちが隠したもの』


 楓夏は海を見つめました。


 波の向こうに、何か黒いものが浮かんでいます。


「お父さん!」


 楓夏が指をさします。


 海岸から少し離れた場所に、小さなボートが浮かんでいました。


 そのボートには――。


 黒い袋が積まれています。


「まさか……」


 研究者の男性が望遠鏡を取り出します。


「間違いない。あれは昨日の袋と同じものです」


 お父さんが警察へ連絡しようとした、そのとき。


 ボートのエンジンがかかりました。


 ブーン……。


 ボートが沖へ向かって動き始めます。


「逃げる!」


 お父さんが叫びます。


 楓夏は海に向かって走りました。


「海さん!」


『大丈夫』


 波が大きく盛り上がりました。


 ボートの進路に、白い波が連続して立ち上がります。


 ボートが大きく揺れました。


「うわっ!」


 遠くで男の声がします。


 その瞬間。


 空から大きな影が飛んできました。


 オジロワシです。


 オジロワシはボートの上を旋回すると、大きな声で鳴きました。


『ふうか!』


「なあに?」


『あのボート、森から来た』


「森から?」


『海へ運んでいる』


 楓夏は考えました。


 森に黒い袋を捨てる。


 そして、それを海へ運ぶ。


 けれど、なぜ?


 その答えは、まだ分かりません。


 そのとき、研究者の男性が叫びました。


「見てください!」


 ボートの後ろから、何かが海へ落ちました。


 黒い袋です。


 ボチャン!


 そして袋から、黒い液体が流れ出しました。


 海面に、黒い筋が広がります。


 楓夏は胸が苦しくなりました。


「海さん……」


『苦しい』


 海の声が震えています。


『でも、まだ間に合う』


「どうしたらいいの?」


『あのボートを止めて』


 楓夏は、遠くのボートを見つめました。


 五歳の女の子に、ボートを止めることなどできません。


 でも――。


 自然には、仲間がいます。


「鳥さん!」


 楓夏が空を見上げました。


「お願い!」


 オジロワシが大きく旋回します。


 森からも鳥たちが次々に飛んできました。


 海からは、遠くで大きな水しぶきが上がります。


 一頭。


 また一頭。


 そして――。


 大きな背びれが海面から現れました。


 シャチです。


 シャチの群れが、ボートの前方へ向かって泳いでいきます。


「すごい……」


 お父さんが息をのみました。


 楓夏は、海に向かって叫びました。


「お願い!」


 波が大きく揺れました。


 シャチの群れがボートの前に現れます。


 ボートは急停止しました。


 その隙に、遠くから警察の船が近づいてきます。


 そして――。


 ついに、ボートは止まりました。


 けれど楓夏は、まだ安心できませんでした。


 なぜなら、木の箱の中から見つかった古い記録には、もう一つ重要なことが書かれていたからです。


 最後のページ。


 そこには、ひいおばあちゃんの文字で――。


 『本当の犯人は、まだ森の中にいる。』


 と書かれていたのです。


 楓夏は振り返りました。


 暗い森。


 揺れる木々。


 そして、その奥に一瞬だけ――。


 人影が見えました。


 楓夏の胸が、ドキンと鳴ります。


「誰……?」


 人影は、森の中へ消えていきました。


 事件の真犯人は、まだ捕まっていませんでした。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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